咲け、寒椿
「ツバキ。なぜお前は、
その言葉に、ずくん、と。
ツバキの心臓は大きく鳴った。
「俺はお前の
キースバレイドには、ツバキの
「あいつが
きっと師には身内の心安さがあったのだ。
他人の
三人は家族だからと、言ったに違いない。
しかしアカシアは尋かなかった。それはおそらく嫉妬と恐怖で。
ツバキへの嫉妬を自覚し、もしも優れた
——そこまで考えて。
ツバキは、アカシアを真っ直ぐに見詰め返した。
様々な思いが去来する。自分の過去、
誰が悪い訳でもないのだろう。そして同時に、誰もが悪かったのだろう。
勝手に嫉妬したアカシアも、意識せずにそれをかきたてたツバキも、なにも気が付かずに追い詰めたキースバレイドも。
自己嫌悪と、兄弟子への憤りと、それからほんの少しだけ師を恨みながら。
「たいした話ではない。
ツバキは、決意した。
「故郷で、冬だった。
どんな経緯で
ただ覚えているのは、雪の積もる中、血に染まって倒れる守役の娘。
確か——ツバキの悲鳴を聞きつけて、屋敷の中から家族が駆けつけてきて、それから先は——、
「肩から腰にかけて傷跡が残った。嫁入り前の女に一生の怪我を負わせた。だが、あれは気にするなと笑った。母さまも父さまも、あれの両親と
ありふれた、くだらない話だ。
幼い頃に
だが、守役の娘——姉のように慕っていた彼女が血に染まって倒れる姿を、ツバキは忘れることができない。
故に、強くなろうと思った。
故に、家を継がず冒険者になった。
罪悪感と己の弱さから逃げるように。
「けれど、結局はついて回るのだな。逃げられないのだな。
思い出す。
故郷から旅立つ日。
かつての守役——あれから屋敷の使用人となり、幸せな結婚もし、残った傷痕を気にする素振りもなかった彼女は、ツバキを見送る際、言ったのだ。
お嬢さま。どうか、自分のお命を第一に考えてくださいね。
そのせいでお嬢さまの身になにかあれば、私の傷は不忠の証となります。
ですが、お嬢さまがその
「この傷はなによりの誉れとなりましょう……か」
ツバキは大太刀をだらりと下げた。
そうして微笑とともに、告げる。
「
アカシアの表情が変わった。
それは迷いもなく
あるいは
どちらでもいい。
たとえこの兄弟子がどんな感情を抱こうとも、いかな嫉妬に狂おうとも、もはや
守役は言った——ツバキが
ここへ来てからできた友は言った——自分の話をする時も笑っていなきゃだめ、と。
過去から目を背けるな。
そして己に宿るものを恥じるな。
師の仇を討ち命を拾い、そしてなにに
「兄者、いいや、アカシア。あなたはこれから負ける。剣の才でもなく、技でもなく、師の教えでもなく、ただ
大太刀を横にして掲げる。
そして空いた左腕に、その刃を
自傷——左腕の半ばほどを、深さ
斬った。
「……、なにを……?」
アカシアが脇差を構える。おそらくは予測できない行為への警戒によって。
だが、ツバキは止まらない。止めない。
斬り裂いた皮膚から血が
どくどくとこぽこぽと、
「
その言葉に、アカシアの顔が歪む。
だから、ツバキは。
血の纏わりついた大太刀をゆっくりと掲げて、
「その力は、我が血を凶刃と成し、操ること。我が血汐は不壊の刃であり、不滅の
——振った。
必定。
その血は飛沫となり、中空に舞う。
そして、異様。
舞った血の飛沫は、それぞれが質量に応じて
「な……っ!?」
アカシアへ一斉に、襲いかかった。
驚愕に目を見開くアカシアだったが、それでも剣神の後継とされた比類なき練磨の士。血の刃を、飛礫を、爪牙を、斬り、避け、弾き、散らす。『
撃墜した——はずだった。
無駄である。血は血であり、液体であり、たとえ斬られても弾かれても形状を変えこそすれ消えることはない。断たれた血はふたつに分かれてまた刃となり、躱され行き去った血は
「こんな……ふざけるな、こんな!」
アカシアは叫んだ。おそらくは本人も意識せぬままに。
確かにふざけている、とツバキ自身も苦笑する。
そして思い出す。
「ああ、そうか。
守役の娘が雪のせいで転んで、それを庇って共に倒れた。
勢いで腕をぶつけた庭石が鋭くて。
手を切って、血が出て、痛くて泣いて——
「だから誰も
頭首一族の長女が怪我をしたとなればどうしても守役の
彼女にとってそれはあまりにも酷であったから。
誰も悪くない事故であったと、そういうことにしたのだろう。
もはや何年越しなのかもわからないほど久方ぶりに発動した
その衣服は裂かれ、皮膚のあちこちに傷が走っている。下層まで髪ひと筋ほども乱すことなく辿り着き、ツバキとの戦いでも寸毫も傷付かなかった男が、今や見る影もない。
ツバキは大太刀を
最期はせめて
「さらばだ、兄者。
ざん、と。
飛び込みながらに放った刺突は、
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