空洞に潜む

 迷宮でるには豪華な食事を振る舞ったところ、キッフスとネシアシリィがお腹いっぱいになったから寝ると言い始め、それをどうにか止めさせてようやく情報のすり合わせが始まる。


 こういう時フローは基本的に傍観しているだけなのですべてレリックが仕切ることになるのだが、どうにも損な役回りに思えてならない。『特級』が絡むとだいたいこうだ。……解せない。


「で、そちらの調査としてはどうなんだ?」

「うん、既存の地図との照らし合わせは終わったよ」


 つい今し方まで生活における睡眠の重要性を必死で説いていたキッフスだが、いざ調査報告を始めると饒舌じょうぜつになる——基本的には研究者気質なのだ。取り組んでいるものについては口が早まる感じの。


「まずこれがギルド発行の地図。それで、こちらが例の……なんとかの黎明れいめいだっけ? 追い剥ぎしてたやからが持ってた地図だね。今日に至るまでの調査で、この二枚について差異がある部分、それに加えてどちらの地図にも載っていない脇道……すべてをしらみ潰しにした」


「中層すべてを回ったのか? この半月で?」

「ふふん。だから寝不足なのだよ、ボクらは」


 得意げなキッフスへ、レリックは素直に感嘆した。

 中層は広く入り組んでいる。おまけに地図と地形を照らし合わせながらとなれば、果てしない作業のはずだ。


「すごいな、さすがだ」

「もっと褒めてくれてもいいのだよ? そして見返りとして睡眠を……」

「それは後で」

「ちぇー」


 ともあれ——この件における最大の問題は、フィックスたちが行っていた犯行そのものではない。犯行現場だ。

 彼らが冒険者を誘いだしていたのは、である。


外套への奈落ニアアビス』が誕生しヘヴンデリートが成立してから幾年月、数多の冒険者たちが迷宮に挑み、ひもとき、経験と知識を蓄積してきた。結果、上層から中層にかけては未踏派区画というものが存在せず、完璧な地図ができている。


 そしてここからが重要なのだが、迷宮は


 魔物を殺せばその分だけ、新しい魔物が生まれる。

 鉱石を採掘しても数日後、掘った穴が埋まっている。

 薬草を毟ってもいつの間にか、同じ場所に同じ草が生えている。

 そして壁や床を壊しても——時間を置いて、元に戻る。


 つまりは、異常事態なのだ。

 地図にない新しい道ができている、など。


 そしてその理由をここ半月にわたり調査してきたのが『阿頼耶アラヤ』組のふたり、という訳だ。


 キッフスはお茶で喉を潤すと、地図を見据えながら続けた。


「結論から言うと、迷宮の異変などではないよ。人為的なものだね、これは」


「……根拠は?」

「ギルド作成の地図がこれ、で、犯罪に利用された地図がこっち。でもってボクらが作った完全版がこれ。それぞれこうおつへいとする。甲に載ってなくて乙に載っている地点ポイントは全部で二十、でもって、甲にも乙にも載っていないポイントが三あった——全部で二十三ということだね」


 キッフスは三枚めの地図に指を置いた。


「この丙を見てくれたまえ。赤いマル印が七つ、今も完全に残っているポイントだ。逆に、赤いバツ印は完全になくなっているポイントで、これが十。そして中途半端に残っているポイントが六……赤い三角サンカク印の部分がそれだ。他にもまあ、ボクらが調査に赴いた時には既に失われていた、乙の地図に載っていなかったポイントというのもあったかもしれないが……それは一旦無視しよう」


「ああ。要するに、新しく掘られたポイントは少しずつ潰れてきている……中層の地形は、現在進行形で甲へと戻りつつある、か?」


「うん、そう見ていい。ちなみにボクらが調査を行なっていた半月の間に、二箇所のポイントが潰れている。つまりボクらはこの目で、迷宮が元に戻っていく様を見たのさ。だから断言できるよ。甲の隧道ずいどうは、迷宮が自分から拡張してできたものではない」


 故に、消去法で『人為的な仕業』と見ることができる——キッフスはそう結論付けていた。


「第三の選択肢は? 魔物が掘った、などだ」


「考えにくいね。確かにモグラ型やアリ型みたいな、地面を掘って地中で暮らすタイプの魔物はいるよ。だけど地図が変わるほどの規模で穴を掘るとなると、突然変異で巨大化したか大量発生しているか……この辺りは、ガレット家のご令嬢が調査したのではなかったかい?」


「イェムロワか……確かに魔物を使って中層内を調べていたはずだ」


 そして魔物による疑いあり、とは聞かされていない。


「じゃあ、人がやったとして、いったいどうやって?」

「まだ調査はそこまで進んでいないし推測できる手がかりも見付かっていない。残念ながらね」


 キッフスは無念そうに首を振った。


「もちろん単純に破壊……鉱山みたいに掘削くっさくした訳ではなさそうだ。いや、掘削そのものはしているのだけど、ただの物理的な破壊行為のみではない」


「ああ、言いたいことはわかる。魔術や宿業ギフトでただ壁を掘っただけなら数日内に元に戻るはずなのに、ってことだろ?」


「そうそう。どうも、復元速度にはばらつきがあるみたいなんだ。さっきも触れたけれど、ボクらが調査中に潰れたふたつのポイント……完全に穴がなくなるまで、片方は三日、もう片方は十日かかっている。穴の長さもその先に作られた部屋もおよそ同じ規模であったにもかかわららずね」


