剣の叫喚、徒花の舞

 ツバキの持つ大太刀は、めいを『閻魔小通連えんましょうつうれん』という。これは『ひと振りで斬撃を二度発生させる』という機能を持つ魔刀まとうだ。


 始まった戦いの初撃。

 上段霞じょうだんがすみから斜め下への袈裟懸けさがけは身の丈ほども長い大太刀をもってしても間合いの外であり、傍目には空を切ったようにしか見えない。が、二度めの斬撃がここに——まったく同じ場所、同じ軌道に遅れてやってくる。


 故にアカシアは振り抜かれた刀を掻い潜って間合いを詰めてはこない。できないのだ。避けたと思って踏み込んだ瞬間、見えない刃で袈裟懸けにされるのだから。


 無論、相手もさるもので、ツバキの魔剣のこと、果てはツバキの太刀筋や戦い方を含めてすべて熟知している。不可視のはずである二度めの斬撃が中空に放たれるのと入れ替わるように『阿修羅顕明あしゅらけんみょう』の一閃を横ぎに放つ。それは刃を離れて真っ直ぐに飛来し、


「……く!」

 ツバキは刀を返しそれを受け止める。


 や、いなや即座に放たれる次の斬撃。

 身を捩って躱し、そのまま前に跳躍して距離を詰めようとするが、アカシアには読まれていた。ツバキの突進から軸をずらしながら連続で刀を振る。飛来してくる数多の剣閃を大太刀でさばきながら地面を再び蹴って軌道を変え、アカシアを間合いの内へ。


 ようやく始まる近距離での剣戟けんげきはすぐに——白刃の刀光とうこうが飛び交い不可視の剣影けんえい乱麻らんまとなる、異様な空間を形成する。


 常人にはもはや目ですら追えず、達人であっても内には入れない。そんな最中にあるは剣神の弟子たる稀代の剣士ふたり。己に身体強化魔術を限界までかけながら、攻撃を止め、捌き、躱し、流し、返し、かすり、けれどどちらも致命の一撃は喰らわない。


 戦いは拮抗している——見える者がいるならそう評するだろう。

 だがツバキはその鋭い双眸を細めながら、心中で歯を食い縛っていた。


 彼女にとって厄介ごとは、ふたつある。

 

 ひとつは相手の太刀筋。

 アカシアは本来の愛刀である『倶生大通連ぐしょうだいつうれん』ではなく『阿修羅顕明』を使っている。そして得物えものが変われば戦い方も変わる。もはやそれは幾度も稽古を交わしたかつての刀捌きではない。つまり、ツバキにとっては慣れないものであった。


 もうひとつは武器の機能差だ。

 どちらも先史遺物アーティファクトを用いた魔刀であるが、『阿修羅顕明』は宝刀と称えられる一方、『閻魔小通連』はそうではない。これには理由がある。

『閻魔小通連』の『二度めの斬撃』は、ツバキの魔力を吸い上げて作りだした、言わばただの魔術なのだ。


 たとえ不可視であろうとも、魔力によって形成されたものであれば対策が取れる。簡単な防御結界、阻害魔術、あるいは別の魔術をぶつけて相殺する、など。レリックにも『収納』が可能であり、事象としての斬撃そのものを放つ『阿修羅顕明』の機能とは根本から異なっている。


 そしてそれらの厄介ごとふたつが合わさると、どうなるか。


「……ぬるい」

 

 アカシアの対抗策は単純。己の周囲に薄い防護膜を纏ったのである——対魔力に特化し、物理的な防御力を捨てたものを。


 なれば『閻魔小通連』が放つ斬撃のうち二度めの方、つまりは魔力によって形成された見えない刃が意味をなさなくなる。皮膚どころか衣服に到達する寸前で阻まれ、肉を断つには至らない。


 無論、対魔力だけを考えた防護膜の分、物理的な防御は薄くなる。だが実体を持つ攻撃といえばツバキの太刀筋そのものであり、アカシアにとっては数えきれないほどに手合わせをし、むしろ技を磨く石として共に在ったもの。読むも避けるもさして難しいことではない。


 このような芸当ができるのはアカシアの宿業ギフトによるものだ。


纏絲勁てんしけい』。

 身体強化系宿業ギフトの中でも千人位レアに属するそれは、己の身体に防護膜を張り防御力を高める、というもの。


 もちろん千人位レアであるからして、あらゆる攻撃を受け止めて無傷でいられるような万能さはない。高い領域の戦いにおいては中途半端なものだ。

 だがアカシアはこれを徹底的に鍛え抜いた。物理防御と魔術防御の双方を均等に強化するという特性から更に進み、片方を下げることによって片方を上げる——ことに成功したのだった。


