ピースマン
@CatMatir
第1話
ある昼下がり、路地をを歩いていると声を掛けられた。
その声は自分の足元からのようである。
声のほうに目を向けると身体は老人だが、顔は老け顔の青年のような男がうずくまっていた。
「あぁ......先生。この間はお薬をありがとうごぜいました.......」
暗い笑みを浮かべながらその男はしゃがれた声でそう言った。
たまに見る自分の『患者』の一人である。毎回この顔を見ると自分が不幸な目に合いそうな気がして仕方がなくなるのだ。
出来るだけ平静な表情を保ちつつ俺は明るい表情を作って言った。
「なに、患者さんを見捨てることなど私はしませんよ。どうです?調子が悪いようならもう一本?」
すると、男の弱々しかった視線が特上の肉を前にした獣のようなものとなり、
「ぁるのか.....あるのか!あの薬が!寄越せぇ....いや、早く、早く打たせてくれぇ!!」
雄たけびのような声を上げ、腕をまっすぐに伸ばす男。そこには茶色とも青紫色ともとれる注射痕が
油で汚れた池のような斑点を生み出していた。
こうなってしまってはお終いだなと心の中でため息をついた。
「分かりました。少し痛みますからねー。」
ポケットから注射器を取り出すと、男は目にもとまらぬ速さでそれを奪い取り、自分の腕に針を打ち込んだ。
男は「あっ」と短い声を上げた後、だんだんと唇が吊り上がり、やがて我が子を慈しむ母のように
その腕をさすり始めていた。
「効いてくれているようで良かったです。それではお大事にして下さいねー。」
「えへ、えへぇ、へへへへへへへへへへへへぇ.........」
どうやらこちらの声はもう聞こえていないようだ。
その間に男の服をまさぐり、金目の物を探す。
硬貨が数枚出てきただけだった。相場よりもずいぶん安いことになるが、合成品だったらまあ妥協点だろう。
続いて注射器の回収に取り掛かる。正直言って、これが一番厄介だ。たまに『患者』から注射器を奪われることがある。それを薬が効いているうちに手から取り出さなければならない。なぜかって?ここでは注射器は入手困難だからだ。持っているのは軍か、マフィアか、宗教関係者だけだろうな。一時期は吸引するタイプのものも出てきてはいたが、徹底的に潰された。だから同業者は針を使いまわすし、わざわざ『患者』から注射器を男の片腕に握られている注射器を慎重に取り出さなければならない。
それでも誤って針が刺さって悲惨な最期を迎える奴も後を絶たないらしいがな。
静かに息を吸い込み、回収作業に移る。
注射器の端を人差し指と親指で掴んで固定する。
これで、少しづつ引き抜いていく。シンプルだが確実な方法だ。
「!?」
副作用だろうか、男の体にけいれんが起きていた。
息をのみ、この姿勢のままけいれんが収まるのを待つ。数十秒後、ほんの少し緩やかになったのを確認すると
一気に引き抜いた。
「はぁ....はぁ.......っつ.......あぁ」
数回ほど同じことをしたが、どうやらまだ体が慣れないらしい。全身から冷や汗が滴っていた。湿度が高い路地と相まって最悪の気分だな。
そう思いながら右手で額の汗を拭きとった。
「さて、気分直しに飲みにでも行くか。」
注射器を鞄に入れ、飲み屋へと足を向けた。
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