三重厄災

千魔せんま擁柱ようちゅう』フワウ=ヒスイ。

『剣神』キースバレイド=ルビスウォーカー。

『大魔導』アンデンサス=スフィアシーカー。

『医聖』アイシャ=ビスケス。

『勇者』トールエンド。

『永劫不抜』ジクトム=グラフリーパー。

『帰らざる神眼』ラタトゥス。


 べて、パーティー名を『第七天アラボト』。

 今から五十余年前、深層下辺の古龍に挑み、鱗を剥がし持ち帰った稀代の英雄——『ヘヴンデリートの最も新しい伝説』と称えられる七人である。


 そしてそのうちのひとり。

『大魔導』アンデンサス=スフィアシーカーを名乗る老爺ろうやが、鎖で繋いだ少女連れという異様な風体で——レリックたちの目の前に立っている。



 ※※※



「それで、『大魔導』さん。あんたの語る言葉は、どこからどこまでが事実なんだ?」


 レリックは彼我ひがの間合いを測りながら、老人へ向かって尋ねる。


「ほほ。歳を取ると嘘をくのも億劫になるでなあ。すべてが事実よ」


 少女が答える。

 こちらは背後の老爺に問うているのに、返事は少女から、しかし口調は老爺のもの。頭がおかしくなりそうだ。


「だったら、はなんだ? 背後の爺さんは何故ひと言も喋らない? 僕らはいったいどっちを『アンデンサス=スフィアシーカー』と思えばいいんだ?」


「ふむ。真に知りたいことをさておいて、眼前の不可解に惑わされるか。若い、若いのう。若さとは勢いでもあるが、仮にも冒険者であるなら若さに任せて疾駆することの愚かさくらいは心得ておくべきではないか?」


「……いちいち年齢や経験で優位に立とうとするのは年寄りの悪癖だ。背後のお前がか?」


 なんらかの手段で少女の精神を封じるか縛るかして、人形と化した彼女を老人が操っている——絵面と会話からはそう推察することはできる。

 が、確かにこいつの言う通り、それはレリックたちが知りたいことの本質ではない。


 相手もどうやらお喋りがしたいようだし、ここは踏み込んでみるか。


「『玄天こくてん教団』に所属していると言ったな。事実か?」

「いかにも。主らのことはよく聞かされているぞ、レリックとフローよ。ただ、あとのふたりは知らん。自己紹介はまだかの?」


「迷宮に穴を開けていたのはお前か?」

「然り。儂がやった。どうじゃ、びっくりしたろう?」


「フィックスたちに地図を渡して犯罪を教唆きょうさしたのもお前か?」

「フィックス……? ああ、あの魔術師のくせに剣士を気取った小童こわっぱか。やったやった。ここで追い剥ぎなんぞをしていたから、いい餌場があるぞとな。儂の代わりに、から感謝しとるよ」


「穴に生贄いけにえを捨てた、だって? どういうことだ」

「お前さん、儂が声をかける前にほぼ正解を出しとったぞ。あとは少し考えればわかるじゃろ。ほれ、聞いてやるから言うてみい」


「……、迷宮を拡張するなど、本来は不可能だ。迷宮の持つ恒常性によって壁が復元される。だけどあんたはおそらく、人を生き埋めにすることで……人の魔力か、生命力かなにかをくさびとすることで、恒常性を妨害し、壁の復元を遅延させていた」

「ふむふむ、それで?」


「生贄と言ったな。つまり、拡張した現場ポイントで人が死ぬことで、その遅延が更に長続きする——そういう仕組みをお前は構築した。フィックスたちが実際に犯行に及んだポイントの復元度を調べればはっきりするはずだ。推測が正しければ、そこはすべてまだ完全に塞がっていない」

まさに得たり! 儂から付け加えることがほとんどない、大正解じゃ! いやさ流石よの、かのお人の愛弟子というのも頷けるわ」


「かのお人? 随分とあいつを評価してるじゃないか。知り合いなのか?」

「うむ、一度だけまみえたことがある。儂に道を指し示してくれた恩人よ」


「道とは? この迷宮の拡張行為と関係があるのか」

「左様……まあこれはおいおい教えてやろうかのう」


 レリックは密かに呼吸を整えた。


 一聴してなんでもない、こちらの質問へ素直に答えてくれているだけの会話だが——質疑を交わすごとに、応答が戻ってくるたびに、周囲の気配が張り詰めていくのが肌で感じられた。ぴりぴりとしたものが彼我に満ちていくのがわかる。


 つまり相手が、魔力を練っているのだ。


 そして今、向こうが初めて思わせぶりに返答を濁した——そろそろ会話を打ち切り仕掛けてきてもおかしくはない。


「『人を生き埋めにして、楔にして、迷宮の復元を阻害する』……それで正解だとさっき言ったな。だったら、いったいどういう理屈でそれを成し遂げた? 宿業ギフトか? 魔術か? 先史遺物アーティファクトか?」

「ふむ、やはり気になるか、気になるよのう! だけど教えられんなあ。これは儂があのお方に示唆され、半生を懸けて準備を整え、ようやく着手を始めた一大事業なのだぞ? こうも簡単に仕掛けを見破られたのもしゃくであるのに、よもやを教えてやる訳にはいかんなあ」


