たとえ人でなくなっても
本人が言ったその通りに、アンデンサスの攻撃は粘着質だった。
「ふは、はは! 面白いのう、まこと面白い! 最近の冒険者はどいつもこいつも軟弱だと悲嘆に暮れておったが……
前方からは少女の声で発せられる
アンデンサスの戦術は単純——物量である。
炎、氷、雷、氷、雷、炎、炎、また炎。次々と終わる気配なく迫りくる高階位魔術は、情報を複雑化させながらひたすらこちらに防戦を強いる。
この程度でレリックの『収納』が破綻することはない。幾分か面倒くさいと感じるだけだ。
ただそれが意味するのはあくまで戦況の
「……にしたって、だ。この底なし具合、いったいどうなってる?」
レリックの胸中に満ちるのは、不可解さだった。
魔術系に属する
『汎用魔術を詠唱なく高効率で使える』というものだ。
もちろん、定義の面で言うならば逆ではある。『汎用魔術を詠唱なく高効率で使える』のが魔術系
ただ現代において、汎用魔術はもはや一般常識というべき
アンデンサスとてこの例に洩れない。
彼が放っているのは、形の上では汎用魔術である。
文字通り、炎と氷と雷という三つの『厄災』属性を『魔導』領域——第七階位相当まで行使できるという規格外の
ただ、レリックは
その放つ頻度と回数が——幾ら
たとえ詠唱が必要なくとも。たとえ燃費が抜群によくても。
彼が魔術を使い始めてから、かれこれ十分近くが経過している。この間、ほぼ休みなしで延々と、最低でも第五階位以上の魔術ばかりを連続で放つなど、幾らなんでもありえない。
「あんたが連れている、その
レリックは推論を叫んだ。
「……さては貯蔵庫か?」
「ほう」
問うと同時、魔術による怒涛が止まる。
三属性によって立ち込めた煙が晴れていく中、少女の背後にいた
「「まあ、さすがに察するよな」」
少女と老爺が同時に語る。声は重なって聞こえた。
そしてそこから先は、
「察しの通り」と、少女。
「この
交互にふたりが、話を紡ぎ始める。
老爺が曰く、
「歳を重ね、技は磨かれていった。魔術は研ぎ澄まされていった」
少女が曰く。
「だがそれとは逆に、肉体は衰えていく。老いとともに手足は
老爺の声で、老爺が曰く、
「そんな中、孫が生まれた。初孫だ、
少女の声で、老爺が曰く。
「だがな。儂の
彼らは——彼は、言った。
「この娘の
「常人の数千、数万倍の魔力量を持つというものよ」
「それを知った時、儂は一線を超えた」
「思い付いてしまったのだ」
「この身体に宿る無尽蔵の魔力を用い」
「この身体で研鑽した魔術を行使すれば」
「「儂は……遥かな高みに行ける、とな」」
「禁書に記された先代文明の技術、
老爺が笑った。少女の顔で。
「それらすべてを駆使し、成し遂げたのよ。孫の精神を消し去り、我が魂に孫の肉体を己の一部として誤認させる——つまりは疑似的な
少女が笑った——老爺の声で。
それはあまりにおぞましく、あまりにも醜悪で。
あまりにも人の道に外れた、悪魔の所業だった。
「何故だ『大魔導』。何故、そんな
「さっきも言ったであろう? 儂は儂が衰えるのが我慢ならなかった、と」
「そうじゃない」
レリックは血を吐くように、老爺へ言う。
握った拳が力を込めすぎて痛い。苛立ちで胸の鼓動がうるさい。
「あんたは、仲間だったんだろ。かの『
何故なら、レリックは知っている。
冒険者ギルドのマスター、フワウ=ヒスイのことを。
『剣神』、キースバレイド=ルビスウォーカーのことを。
「婆さんが子供のできない身体なのを知ってるはずだ。爺さんに家族がいなくて寂しい思いをしてたのを知ってるはずだ。なのにあんたは子供に恵まれ、孫までできて、その幸せをこんなふうにして——何故だ? 老いさらばえることに耐えられなかっただって? 本当にそれだけなのか? それだけのことで、あんたはこんな……かつての仲間たちに、恥ずべきことをしたのか!」
「知ったふうな口を利くかよ、小僧が!」
怒号はレリックのものよりも遥かに大きく、老人と少女どちらの口から発せられたのかわからないほど荒れ狂っていた。
