引きこもるのが好きなのです

 序列八位と序列九位——通称『阿頼耶アラヤ組』は、レリックたちと同じくふたり組デュオで活動するパーティーである。


 彼らはふたり共に、戦闘をほとんど行わない。罪を犯した冒険者たちを捕縛、或いは処理するのが主任務の『特級』としてはかなり異質であり、故に序列も低くなっている。

 が、それでもギルドにとっては重宝する人員であり、ある意味では最も貢献度が高いとすら言えるだろう。


 そんな彼らが特化している分野とは、即ち。

 生存能力と、調査能力である。



 ※※※



 レリックたちはギルドの指令に従い、まずは彼らとの合流を目指した。

 中層——『婚星暗窟こんせいあんくつ』の中辺、そのどこかをうろついているはずだと言われていたので、フローの振り子探知ダウジングに従って進む。広い坑道から脇に逸れ、人ひとりやっと通れるほどの穴を潜り、やがてどん詰まりとなった広場のような空間に、彼らはいた。


「相変わらずだな……」


 というよりも——彼らのがあった。


 まゆである。


 空間の隅、天井と壁に白い楕円形のものが貼り付いている。繊維質の糸をぐるぐると巻いて束ねたものだ。人がひとりすっぽり納まるくらいの大きさで、中はまさに空洞となっている——それが、ふたつ。


「寝てるのか? キッフス、ネシアシリィ!」


 呼びかける。

 と、繭の片方から返事があった。


「うーん……その声は、レリック? ちょっと待って……シリィ、開けて」


 少年のような少女のようなやや高めの声音。

 ややあって、白い糸の塊が揃って、ばしゃん、とほぐれる。それはまるで掻き消えるように大気中へ溶けていく。


 繭が跡形もなくなると同時、中からふたりの人影が降り立った。


「やあやあ久しぶり」

 手を挙げたのは、小身族ハーフリングの男性である。


 ただ、知らぬ者が見れば十人中十人は少女と思うであろう。ハーフリング特有の低い上背に加え、うなじよりも幾分か伸ばした髪、愛嬌のある目鼻立ち。ハーフリングを「子供のようだ」と形容するのは失礼なことにあたるが、それでも目の前の彼は、幼い少女と見紛うような容姿と雰囲気がある。


 名をキッフス。

 序列八位——『阿頼耶アラヤ』。


「……ねむい」

 そしてキッフスの背後に、幽鬼のような女が立っている。


 成年になるかならないかといったくらいの外見をした彼女は、磨いた白磁のような肌と流れる牛乳のような髪、つまりは肌も髪も純白である。それを漆黒と襞布フリルで彩った大仰な婦人服ドレスで飾っており、白と黒で統一された全身が暗闇にぼうと浮かぶ。

 ただ、どこか虚ろな瞳と、頬に描かれた涙滴るいてき型の化粧だけが蒼く——それはモノクロームの冷たさを更に引き締めていた。


 こちらの名はネシアシリィ。

 序列九位——『荒絹アラクネ』の異名を取る少女である。


「で、こんなところまでいったいどうしたんだい? 正直言うとボクら、昨日は徹夜しててさ。用件があるなら手短にしてさっさと帰ってもらえると嬉しいな」


 可愛らしい顔を傾げつつ、億劫げなキッフス。彼は口調の軽さとは裏腹、誰に対してもあまり友好的ではない。というより、人付き合いを好んでいないのだ。


「ああ、悪いけど手短には済みそうにない」

「ええー……いやだなあ」


 顔をしかめるキッフスの横で、ネシアシリィがフローを見てぼそりと言った。


「あ、フローだ……」

「やっほーシリィ。元気だった?」


 挨拶をしながら、とてとてと彼女のもとまで歩いていくフロー。


「まあ、地上にいる時よりはね……くくっ」

「それはよき。半月くらい帰ってないって聞いた」

「半月? まだ三日くらいかと思ってた……」

「それはさすがに体内時計やばやばでは?」

「くくっ……人はいずれ死ぬ、その刹那に比べれば半月も三日もさして違いはない……」

「そういうのいいから。健康には気を使って」

「あ、はい……反省します……」


 陰鬱な含み笑いを頻繁に混じらせる、聞いているだけでどんよりとしてしまいそうなネシアシリィの物言いだが、フローは特に意に介した素振りはなく、親しい者に対する態度である。けっこう仲がいいのだ——ネシアシリィの方がどう思っているのかはいまひとつわからないが。