 トラーシュとの関係、そして迷宮拡張の原理——最も知りたかったことは次々とはぐらかされる。


 そしてこちらの苛立ちを見透かしたように、魔力の緊張は高まっていく。


 レリックは、そろそろかもしれないと覚悟を決め、背後に控える三人にさりげなく合図を送りながら——問う。


「じゃあ、これで尋きたいことは最後だ。あんた、本当に『大魔導』……頭領ギルマスやキースバレイド爺さんの、かつての仲間なのか」

「は! はははっ!」


 老爺は、鎖に繋がれた少女の口を借りて、嗤った。


「ならば見せてやろうて。かつての英傑集団『第七天アラボト』、その殲滅力の中核であった我が魔術を。『大魔導』といみなされ、かの九頭九尾の古龍を一度はたじろがせたこの御技を。それ受けてみよ……『轟炎瀑布フレイムVII』」


 同時。

 詠唱もなく唐突に放たれたのは、火炎系魔術の第七階位。視界を覆い尽くす炎の壁が襲いかかってくるという、単純かつ豪快、逃げ場のない術式。


「……っ!」


 心構えしていただけあり、反応できた。

 迫りくる火炎の壁を、十メートラの射程に入ってきた先から『収納』、そのまま背後へと放り捨てる。まるでレリックたちの周囲だけぽっかりと、炎が避けて通ったかのような形で『轟炎瀑布フレイムVII』をやり過ごす。


 ——やり過ごしたと、思った。


「ほれ、もひとつ。『轟炎瀑布フレイムVII』」


 再び眼前をまるごと埋め尽くす一面の炎。ふざけるな、と心中で毒づく。


 とはいえ対応は可能だ。ただ、今度は背後に流さない。『収納』できる分はすべて『収納』し次に備える。


 案の定——、


「ふむ。ではこれはどうかね? 『凍て野分クリスVII』」


 次の攻撃が即座に放たれる。

 氷柱つららひょうが入り混じり、矢衾やぶすまのごとく飛来する——氷雪系魔術、第六階位。


 レリックは肌を刺す冷気ごと、すべてを頭の中ストレージに飲み込む。


「ほおお、これも『収納』するか! それなりに速度がある攻撃だったんじゃがのう」


 刹那で眼前に迫ってきた氷たちだったが、目にも留まらぬほどではない以上、認識さえできれば対応は容易たやすい。

 だが、それにしても——だ。


「この老体、自信を失いそうじゃわい……少し強めにいくぞ? 『紫電の汀ライトVI』『雪女の慟哭クリスV』、でもって『溶岩雨フレイムVI』」


 連続して押し寄せてくる、津波めいた電撃、身を凍えさせる吹雪、溶けた岩のつぶて

 それぞれ雷電系魔術第六階位、氷雪系魔術第五階位、火炎系魔術第六階位——その奔流はほとんど一度にやってきて、故に、


「やってくれる!!」

 レリックは思わず吐き捨てた。


 対象を理解、解析することによって量子情報へと変換するのが『収納』の処理手順プロセスである。故に、魔術のような『熱量を伴う不定形の構造体』というのは本来、情報を把握するのが難しい。


 そして、複数の魔術がほぼ同時に放たれると——熱量の遷移は不規則となり、ただでさえ形のないものが更にごちゃごちゃとなり、構造は破綻して混沌カオスと化し、解析すべき情報量が指数的に上昇する。


 つまり『収納』の難度が跳ね上がるのだ。


 こちらの嫌なところを見事に突いてくる——『収納』という宿業ギフトの本質を理解した対応だった。

 

 もちろん、レリックの『収納』はこの程度で揺らいだりはしない。すべてを片端から、射程範囲に入った瞬間に脳内へ放り込む。


「ほおお、乗り切るか。いやさ見事なり」


 老爺の口調で、少女がレリックを讃えた。

 次の魔術は来ない——ひとまず小手調べは終わり、といったところか。


 結果だけ見ればすべての攻撃を危なげなくやり過ごしたことにはなる。

 こちらは無傷で、火傷ひとつ負っていない。相手は高階位の魔術を合計六つ、すべて不発に終わらせてしまったのだから。


 ——だが、それでも背筋が冷たくなったのは、レリックの方だった。


 第五階位から第七階位までの魔術を立て続けに六回も放っておいて、相手は息ひとつ乱していない。周囲に張り巡らせた濃密な魔力は未だ健在で、毛先が爆ぜるような嫌らしい感覚はいっこうに消えてくれない。

 おまけに『収納』に対して無策ではなく、破る術を探ってきている——この一瞬の攻防で、こちらへ手を伸ばしてきた。


「炎と氷、そして雷。……確かにうたわれる通りだ」


 レリックは己の心臓を落ち着かせながら、虚勢も込めて指摘した。


「ヘヴンデリートに生きる魔術師キャスターすべての目標、燃やし凍らせて焦がす、破壊の権化。伝承位レジェンド——『三重厄災魔導トライディザスター』の宿業ギフトを持つ、千年にひとりの傑物。認めるよ、本物だ……アンデンサス=スフィアシーカー」


「ほ、ほ」


 少女の身体を操る老爺——アンデンサスは、得意げに唇を歪めた。


「このとしになってなお血湧き肉躍るとは、長生きはするものよな。キースバレイドの奴は、我慢できずお前さんに斬りかかったりはせなんだのか?」

「あの爺さんは紳士だったんでね。手合わせを断ったらそれ以上は食い下がってこなかったよ」

「ふ、ははは! 振られおったのかあやつ! では儂が代わりに付き合ってやろう。覚悟しておけよ小僧。魔術師というのはな……ねちっこいぞ?」

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