繋がっている、故に

 ヘヴンデリートの救護院は国と冒険者ギルドが共同運営している施設で、有り体に形容するなら『怪我の応急処置のみを行う病院』だ。


 疾病しっぺいや長期的な治療は対象外で、代わりに値段が安い。元々は冒険者のためのものだったが、市民にも開放されているため幅広い層が利用している。

 そしてそんな救護院で働く職員のひとりに、アマリアがいる。


 かつてフィックスと『ふたりの木漏れ日』というパーティーを組んでいた女性だ。恋人のかたきを討つべくフィックス一味に取り入り、彼らの懐で機会をうかがっていた。その過程で追い剥ぎ行為にも協力させられていたため、結果、犯罪者としてレリックたちが捕縛してひと月——。


「いえ、私には覚えがないわ。たぶん、私があいつらと会う前の話だと思う」


 面会を申し出たレリックに看護師姿のまま応じた彼女は、ひと通り話を聞くと、己の記憶を丁寧にさらった後、申し訳なさそうにそう答えた。


「いや、大丈夫だ。時期的にはその可能性が高いとは思っていた」


 レリックは頷きながら返す。


 ケイズの所属していた『遥かなる夕暮れ』が消息を断ったのは四カ月前で、彼女がフィックスたちと合流したのは三カ月前。当人たちの記憶違いがないのであれば、そこにはひと月分のがある。


「奴らの仕業としても、あなたがまだいなかった時期の犯行だろうと推測はしてる。ただ、ひょっとしたら遺品なんかを売っ払うのを見たことがあるかもしれないと思ってね。この紋章に覚えは?」


 ケイズから預かった図案を広げる。


「……いえ、これも記憶にはないわ。でもこういう、紋章が入っているような品は迷宮に捨ててきているんじゃないかとは。私が一緒の時はそうしていたわ」

「足がつかないように、か」

「ええ。闇商人もこういうのは高く買い取ってくれないはずよ」


「なるほど。ありがとう、助かった」

「ごめんなさい、まったく協力できなくて……」


 レリックが椅子から立ち上がると、アマリアは唇を咬みながら頭を下げる。そこには過去の行いに対する強い自責があった。

 

「いや、助かったというのは社交辞令じゃない。あなたが知らないという事実もまた有益な情報なんだ」

「そう言ってもらえると嬉しいわ」

「ああ。じゃあまた。協力、感謝する」


 縁はあれども親しく話し込むような仲でもない。レリックはそのまま挨拶だけすると、面会室を後にする。

 アマリアはそれを小さな微笑で見送った。


 かつて後頭部で束ね纏めシニヨンにされていた髪はばっさりと肩口まで短くなっており、化粧っ気もない。ただその表情には繕いもわざとらしさもなく、きっと故郷の彼女に近いのはこちらの姿なんだろうなと思った。