「つまり、相手……婚星暗窟こんせいあんくつを拡張した『誰か』は、なんらかの手段で迷宮に開けた穴を維持している、と?」

「そう。正確には、迷宮の、と表現するのがいいように思う」


 人の傷が治癒する時と、理屈はそう変わらない。


 薬を塗れば治癒が早くなるのと同様に、塩でも塗り込めば治癒は遅くなる。それと同じことを迷宮に対してやっている、ということだ。


「だけど、どうにもすっきりしないな。目的と手段の両方がわからないからか」


 レリックが顔をしかめるのへ、キッフスが首を振った。


「目的についてはボクらの仕事ではない。人の動機や感情なんて管轄外だからね。……けれど、手段に関してはボクらの不明を恥じるよ。半月見てきたけど、どうにもわからない。自然魔力マナの異常も感じられなかった。怪しい人影を見るなどということもなかった」

「なるほどなあ」


 果てしなく入り組んだ中層でここまで詳細な調査を行ったキッフスの手腕はたいしたものだと思う。が、レリックが最も知りたいのは、彼が『管轄外』と断じた部分——、だ。

 故に心中で嘆息する。

 今のままではやや手詰まり、という感想になってしまう。


「にしても、脇道が二十三か……」

 

 ふうん、と、ぼんやり地図を眺める。

 もちろん眺めたからといって都合よくなにかを閃く訳でもない。レリックの頭がに向いているのは確かだが、それでも点と点が線で繋がるには切っ掛けが必要なのだ。


「……ん?」

 ——点と点は繋がらなかったが、別のことに気付いた。


「なあキッフス」

「なんだい?」

「僕らがいま休憩している、このポイントって……」

「ああ、ここだね」


 キッフスが示した指の先にあるのは。

『現在進行形で復元中』を示す、三角サンカクマーク


 レリックは立ち上がった。


「ここ、拡張されたポイントじゃないか! しかも今まさに塞がりつつある!」

「え、それがどうかしたのかい?」

「あんたたちそんなところでぐーすか寝てたのか!?」

「ぐーすかとは失礼だな。ボクもシリィも寝息は静かなものなんだよ。いびきなどかかないさ」

「いや論点!」


 睡眠中に復元が大きく働いて、寝袋ごと壁に飲み込まれでもしていたらどうするつもりだったのだ。


「まあその時はその時で、貴重な体験だからね」

「どうにかなるのか?」

「どうにかしてみないとどうにかなるかはわからないねえ」


 駄目だこいつは。

 

 なんだか一刻も早くここを離れたくなってきた。

 さすがに壁が生き物みたいに迫ってくるなんてことはないはずだが——迷宮に予期しない事態は付き物で、それこそ落盤など起きる可能性がないとは言いきれない。


「フロー」


 呼びながら彼女へ視線を向ける。ネシアシリィと綾取りをして遊んでいたフローがきょとんとしてこちらを向く。どうやらふたりとも、レリックとキッフスの小難しい話を最初から聞く気がなかったらしい——それはさておき。


「休憩は終わりだ、出発しよう。キッフスたちも付いてきてくれ。少なくともこのポイントに長居したくないぞ僕は」

 

「くくっ……レリックは心配性では? どうせ人はいずれ死ぬ。そして眠りは死に近い。眠っている間に壁に埋まったとしても、本質的に眠りとなんの違いがあるのか……」

「そういうのいいから!」


 ネシアシリィの冗談はまったく冗談に聞こえない。


 地面に広げていた調理器具を頭の中ストレージに放り込む。食器類はネシアシリィが宿業ギフトで作ったものなので捨てていっても問題ない。

 食材が腹の中に入った分、後片付けは一瞬だった。


「じゃあ、行こう」

「そんなに慌てなくても、復元の進行はゆっくりしたものだよ?」

「わかってても落ち着かないんだよ……というか僕だけ? 落ち着かないのは僕だけなのか?」


 せめてフローだけでも同じ気持ちでいてくれると信じたい。

 縋るように彼女を見遣ると、


「……フロー?」


 既に綾取りをやめて立ち上がっていた。

 だが、視線はレリックにも、ネシアシリィにも向いていない。


「レリック、変」


 その声は真剣そのもので、当のレリックが固唾を飲んだ。


「出発するって言ったから、の反応を見た。あの紋章の入った武器。……そのひとつが、この先にある」


 掲げた手から提げた振り子ペンデュラムがゆらゆらと揺れている。

 彼女が薮睨みに見ているのは、闇の奥。

 少し前までキッフスたちの寝床があった方向——つまりは、


「この先、って、まさか」

「うん」


 フローは確信に満ちた声で頷いた。


「探し物と、たぶん持ち主も——

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