 かくして不利が積み重なり、ツバキは劣勢になっていく。


 ただ、だからといって致命の一撃までは喰らわない。

 ツバキ自身は謙遜していたが、実のところふたりの技前わざまえは拮抗していた。更には両者ともに搦め手や不意打ちで相手を討ち取るつもりは毛頭なく、正面から斬り伏せることしか考えていなかった。


 こうなると、決着に至る道程には二通りしかない。


 片方が下手を打って隙を突かれるか、或いは徐々に押し込まれて削り殺されるか。

 勝負は——後者へと傾きつつあった。


っ!」


 アカシアが喉元へ向かって突きを放ってくる。紙一重で頭を傾けたツバキだが、ほぼ同時、首筋に添われた白刃からの飛ぶ斬撃が頸動脈へと襲いかかる。故に、不可視の刃を回避するその勢いで横に倒れながら、逆袈裟さかげさに大太刀を振るう。アカシアは横に跳躍し、斜めの剣閃を回避した。


 ツバキにとっては背筋に冷たいものの流れる攻防だったが、アカシアの動きには余裕がある。このまま続けば前者、こちらの緊張の糸が切れ、同時に命脈をも斬られるという結末もあり得るか——ツバキは心中で懸念し、しかし迷いを振り払うべく次の一刀を構えたその時。


 アカシアが更に背後へ退がり、大きく間合いを取った。

 つまりは、攻撃の手を止めた。


 そこから脇差を下げて構えまでもを解き、アカシアは口を開いた。


「俺はな、ツバキ。お前がずっと、ねたましかったんだよ」


「……兄者?」


 予期せぬ戦いの中断に、ツバキは戸惑う。

 優位にあるアカシアにとってはこのまま攻め続けるのが最善で、会話などしては無闇にこちらを休息させるだけだ。なのに何故。


「俺よりも遥かに遅れて弟子入りしたくせに、めきめきと腕を伸ばしていつの間にか俺に比肩していた。師匠からも『わしに似ている』などと可愛がられ、挙句、後継の候補にまでした……この刀阿修羅顕明の捜索を以て、俺と競わせようとした」


「違う、それは……」


 ツバキの心に反論が満ちる。


 腕を伸ばしたように見えたのは、単に元々の経験があったからだ。ツバキは初心者ではなかった。故郷で幼い頃から剣の修練に勤しんでいて、ヘヴンデリートへ来た時には既にそれなりのものだったのだ。

 それに、刀を使った師匠の剣術は鬼人族のものとよく似ていた。だからすぐに馴染んだ。ただそれだけのこと。


 師匠から可愛がられていたのも偶然だ。キースバレイドは数十年前、妹夫婦とその娘をまとめて事故で喪うという経験をしている。己が独身だった分、妹の子のことを殊更ことさらに可愛がっていたらしい。「ちょうどお前と同じくらいの齢だった」と、かつて師がこぼしたことがあった。きっと亡くしたその子と自分を重ねていたのだろう。


『阿修羅顕明』については、師匠がなにを思っていたのかはよくわからない。ただツバキは固辞し、権利を譲ろうとしたし捜索を手伝おうともした。それを跳ねけたのはアカシアだ。なのに——、


 ——いや。


 そこまで思案したところで、ツバキは不意に得心する。

 してしまう。


「もしかして、われの申し出を跳ね除けたのは」

「そうだよ」


 アカシアは頷き、ツバキを真っ直ぐに見る。

 彼の視線、そこに込められたものは。


「俺は、。だからお前に勝ちたかったんだ。勝たなきゃいけなかったんだ。……お前に勝たなければ、俺は剣神にはなれない」


 劣等感、だった。


 ずっと憧れて敬愛し、しるべと見ていたはずの兄弟子が。

 いつかは追いつきたいと見上げていたはずの相手が。

 自分に抱いていたのは、むしろ逆で——。


「今のところは俺が優勢だ。このままり続ければいずれお前は負けるだろう。俺はお前を斬り殺せるだろう。だけどそれだけじゃ駄目なんだ。このまま戦い続けて勝ったとして、納得できるはずがないだろう? 俺はお前をただ殺したいんじゃない。お前のを上回って、殺したいんだ。お前の死体を眺めながら、やはり俺の方が上だったと確信したいんだ」


 そして。


「なあ、ツバキ」


 アカシアはその視線を射るようなものへと変え、長年のわだかまり、そのすべてを煮詰めた根源である問いを、ツバキへと放つ。


「なぜお前は、宿業ギフトを使わない?」

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