第2話

街を数分ほど歩いて店の前に来た。「バンダリズム」。この国で幾らか稼いでいる奴らは大抵ここに来る。所々所々腐食が見られる看板には「バ.....ダ.....ム」と

半分ほど文字が消えかかっていた。割と繁盛しているはずなのだが......ここの店主は看板を変えるつもりはさらさらないらしい。

 店内に入るとともに賑やかな歓声ともとれるような声が流れ込んできた。

中を一望するとビールジョッキを天に掲げる奴、肉料理を貪り食う奴、トイレのドアを一心不乱に叩いている奴、どれも居酒屋では馴染みのある光景だ。その隅にあるものを除いては。

名前のない女、それが奴の名前だ。190センチ程ある巨大な身体に両腰と脇に計4つのガンホルスターを携帯している。恐ろしく腕の立つ女だ。

「よう、ヴィス!お前も来てたのか!」

視界の外から声がかかってきた。

顔を向けると、そこには両手にカメラを抱えているにこやかな青年がこちらに向けて手を振っていた。

とりあえず隣に座ろう。ちょうど席が空いているようだ。

「午前の治療はどうだったんだ、先生?」

少し茶化すように彼は聞いてきた。

「最近は右肩下がりの一方だ。常連たちのおかげで何とか食っていけてるが、何ならお前もその一人になるか?」

「ははは.......その冗談は笑えないよヴィス。まあ、僕たちからすれば君らの商売が消えてなくなるのは喜ばしい限りなんだけどね。」

「まあ、お前らからすればそうなんだろうな。」

こいつはヌーティ。1週間ほど前からこの国に来た所謂戦場カメラマンって奴だ。

それも国際円卓連盟(国円)っていう巨大組織から派遣されて来ているらしい。

入国早々乞食に殺されそうになっていたところを俺が助けたら積極的に関わって来やがった。

「でも、理想道理には事は進んでくれないみたいだけどね。」

そう言って一枚の写真をテーブルに出してきた。

白いテーブルの上に淡い水色の液体が試験管に入っているのが写っている。

「これは?」

「クスリだよ。どうやら新しいタイプが出てきたようだね。」

やっぱりか。となると、厄介なことになりそうだ。

「こいつはどこで拾ってきた?」

「同業者から貰ったんだよ。誰が最初にこれをとってきたのかは結局解らず仕舞いだったけど。」

「分からない?」

「うん。その同業者の家の郵便受けに入ってたみたい。しかも、そのクスリは効果がすごいらしいんだ。」

「こいつは単純に言えば今ヴィスたちが取り扱っているものの完全上位互換だ。即効性、幻覚作用、快楽誘発作用、依存性、全てににおいて上回っている。潰れる速さもおまけつきだ。1、2回やったら廃人化だってさ。おー怖い怖い。」

「........」

少し考える。そして、幾つかの疑問がその頭に浮かんできた。

「不可解な点がいくつかある。まず、情報の伝達がどうしてここまで遅れているんだ?それに、あまりにも潰れる速度が速すぎる。こんなんじゃ利益は上げられないぞ。」

そう、俺たち売人はわざとクスリの依存性が高く、身体への影響がなるべく低いものを取り扱うようにしている。理由は長期的に同じ客から金を搾り取るようにするためだ。だが、クスリの常習犯って奴はもっと強いクスリを求めるようになる。だが、それは出来ない。何しろこの衛生環境だから客はすぐ死ぬ。客がいなくなると、俺たちも稼ぎがなくなって死ぬ。だからそういう客との溝を埋めるために定期的にクスリの色やラベルを取り換えていたんだが.....

「後者は者はわからないけれど前者の質問には答えられるよ。クスリは北方領から来たものだ。

そこを経由して、今僕たちが住んでる南方領に少しづつ流されていたみたいだ。」

「北方からだと?」

それはあり得ないと考えた。

「馬鹿野郎。この国は南から北に行くやつはいてもその逆はいないといってもいい。そんなもの好きが居てたまるか。」

「なら、海からのルートの可能性も?」

「そっちはもっと現実的じゃない。クスリは組織の生命線だからな。密輸するにしてもあの規制を素直に突破させてくれるとは思えんな。」

分からない。そう結論づけるしかなかった。北方の奴らがこいつで南方を潰したとしても、次は自分たちが俺たちのような状態に置かれるだけだっていうのに。

長い溜息を吐く。

「ひとまずはこの一件、預からせてくれ。」

「分かった。ヴィスに任せよう。」

ひとまず調査を行う必要がありそうだった。

「タバネ―さん。今の話、聞いていただろう。」

「.......あぁ」

目の前で皿を磨いていたタバネ―さんがそう答える。

「赤10白だ。調味料代はここに置いておく。」

今、俺が言ったのは暗号だ。秘密裏に情報を伝達するときはいつも重宝している。赤は日にちをを表していて、10は集合場所。白は集合時間、調味料代はちょっとした手間賃みたいなもんだ。ヌーティは何を言っているのか分からないといった顔をしているから少なくともこの方法はまだ有効なのだろう。とりあえず、青いクスリの件は緊急で招集をかける必要がありそうだ。

