邂逅
三人の道中はほぼ無言だった。
そうして一時間近く経った頃——フローが緊迫した声で、ぽつりと言った。
「止まった」
「……っ!」
レリックとツバキが息を呑む。
フローが探査しているのはキースバレイドの遺体だ。それは現在アカシアが持ち歩いていると思われる。
彼はつい今し方まで移動していた。つまり目的地に辿り着いていなかった。
これが『止まった』ということは、即ち。
「……急ぐぞ!」
レリックの号令にフローが小走りで駆け始める。ツバキは最後尾で気配をいよいよ張り詰めさせる。
森に囲まれた遊歩道のような
そして集落の片隅、大きな住居群に囲まれて路地裏のようになっている細い通路。それを抜けた先にある目立たない区画。
他よりも一段低い背丈でひっそりと、その建物はあった。
他と違い集合住宅ではなく、今の時代を生きるレリックたちにも『家』と認識できるような——ありふれた意匠の、家屋らしい家屋。
その家に見合った広さの、およそ十五
アカシア=ルビスウォーカーは、いた。
「遅かったな、ツバキ」
眉目秀麗な青年だった。
きっちりと着込まれた平服は貴族らしい質の高さではあるものの、地上で市民が着ているものとなんら変わらない。頭髪は耳にかかるかどうかほどの長さで整えられている。総じて、
やや細めの面立ちに並ぶ瞳は優しげで、目の合った者を安堵させてしまうような雰囲気がある。唇も柔らかな弧を描いていて、女が見れば頬を赤らめ、子供が見れば笑顔で寄ってくるだろう。
だけど、だからこそ、異様である。
鎧もなしの平服で、下層まで辿り着けることの異様。
下層まで来ているにも
そして、なにより。
「師匠……っ」
ツバキがぎしりと音の鳴るほどに歯を
本当はすぐにでも駆け寄りたいのだろう。しかし傍のアカシアがそれを許さない。佇まいに一分の隙もなく、寄らば斬られると肌身に感じられた。
そう、斬られるのだ。
アカシアの右手には一本の刀が握られている。
通常の刀よりもやや短い『脇差』と呼ばれるそれは、本来であれば
だがツバキはもちろん、レリックとフローも知っている。
それは脇差ではあるが、
刀身が短くとも、間合いは果てしなく長い。
かつて何度も見た。
かの『剣神』が——今は干からびた死体となり庭に転がっている
「『
レリックの声に、アカシアは微笑みで応えた。
「ああ。ついに手に入れた。ついに」
「……何故だ、兄者」
血を吐くようにツバキは問う。
「そんなにまでも欲しかったのか? ならばどうして、共に探そうという
たまらず一歩をにじり寄る。
手は大太刀の
ツバキも充分に理解しているはずだった。
それでも一歩を踏み込んだ。踏み込まずにはいられなかった。
だがアカシアはそんな彼女を無視して、レリックたちへ視線を向ける。
「ひどいなあ、きみたちは」
「……は?」
眉をひそめたレリックに、アカシアは続けた。
「俺がきみらに探索を依頼した時は断ったじゃないか。俺がどんなに頼んでも、頭を下げても、にべもすげもなかった。なのにツバキの依頼は受けたんだね」
「兄者、違う! それは……」
ツバキが否定しようとするが、
「どうしてだい? 俺とツバキとの間にどんな差があるんだい? 俺は嫌われていて、ツバキは好かれているのかな?」
アカシアの言葉は止まらない。
「そもそもの始まりからがおかしかったんだよ」
刀を掲げ、ゆらゆらと左右に振り、
「俺は師匠の一番弟子だ。しかも息子にまでしてくれた。子供の頃から死ぬ気で鍛錬に励み、腕だって誰より優れている。世間の評判もこれ以上ないほどで、なにもかもが完璧だ。だったら……『剣神』の名を継ぐのは、問答無用で俺のはずだろう?」
「なのに何故、ツバキの名が
その発言は、かつて
女を女と軽んじるのも。
他種族を他種族だと蔑むのも。
よほど偏見にまみれた田舎者か、差別主義に染まった貴族くらいしかやらない行為だ。
「……それが兄者の、本心か?」
ややあって、ツバキは俯き加減に絞り出すような声をあげた。
「性別も年齢も種族も変わらず、目の前の者には分け隔てなく優しく、正しく、礼節を
刀の柄を握ってはいるものの、その手は震えている。
唇はわななき、目は潤み、信じたくないとばかりに頬を青くして。
そんなツバキを見て、アカシアは笑った。
「別に偏向した思想や主義を持っている訳でもないし、これから先も持つつもりはないよ。ただ……お前がどうしようもなく嫌いなだけだよ、ツバキ。
つまりはツバキが女だから、女ごとを嫌い。
ツバキが鬼人族だから、鬼人族ごとを憎むと。
「あに、じゃ……」
「その兄者というのをやめてくれないか。俺はお前を妹弟子と思いたくない」
ツバキの気配が悲嘆によって緩む。
アカシアがそれに乗じ、動く素振りを見せた。
だからレリックは刹那の後に来るであろう攻撃から彼女を助けるべく身構える。
が、それと同時——。
アカシアの背後、家屋の扉が。
不意に、がしゃりと開いた。
「いやあ、
そして中から出てきた人影が、呑気な口調で言う。
「かの剣神の別荘としちゃ、宝刀以外に
男だった。
歳の頃は
ぼさぼさの頭、気のない顔つき、着崩れた衣服、いかにも軽薄な態度、手入れもろくにされていない無精髭。
そんな野暮な
「お!? おおお、まじか!」
そいつはこちらを認めるや、眠たげな両目を驚きに見開いた。
「お客さん、って、まさかのまさかだ! 坊ちゃんと姫じゃねえか! なんでこんなところにいる? いやあ五年ぶりか? こんなところで再会するとはこれまた奇縁……いや、そうでもないのか。なるべくしてなった、って感じか」
『
男がそう称したのはアカシアの正面にいるツバキにではなく、彼女の背後に立つ、レリックとフローに対して。
「そういやこの前、うちの若いのが坊ちゃんに凄まれたって言ってたもんな。闇に紛れてたのにバレてたって、クソほど怖がってたぜ? だからいずれ会うとは思ってたんだ」
レリックは、そしてフローは。
「……っ」
男の顔を認めるや氷点下の殺気を発し、それぞれが臨戦態勢で睨み付ける。
何故ならばそいつは——その男は——ふたりの旧知であり、同時に、
「『なんでこんなところにいる』だと? むしろ僕らが尋きたい。
「久しぶりだなふたりとも。おじさん、ちょっと用事があってヘヴンデリートに戻ってきたんだよ」
男——ソラウミニスは。
肘から下の無い腕をひょいと上げて、ふたりへ笑った。
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