玄天を落とす
呪術の代償を先送りすれば呪いが負債として蓄積していき、それはやがて物質化、触れたものすべてを破壊し崩壊させる漆黒の泥濘となる。
これを即ち
消滅させる方法はふたつ。
ひとつは、なすがままにしてなにかを破壊させること。
そしてもうひとつは、より強い
※※※
その
レリックは周囲に『収納』を展開し、自身とフローの周囲に襲いくるすべての
ミック=デクスマイナスに対し、同情がないと言えば嘘になる。
彼の出自は理不尽だ。父親の発した病を押し付けられ、挙げ句に不完全な術式で呪いを増幅させられた。おまけにそれは元凶である父親の身勝手な婚約破棄によるものだというのだから、悲劇でしかない。
彼の境遇について、彼自身はなにも悪くない。
だが彼は、悪いことをした。
その果てに——悪いモノになってしまった。
七人の冒険者を手にかけた。
自分の妹を殺そうとした。
そして
かてておそらくは、
たとえ呪いによって精神が汚染されていようとも、正気を失った結果であろうとも。こうなってしまった以上、もはやどうにもならないのだ。
呪いは消す。
結果、彼がどうなろうとも。
「フロー」
レリックは隣の少女を促した。
「頼む」
「うん」
フローは頷く。
「ばちぼこりんにするよ」
そして仄赤い瞳が、ここではないどこかに焦点を合わせた。
『
眠りから目醒めた魂魄たちが、たくさん、たくさん、たくさん——。
「——
フローの唇が詠唱を紡ぎ始めた。
それは汎用魔術。
「
ただし——起動に要する魔力があまりに膨大で、発動に消費する魔力があまりに甚大で、故に書物にしか記されていない机上の魔術。
本来は魔術系の
「王冠の主は
魂とはなにか。
よくはわかっていない。ただし先代文明によりその構造は推測されている。
それは体内に在る、
「民は曰く/殺すならば盗め/盗むならば犯せ/犯すならば飲み干せ/飲み干すならば
では、死者の魂はどうか。
これは
身体の死によって
「王はやがて冠を脱ぎ/妃はじきに薪を
フローの
それは即ち、死者の魂が媒体としている
「王国は地獄となり/梅の花が燃える/柘榴は潰れて/血が滲み/
フローを中核としてその呼びかけに魂たちが呼応する。
上層中辺に数限りなく浮かぶ鬼火たちは周囲の
「生まれ堕ちてより/
フィックスの持っていた
だがあちらはあくまで自身とその周辺に漂う
「これを竜と呼び/これは竜を
対してこちらは、
それを集めて積み上げるなら、見上げるほどの山にすらなるだろう。
「
かくして詠唱は紡ぎ終えられる。
魂たちを媒体に、
「地獄を嘔吐しろ。……『
翼を持った蜥蜴の形をした爆炎が、
瞬時。まるごと飲み込んで、燃える。
「お、る? るるるるるら、らあああああああああああ!!!」
その大きさは見上げてすらなお生温く、見渡すほど広がっていたはずの
「あああああああああ!! あああああああああああああ!!」
轟々と盛る炎の中でミックだったものが叫ぶ。
それは怨嗟か、苦悶か、或いは解放の喜びか。
炎の竜が
レリックは熱気を『収納』しながら歩み寄り、前に立った。
「東国の方では、死者を炎で焼いて弔うそうだ。火葬という」
そして腕を伸ばし——炎の中へと、ぞんざいに突っ込む。
「あなたの
そうしてゆるゆると腕を左右させ、やがて目当てのものを探し当てると、ぐいと引き抜く。
「……あなたに呪いを運んできたこれだけは、僕らが責任を持とう」
握られていたのは、指輪。
大仰で太い、
高熱の炎に晒されていたというのに、溶けても砕けてもいない。表面に黒い焦げがこびりついているだけで、おそらくは機能も含めて無傷だろう。
レリックは手の中で、それを一瞬だけ『収納』した。
指輪は消え、すぐに現れる。
ひとつに合わさった状態ではなく、ふたつに分割された
「壊したの?」
「ああ」
フローの問いに、レリックは短く頷いた。
「僕らは『落穂拾い』だからね。失せ物は依頼主に返す。だったら安全な品にしておかなきゃ」
『収納』した際に内部構造をいじり、内部の術式を完全に破壊した。ついでに形状も多少変えてある。もはや呪術が発動することもないし、ひとつに合体させることも叶わない。
彼女へと繋がるかもしれない品だと躊躇しなかった訳ではないが、
「四十年も前のものだ。追っても無駄だろう」
首を振る。
フローは頷きながら「よき」とだけ言い、レリックの肩に身を寄せた。
レリックは掌の上にある、ふたつの指輪を眺める。
ひとつは翼にも似た複雑な、一見して具象性の薄い紋様が彫られたもの。
そしてもうひとつは——デクスマイナスの家紋と思われる、
深層に棲まい百年に一度しか姿を見せないと言われるその幻獣は、角を煎じれば万病を癒す薬となるという。
彼の祖父母はあまりに皮肉なこの家紋に、なにを思ったのだろうか。
炎が収束していく。
燃やすべきものを燃やし尽くし、灼くべきものを灼き尽くし『
あとにはなにも残っていなかった。
呪いも、死体も、なにも。
ただ背後で、トワのあげる慟哭だけが響いていた。
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