剣の叫喚、徒花の舞
ツバキの持つ大太刀は、
始まった戦いの初撃。
故にアカシアは振り抜かれた刀を掻い潜って間合いを詰めてはこない。できないのだ。避けたと思って踏み込んだ瞬間、見えない刃で袈裟懸けにされるのだから。
無論、相手もさるもので、ツバキの魔剣のこと、果てはツバキの太刀筋や戦い方を含めてすべて熟知している。不可視のはずである二度めの斬撃が中空に放たれるのと入れ替わるように『
「……く!」
ツバキは刀を返しそれを受け止める。
や、
身を捩って躱し、そのまま前に跳躍して距離を詰めようとするが、アカシアには読まれていた。ツバキの突進から軸をずらしながら連続で刀を振る。飛来してくる数多の剣閃を大太刀で
ようやく始まる近距離での
常人にはもはや目ですら追えず、達人であっても内には入れない。そんな最中にあるは剣神の弟子たる稀代の剣士ふたり。己に身体強化魔術を限界までかけながら、攻撃を止め、捌き、躱し、流し、返し、
戦いは拮抗している——見える者がいるならそう評するだろう。
だがツバキはその鋭い双眸を細めながら、心中で歯を食い縛っていた。
彼女にとって厄介ごとは、ふたつある。
ひとつは相手の太刀筋。
アカシアは本来の愛刀である『
もうひとつは武器の機能差だ。
どちらも
『閻魔小通連』の『二度めの斬撃』は、ツバキの魔力を吸い上げて作りだした、言わばただの魔術なのだ。
たとえ不可視であろうとも、魔力によって形成されたものであれば対策が取れる。簡単な防御結界、阻害魔術、あるいは別の魔術をぶつけて相殺する、など。レリックにも『収納』が可能であり、事象としての斬撃そのものを放つ『阿修羅顕明』の機能とは根本から異なっている。
そしてそれらの厄介ごとふたつが合わさると、どうなるか。
「……ぬるい」
アカシアの対抗策は単純。己の周囲に薄い防護膜を纏ったのである——対魔力に特化し、物理的な防御力を捨てたものを。
なれば『閻魔小通連』が放つ斬撃のうち二度めの方、つまりは魔力によって形成された見えない刃が意味をなさなくなる。皮膚どころか衣服に到達する寸前で阻まれ、肉を断つには至らない。
無論、対魔力だけを考えた防護膜の分、物理的な防御は薄くなる。だが実体を持つ攻撃といえばツバキの太刀筋そのものであり、アカシアにとっては数えきれないほどに手合わせをし、むしろ技を磨く石として共に在ったもの。読むも避けるもさして難しいことではない。
このような芸当ができるのはアカシアの
『
身体強化系
もちろん
だがアカシアはこれを徹底的に鍛え抜いた。物理防御と魔術防御の双方を均等に強化するという特性から更に進み、片方を下げることによって片方を上げる——防御力の配分を変えることに成功したのだった。
かくして不利が積み重なり、ツバキは劣勢になっていく。
ただ、だからといって致命の一撃までは喰らわない。
ツバキ自身は謙遜していたが、実のところふたりの
こうなると、決着に至る道程には二通りしかない。
片方が下手を打って隙を突かれるか、或いは徐々に押し込まれて削り殺されるか。
勝負は——後者へと傾きつつあった。
「
アカシアが喉元へ向かって突きを放ってくる。紙一重で頭を傾けたツバキだが、ほぼ同時、首筋に添われた白刃からの飛ぶ斬撃が頸動脈へと襲いかかる。故に、不可視の刃を回避するその勢いで横に倒れながら、
ツバキにとっては背筋に冷たいものの流れる攻防だったが、アカシアの動きには余裕がある。このまま続けば前者、こちらの緊張の糸が切れ、同時に命脈をも斬られるという結末もあり得るか——ツバキは心中で懸念し、しかし迷いを振り払うべく次の一刀を構えたその時。
アカシアが更に背後へ退がり、大きく間合いを取った。
つまりは、攻撃の手を止めた。
そこから脇差を下げて構えまでもを解き、アカシアは口を開いた。
「俺はな、ツバキ。お前がずっと、
「……兄者?」
予期せぬ戦いの中断に、ツバキは戸惑う。
優位にあるアカシアにとってはこのまま攻め続けるのが最善で、会話などしては無闇にこちらを休息させるだけだ。なのに何故。
「俺よりも遥かに遅れて弟子入りしたくせに、めきめきと腕を伸ばしていつの間にか俺に比肩していた。師匠からも『
「違う、それは……」
ツバキの心に反論が満ちる。
腕を伸ばしたように見えたのは、単に元々の経験があったからだ。ツバキは初心者ではなかった。故郷で幼い頃から剣の修練に勤しんでいて、ヘヴンデリートへ来た時には既にそれなりのものだったのだ。
それに、刀を使った師匠の剣術は鬼人族のものとよく似ていた。だからすぐに馴染んだ。ただそれだけのこと。
師匠から可愛がられていたのも偶然だ。キースバレイドは数十年前、妹夫婦とその娘をまとめて事故で喪うという経験をしている。己が独身だった分、妹の子のことを
『阿修羅顕明』については、師匠がなにを思っていたのかはよくわからない。ただツバキは固辞し、権利を譲ろうとしたし捜索を手伝おうともした。それを跳ね
——いや。
そこまで思案したところで、ツバキは不意に得心する。
してしまう。
「もしかして、
「そうだよ」
アカシアは頷き、ツバキを真っ直ぐに見る。
彼の視線、そこに込められたものは。
「俺は、あらゆる面でお前よりも下だ。だからお前に勝ちたかったんだ。勝たなきゃいけなかったんだ。……お前に勝たなければ、俺は剣神にはなれない」
劣等感、だった。
ずっと憧れて敬愛し、
いつかは追いつきたいと見上げていたはずの相手が。
自分に抱いていたのは、むしろ逆で——。
「今のところは俺が優勢だ。このまま
そして。
「なあ、ツバキ」
アカシアはその視線を射るようなものへと変え、長年の
「なぜお前は、
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