「じゃあ、俺はもう出ていくからな。日が暮れないうちに帰れよ。」

「オーケー。物騒な街が日に日にもっと物騒になってる気がするからね。」

ヌーティに軽く別れを告げ、席を立った。


 この国の歴史は血塗られている。左右の土地を二本の大河川、南部を海で囲まれたこの三角形の形をしたこの国土は肥沃な土地だった。その為、昔から常に争いが絶えず、数々の国家が生まれては消えていった。

ここでの国家が滅びゆく最後の姿は大方決まっている。南の海に人々が次々と身投げをしていくのだ。港から小さい船で逃げて行く者も居たらしいが、身投げした奴目当てで集まってくる多くのサメの餌になったり、隣国の奴らに捕まったりで殆ど助かる奴はいない。

かつてここを占領した奴の殆どは国の中心にある山脈の高地に拠点を構える。だから北方と南方の人間はあまり交わらずに居るから文化も大きく変わっている。俺たちのいる南方は地獄のような場所だ。マフィア、自然崇拝のカルト教団の奴らが跋扈している。治安が悪いせいで外からの技術は戦争による敵国の兵を介してでしか伝わってこない、閉鎖された世界だ。ヌーティによれば光り輝く墓標(サンシャイングレイヴ)なんて呼ばれているんだとよ。北方の奴らは昔から大陸の技術が伝来して割と発達しているって聞いているが、実際のところはあまり知らんな。そういった歴史もあってそもそもクスリどころか相対的に平和な最近で新しいものが殆ど入ってこないこの世界には異例の事態と言えた。

 店から出ようと木製のドアノブに手を掛けようとしたが違和感を覚えた。いつもの場所にそれがないのである。

「⁉」

撃たれて破壊されていることを理解したのはそれから一瞬が過ぎてからのことだった。

銃声がしたほうへ頭を向けると目の前に銃口が迫っていた。

その銃口の先から硝煙の匂いが感じ取られここが現実に起こっていることなのだと実感

させられる。

「今、アタシは確かにアンタの腕を破壊しようとしたはずなんだ。それで出血多量になって野垂れ死ぬ事を予想していたんだが......」

目の前の長身の女はそう呟いた。

銃を撃たれたこっちよりもまるで理解が出来ないという表情をしている。

「アタシの気まぐれに運命が付き合ってくれなかったのか?珍しいこともあるもんだ。」

そう言うと女は腰のホルスターから銃を取り出し、静かに目を閉じると

「おお!運命の我が神よ!今からアタシはアンタが去ったかどうか確認させてもらうよ!」

そして客席のほうに両手で銃を構え、所構わず撃ち始めた。

連続して銃声が店内にこだまする。反射的に俺は目を閉じた。客はその音でふと我に返り、テーブルの下へと次々と非難していった。弾が発射されるただ状況を見守るこちら側と、着弾する阿鼻行端の向こう側。

最後の審判の様子が店内で簡易的に再現されて居るようだった。

やがて、女は全弾を撃ち尽くし店内の様子を眺めていた。

「あぁ。どうやらまだ神はアタシの元から去ってなかったようだねぇ。」

そっと目を開ける。その光景に俺は目を疑った。

銃弾は一人の客にも命中せず、代わりに全弾が酒瓶とグラスを破壊していたからである。

女はタバネ―さんに「慰謝料と弁償代だ。取っときな。」と金が入った袋を

差し出してきた。

タバネ―さんは「.....あぁ」と少し困惑しているようにも見えたが、

殆ど普段と同じ様子で金を受け取っていた。

女はこちらに振り返り、

「悪かったねぇ。酒を飲まずに飲み屋から帰る輩が居たもんだから、アタシの気まぐれで死をもって償わせようとしたんだけどねぇ.....」

「いや.....こちらこそ済まなかった。」

自分でも考えられないくらい冷静な返事をしていた。

「しっかしアタシの弾が当たらない奴が居たとはねぇ、どうだい?少しアタシと飲んでいかないかい?」

身体の全神経が警告反応を示している。

しかし、しかし.....しかし!

「あぁ。少しだけなら喜んで。」

断ったら今度こそ命が無さそうだった。












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