「貴様がなにを知っている、なにをわかっている? 儂らのかつての冒険の、あの夢の、あの日々の、あの結末を! 敗北と屈辱の、絶望のなにを! 英雄だの伝説だのと、
レリックたちはその気迫に、思わず一歩をたじろぐ。
アンデンサスは憤怒から一転して皮肉げな表情を浮かべ、しかし
「儂らは古龍に負けた。人に勝てる相手ではなかった。故に敗走し……その過程で、ラタトゥスが死んだ」
『帰らざる神眼』ラタトゥス——。
彼に関する詳しいことは、今ではあまり知られていない。英雄たちはみな当時、その死について
「地上に戻った後、仲間の三人が街を去った。アイシャはあいつの命を救えなかったことに絶望して。トールエンドとジクトムはすべてを諦めて。フワウとキースバレイドはここに残り、後進を育むことに人生を捧げた。冒険者ギルドを大きく発展させていけば、いつか自分ではない他の誰かが古龍に打ち勝ってくれると信じてな。そして儂は……」
自嘲めいた笑みとともに己の額を押さえながら。
アンデンサスは、吐露した。
「……儂は、諦めきれなかったのだ。古龍に打ち勝つことではない。ラタトゥスの夢を、だ。あいつは、我が親友は、いつも言っておった……見たい、と。深層下辺の更に奥、蟻地獄を抜けた先。あるかもしれない
「まさか……」
彼の告白に、レリックは目を見開く。
「あんたが迷宮を拡張したのは……迷宮に穴を掘ったのは」
「左様」
そして老爺は頷いた。
「
「……不可能ではないかもしれないね」
それに応えたのはレリックの背後にいるキッフスだ。
「深層下辺は五百
どこか楽しそうに、嬉しそうに。その妄想めいた行為を検証する。
「迷宮の恒常性があるせいで、今までそういった手法は
「ほう? 儂の夢を肯定するか? だったらぬしも儂とともに来ぬか?」
「いや、それは嫌だ」
だが、目を輝かせて語っていたのとは裏腹。
アンデンサスの冗談めかした——おそらくは半ば本気の——誘いを、キッフスは間髪容れず断じる。
「アナタの
指を立てて振りながら、彼は続けた。
「逆に問おう。行ってどうする? 外套領域に辿り着いたとして、そこからなにをする? 深層下辺の更に先、完全に未知の領域だよ。調査するのかい? 資源を採取するのかい? 魔物に挑むのかい? いずれにせよ、そのための人員は? 補給は? 予算は? そもそもアナタのやり方では、迷宮の復元を遅延させるだけで——
法とか倫理の話を一切しない辺りがキッフスらしい。
「わかるかい? アナタはつまり『見たいだけ』なんだ。だから採算も手間も考えず、手段も選ばず、到達そのものが目的になってしまっているんだ。やれやれ、友人の夢だかなんだか知らないけれど……『帰らざる神眼』も、無体なことを言ったものだね。ただ見るだけでは、冒険にはならないだろうに」
そして——相手の感情を一切考慮しない辺りも、だ。
今は亡き親友の夢と、それを実現させるための妄執。その双方を
表情は見えない。
俯き加減に、ただ感情を飽和させて無機質にすらなった声音で、つぶやく。
「……『
「あっ怒らせてしまった」
「態度が軽い!」
まったく悪びれた様子もないキッフスを睨みつけながら、レリックはそれに対応する。今までと違って緩急も付けず、第七階位の魔術ばかりがまとめて押し寄せてくる。その様はアンデンサスの怒りそのものである。
「まあいいではないか。どのみち『
実際に矢面に立つのはあなたじゃないだろうとか、ひょろっと出てきて相手を怒らせるだけ怒らせて引っ込むなよとか、言いたい文句は山ほどある。
が、今はその時ではない。
「まあ僕としては、あなたが誘いに頷かなかっただけよかったと思おう」
「失礼な。ボクにだって『特級』の
そうこう言っている間にも激しさをいや増していく魔術の嵐を来た端から『収納』しながら、レリックは目を細めた。
「そうか、だったらこの
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