よくあることで、けれど

「私が冒険者を辞めたのは、半年ほど前です」


 商人の男——ケイズは、雨に濡れた外套コートを脱いで人心地をつくと、レリックたちに仔細を語り始めた。


「元々、向いてはいなかったのです。私は腕っ節も弱く、魔術も上手くなく、持っていた宿業ギフト十人位コモン……『鑑定』でした。努力はしましたが、結局は四級止まりで引退することになりました」


『鑑定』は『筋力増強』『収納』などと並ぶ十人位コモンの、ありふれた宿業ギフトだ。

 その能力は、己の体内魔力オドを対象に流し込むことで『ものの良し悪しや状態がなんとなくわかる』というもの。


 希少度レアリティの低い宿業ギフト全般に言えることであるが、『鑑定』は特に、本人の努力と経験によって精度が大きく変わる。たとえば石ころひとつを『鑑定』するとして、鉱石の知識や実際に触れた経験が多ければ多いほど、含有されている成分をより具体的に見抜くことができるようになるのだ。


 故に、


「……『鑑定』は、有用な宿業ギフトだと思うけど。商人としてはもちろん、冒険者としても」


 戦闘向きのものでは決してないにせよ、パーティーにひとりいると稼ぎの効率が変わる、と言われている。


 岩場に遭えば鉱脈がわかるし、薬草も質を選びながら採取できる。魔物を倒した時も部位を厳選して持ち帰ることで荷物の節約となる。優れた『鑑定』持ちとなれば、下層を主戦場にしている高等級パーティーに所属していることもあるのだ。


 ケイズの身なりを見るに、新しい就職先では重用されているのがわかる。西コウイン商会といえばヘヴンデリートでもかなりの大手だ。『鑑定』の腕そのものが悪かったとは思えない。


 だがケイズはレリックのそんな詮索へ、寂しげに笑んだ。


「私も後になって知りました。『鑑定』は決してなどではなく、私のも、それなりの確度と精度に育っていたと。ですが……まあ、当時はね。私も彼らも、物知らずだったのですよ」


 彼は続けて語った。


「『鑑定』の技術はともかくとして、弱かったのは事実でした。剣も魔術も度胸もからっきしで、小鬼ゴブリンにすら手間取る始末。中層ではもうどんな魔物にもかないませんでしたね。……他のメンバーはそれが気に入らなかったようで。後ろでなにもせずに縮こまっているだけなのに俺たちのおこぼれに預かる寄生虫、と」


初心者ニュービーにありがちな勘違いか」

 レリックは思わずこぼす。 


「いえ、私たちはその当時、中層上辺までは進めていました。ですから決して初心者ニュービーという訳では……」

初心者ニュービーだよ、悪いけれど。たとえ中層まで到達していようと、支援職サポートを寄生虫呼ばわりしてるうちは」


 迷宮探索で真に重要なのは——求められるのは腕っ節ではない。生存能力だ。


 だが、比較的に安全な上層で生存能力が問われることは多くなく、加えて、腕っ節がある程度あれば、勢いで中層上辺くらいまでは行けて

 故に、時として勘違いするのだ。

 強ければいい、強い奴が正義だ、と。


「……なるほど、やはり熟練者ベテランはそんなふうに考えるのですね」


 ケイズの苦笑はおそらく、かつての仲間たちに向けられたものなのだろう。


「私も、拾ってもらった商会の方に言われました。お前を追放したパーティーの方が愚かなんだ、と。ただ、当時は完全に自信を失っていて、自分のことを役立たずの寄生虫だと強く思い込んでしまっていまして……今もまあ、ご覧の通り、そのはあります。こればかりはなかなか」


「その元パーティーメンバーは? 亡くなったような口振りだったけど」

「ええ、そうです」


 問うと顔を曇らせ、


「私がパーティーから追放され、冒険者を引退してから二カ月後。つまり、今から四カ月前ですね。元パーティーの面々が中層で行方不明になったという連絡が来たのです。それも、全員が」


 深く息を吐き、お茶に口をつけ、そうしてケイズは行方不明になった元仲間たちの詳細を語る。


 パーティー名は『遥かなる夕暮れ』。

 メンバーは四名。

 盾役タンクのフリッジ——普人ふじん族、男性。

 剣士ソードマンのオーウェン——侏儒族ドワーフ、男性。

 治癒士ヒーラーのボウボウ——小身族ハーフリング、男性。

 そして魔道士キャスターのマリィ——普人ふじん族、女性。


 四カ月前のある日、上層と中層を繋ぐ昇降口前にいるのを顔見知りが目撃している。が、それを最後に以降の音沙汰はなく、四人全員が住居に帰っていないという。

 このことから、おそらくは中層で揃って消息をったと推察されたそうだ。


 ひと通り聞かされたレリックは「なるほど」と小さくつぶやいた。


 どの名前も——ケイズを含めて、だが——レリックの記憶にはない。つまりは名が売れてもいないどこにでもいる、あり触れた冒険者たちだったのだろう。


 中層は得てして、彼らのような、初心者ニュービー中級者ミッドの境目にいる者たちをふるいにかける。


『地下草原』とは打って変わって見通しの悪い洞穴、入り組んだ通路、そして乏しい光源、発見し難い罠。すべてが一気に冒険者の不利と、そして魔物たちの有利となる。油断の隣に死が口を開けている、そんな環境が冒険者を待ち受けているのだ。