 キッフスがあからさまに嫌そうに問うてきた。


「それで、用件は? ひょっとしてギルドから? だったら『いいから黙って待ってろ』と伝えてくれないかい? 調査もだんだん興が乗ってきたところなんだ。地図に載っていない横穴というのはいい。なにせ人に会わずに済む。なのにきみたちが来て台無しだよ。まったく」


 盛大に溜息を吐かれたので、こちらも溜息で返す。


「僕らに言われても困る。……こうなるのがわかってるからあんたたちと合流するのは気が乗らなかったんだ」

「気が合うではないか。だったらこうしないかい? キミはなにも見なかった。探したけどボクらは見付からなかった。これですべて丸く収まる」

「一応、僕らは『どんなものでも探しだす』ってのが売りなんだけどなあ」

「そうかあ、では仕方ないね」

「ああ、仕方ない」


「シリィちゃんと野菜食べてる? 婚星暗窟こんせいあんくつだと肉ばっかりになるんでは?」

「ふふっ、安心するといい……ここに自生してるユメミゴケを食べてる……」

「私はユメミゴケって名前に不安があるよ」

「栄養豊富だから大丈夫。幻覚作用もあって美味しいよ……?」

「幻覚作用は味と分けて考えた方がよきでは?」

「くくっ……どうせ人はいずれ死ぬ、その刹那に快楽を得るという意味では毒も薬も栄養もなにも違いはない……」

「そういうのいいから。野菜持ってきたから食べて」

「あ、はい……」


 互いにうんざりした顔のレリックとキッフスに比べ、フローとネシアシリィの方は仲良くやっているようだった。


 ——仲良くやってるんだよな、あれ?


「とりあえず、だキッフス。フローの言う通り、食糧を持ってきた。魔物の肉と苔だけの食事じゃさすがに飽きるだろうし、ひとまずはなにか作ろう」

「ああ、それはありがたいね。ボクとしては特段気にもならなかったのだけど、単調な作業でしかなかった食事に味が加わるのはいいことだ」

「……もしかしてろくに味付けもしていなかったのか?」

「いや、塩分は摂っていたよ」

「していなかったってことだな?」

「それに今し方シリィも言っていたけれど、この層にしか自生していないユメミゴケという植物がなかなかね……知っているかい? 地上の光であっという間に塵になってしまうから出回ってはいないのだけど」

「あんたの宿業ギフトがなかったら死ぬやつだろそれは!」


 相手にしていられないと一喝し、背を向ける。

『収納』していた調理器具や食材を広場の中央に出していく。


「フロー、手伝って」

「かわいいかわいいフローちゃんはシリィとおしゃべりしてるからレリックがひとりで準備をするといいよ」

「かわいいかわいいフローちゃんは食事抜きってことかあ」

「この悪魔め……なにを食べて育ったらそんな残酷な発想ができる……っ!」

「フローとだいたい同じもの」


 肩を怒らせながらこっちに歩いてくるフロー。


「では、準備ができるまでボクらは寝るとするか」

「くくっ……三十分は眠れる……」


 そして訳のわからないことをのたまうキッフスとネシアシリィ。


「なあいったいなにを食って育ったらそんな発想ができるんだ?」

「魔物だね」

「魔物……ふふっ」


 迷宮に棲む魔物の肉は地上でも当たり前に食べられているが、こと彼らに至ってはおそらく当たり前に食べられていないような種類の魔物も食べている。


「いいからキッフスは食材を洗って。ネシアシリィは『糸』で食器を作ってくれ」

「じゃあ私はみんなが怠けないように監視をするよ」

「フロー?」

「……ちっ」

「品がないから舌打ちはやめなさい」

「りょ「言葉遣い」……ーかい」


 全員のやる気がないので会話は多くてもまったく賑やかではない。

 レリックは深く嘆息しながら、葉野菜をちぎって深皿ボウルに放るのだった。

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