 ※※※



 救護院を出たレリックは冒険者ギルドへと帰還し、フローと合流する。彼女は別行動でネネを呼びに行っており、既に彼女を連れて戻ってきていた。


 ネネは私服姿でロビーの椅子に座り、テーブルにだらしなく上半身を投げだしている。そしてレリックを認めるや、顔をしかめて苦情を言った。


「ああーもうせっかく非番だったのにい。しかもこんな雨の日に。ネネちゃんはおかんむりだわ。不機嫌の国の女王さまの戴冠式だわ」


「なんでも不機嫌が続くと血を吐いて死ぬ奇特な生物せいぶつなんだって?」

「えっなにその生き物。やばやばのやばやん」

「レリック、これは本人も知らない衝撃の事実。黙っておいてあげるのがネネりんのため。秘密は私たちが墓場まで持っていこ?」


 果実水を傾けながらしれっとした顔でフローが言った。


「そうか……。じゃあ忘れてくれ」

「よくわかんないけどうちの記憶力をなめんなよ? 昨日の夕飯も覚えてねーぜ! あはは!」


 冗談めかしているが、レリックたちと一緒に食べたことすら覚えていなさそうな凄みがあった。彼女はだいぶ酔っていたし、あり得る。


「あー、ちっちー! 果実水のおかわりもらえる? 大瓶ピッチャーでお願い、あとコップもひとつ追加ね!」


 受付に向かって大声で叫ぶネネ。自由奔放である。


「あんたはそれでも受付嬢か」

「まあよしじゃん? うちら以外に人いないんだからー」


 昼よりも更に時間が下がっているのと、大雨なのもあるのだろうか。ロビーにはレリックたちだけだ。閑散としているのはともかく、ここまでは珍しかった。


「まさかギルドの建物自体に宿業ギフトを使っちゃいないだろうな」

「残念ながらそこまで器用じゃないんだよなあ」

「器用だったら使いそうだな……」


「お待たせしました、ネネ先輩。はいこれ」


 業務がなくて暇をしていたのであろう、受付嬢が注文を持ってくるのも異様に早かった。ただピッチャーをテーブルに置く手許は心なしかぞんざいである。


「ありがとねー、ちっちー」

「どういたしまして」


 やや呆れ顔を隠しきれていない彼女は、先月の指輪の事件——依頼金の足りないエステスにすがられて困っていた娘だ。


 そういえばよく顔を合わせるのに名前も知らなかったなと思う。


「名前、チッチーっていうのか?」

「いやあだ名だよ? 本名はミナーシュちゃん」

「すごい、欠片もかぶってない」

「ミナーシュちゃん転じてミナっち転じてみなちっちー転じてちっちー」

「転じた回数が多い。本人はどう思ってるの?」

「もうなにも思いません。無です」


 ちっちーもといミナーシュは営業という名の笑顔で答えた。


「それに、たぶん一週間後にはあだ名が変わってますので」

「ああ……ごめん、手間を取らせた。この女の相手は僕らがするからもういいよ」

「はい、ありがとうございます」


 お礼を言う笑顔と声音に感情はなく、レリックにも心を開く様子はない。たぶんネネの仲間であり同類と思われている。


 ミナーシュが下がっていったのを見計らい、レリックは溜息をいた。


「それで、情報は?」

「えーもうやるの? うち、お腹減ってきたんだけど。なんか頼んでいい?」

「これ以上ちっちーさんに虚無を与えてやるな」


 そもそもギルドが提供する飲食物はあくまでついで、軽食である。ここは飲食店ではないのだ。


「ちっしかたねえな」

「……最近フローが汚い言葉をちょいちょい使うんだけど、お前のせいか?」

「人に対してお前とか言わないでくださーい。失礼でーす」

「こいつの口だけ『収納』できたらいいのに」


「ま、それはともかく。件のパーティー……『遥かなる夕暮れ』の依頼受注記録を漁ってみたけど、最後のは去年、十二月の十二日。その依頼が未達成のままで、二週間後にギルドは消息不明の判を押してる。アマリアちゃんがフィックスたちに協力し始めたのが明けて一月の四日からだから——仮に『無二むに黎明れいめい』が絡んでた場合、アマリアちゃんなしで活動してた頃になるね」


 ネネは態度だけをだらけさせたまま報告は真面目にするという、実に器用なことを始めた。

 レリックもこれに関して呆れたりはしない。傍目には世間話をしているように見せかけながら重要な話をする、というのは『特級』担当の受付嬢として必須の技術なのだ。


「ただそこからはわからん。知っての通り、ギルドは消息不明者をわざわざ捜索したりはせんのよね。これは正直どうなんってうちは思ってんだけど……まあ、仕方ないとこもあんのかねー」


 冒険者稼業というのは、徹頭徹尾に自己責任の世界だ。そもそも迷宮自体が深淵と謎の渦巻く別世界と言っていい場所なのだから、そこに入っていく者たちの安全保障などできはしない。


 故に冒険者登録の契約書には最初に記されている——『迷宮内で死傷してもギルドに責任はなく、また未帰還となっても捜索はしない』と。

 行方不明者の捜索や救助活動を商売にする冒険者もいるし彼らに依頼も出せるので、それで勝手になんとかしてくれ、という対応スタンス


 今回はパーティーメンバー全員が行方不明となり、しかも捜索を願い出る者もいなかった。厳しいようだがそれが現実だ——ただ、フィックスたち『無二の黎明』がこれに付け込んで追い剥ぎ行為をしていたのは確かで、ギルドとしては頭の痛いところでもあるのだろう。


「んで、こちらとしては、フィックスたちの『追い剥ぎ事件』に関係している疑いあり、として処理することにするよ。そしてそれはつまり……」


「……『迷宮の拡張行為あれ』か」

「そそ」


 フィックスたちは冒険者を襲うのに、人気のない脇道や行き止まりなどを利用していた。そしてそれらの地点ポイントは、ギルド発行の地図に記されていない——つまり、でもあった。


 彼らが追い剥ぎ行為を始めたのも、その『何者か』にそそのかされてのことだと推察されている。

 レリックたちはこれを『玄天こくてん教団』によるものと睨んでいた。


「よって、ギルドからの指令だよー。ふたりにはケイズ氏の依頼をこなすかたわら、『拡張行為それ』の調査をしている人たちと現地で合流してもらう。協力できることがあるなら協力して。それでもし黒幕の尻尾なり足跡なりを見付けられるなら儲けもん、ってことで」


「了解だ」

 と言いつつ、レリックは内心で溜息を吐いた。


 最近、来た依頼のほとんどになにかしらの形でやくが潜んでいる。それも冒険者の犯罪どころか、玄天こくてん教団が絡んでいることが多い。

 もちろんトラーシュに繋がるのであれば願ったり叶ったりではあるのだが、たまにはただの平和な失せ物探しで終えたいという気持ちもなくはない。


 と、いうのも。


「で、現地の調査員ってのは……」

「もちろん、『お仲間』だよー」


 厄事やくごとであれば、と一緒になる可能性がどうしても高くなるからだ。


 ネネの指が、ぱちん、と鳴り、宿業ギフト——『隠蔽結界』が展開される。受付台カウンターの向こうに立っているミナーシュがこっちをまったく見ていないのを確認し、彼女は言った。


「序列八位と、序列九位……つまり『阿頼耶アラヤ』組のふたり。もう半月くらい地上に戻ってきてなくて担当がやきもきしてるみたいだから、ついでに連れ帰ってもらえない?」

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