 故に中層から先はいっそう、支援職サポートが重要視される。

 そして彼らの場合はおそらく——、


「あなたを追い出したことで、探索自体が上手くいかなくなった。それでも現状を認められず、以前と同じ最前線……中層上辺へ赴いた、そんなところか」


「わかるのですか」


 支援職サポートとして『鑑定』持ちのやれることは多い。


 現地においては持ち帰る素材の選別、ひいては地面の状態から魔物の足跡を推察しての簡単な斥候。地形と地図を照らし合わせて自分たちの位置を掴むのも、他の人間よりは得手としている。


 更には地上へ戻ってからもだ。探索に必要なあらゆる道具——武器防具はもちろんのこと薬品類ポーション、採取用具、日用品など。そのすべてが今どんな状態にあるかを『鑑定』できるという恩恵は果てしなく大きい。特に中層は縦穴をロープで降りることもある。そのロープが知らず劣化していて切れた、なんて事故は命に関わるのだ。


「私を追放して以降、持ち帰る素材の質は落ち、報酬も減額されがちだったようです。なのに一回の探索にかかる時間は伸びる。そうなると資金繰りも上手くいかなくなっていたのではないかと思います。挙句、これは後から知ったのですが……たちの悪い商人に粗悪品を掴まされたりなど、それこそ初心者ニュービーが引っかかりそうなことにも」


 ケイズは深く溜息をいた。


「あなたの仰る通り、彼らは焦っていたのでしょう。それで結局……溜まったツケの代償を、命で支払う羽目になった」


「……遺品を回収して欲しい、ということだったけど、それはどの程度だ? 具体的な指定があるならうけたまわるし、ないのなら遺骨でも構わないが」


 話せば話すほど相手が落ち込んでいくばかりな印象だったので、レリックは依頼の内容について問うことにした。

 やるせない気持ちはわからないでもないし同情もするが——『落穂拾い』の専門は失せ物探しであって、身の上相談ではない。


「あ、はい。装備品をお願いします」

 ケイズも話題がずれていることに気付いたのか、はっとしたように声を改めた。


「フリッジの盾、オーウェンの剣、ボウボウの杖、マリィの魔導書。それぞれにパーティーの紋章を入れているはずです。図案デザインはここに」


 懐から取り出した紙には、太陽の沈む地平線を模した絵が描かれていた。

 それをレリックに渡しつつ、


「できれば四つ全部をお願いしたいところですが、そもそも同じ場所で死んでいるとも限りませんので、ひとつでも持ち帰ってくださるならそれで満足です。ただできるなら、ですが……マリィの魔導書は、優先的に探していただけたらと」


 少し申し訳なさそうに、恥じ入るように付け加えた。


「……恋人だったんです。追放された時、フリッジに寝取られましたがね」


「深く詮索はしないよ。ただ、よくあることだ、とは言っておく」

「いえ、ご心配なく。私も今はもう吹っ切っている。が……やはり、区切りとしてはね。これも未練なんでしょうかね」


「僕にはなんとも。依頼はきっちり果たそう。とはいえ、魔導書は虫型の魔物に食い荒らされやすい。残っていればいいんだが」

「表紙の装丁には金属を使っていましたから、一部だけでも構いません」


 そう告げて笑うケイズの顔に、あまり鬱屈としたものは感じられなかった。

 だからあとは報酬の話をひと通りして、向こうがいちもなく頷いて、解散。


 ケイズはロビーを去っていき、レリックたちが残される。



 ※※※



 そうして依頼人がいなくなってからややあって、レリックは立ち上がる。


「今から行く?」

「いや」

 フローが見上げながら問うてきたのへ、首を振った。


「先に少し、調べたいことがある」


 話を聞き始めた時からずっと、レリックには引っかかるものがあった。

 ケイズの態度ではない。彼に後ろ暗いところは見当たらなかったし感じなかった。

 ではなにか——彼が辞した後、頭の中で会話を反芻はんすうしてようやく思い当たった。


「依頼人を追放したパーティーが行方不明になったのが、四カ月前。そして中層。といえば、だ」


 きょとんとしているフロー。気付いていないのだろう。

 だからレリックは続けた。


「ひと月前に受けた依頼だよ。『輝ける聖剣』フィックスの一味……中層で冒険者を襲って稼いでいた『無二むに黎明れいめい』。あいつらが追い剥ぎを始めた時期と『遥かなる夕暮れ』の四人が行方不明になった時期が、


 なるほどと膝を打つ代わりに、フローは溜息ひとつとともに言った。


「黎明とか夕暮れとか、冒険者の付けるパーティー名はそういうのばっかり」


 名称の安直さや格好がどうのといった評はともかく——『黎明』が『夕暮れ』を襲ったかもしれないというのは皮肉なもんだな、とレリックは思った。


「とりあえずネネに連絡を取って……それからアマリアのところへ行こう。時期的には微妙だが、ひょっとしたらなにか知っているかもしれない」

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