さまよう指輪

 移動速度は人とほぼ同等。

 そして、レリックたちのいるここ——上層中辺をうろうろと彷徨さまよっている。


「……まさか失せ物探しが、追いかけっこになるとはね」


 レリックはフローの隣で溜息をいた。


 一応、彼女の振り子ペンデュラムで方向と距離は把握できる。いつもとは違った探索になってしまうが、許容範囲ではあるだろう。


 ただ問題は、


「いったいどういうことなんだろうな」

 こうなってしまった経緯と理由が、わからない。


 依頼の時点でおかしなものではあった。


 エステスの父親がしていた指輪と、ミック=デクスマイナスがしていた指輪。

 それがほぼ同じ場所、同じ時に失われた——ミックの行った狩猟遊びで。片や持ち主が死亡した際に、片やいつの間にか。


 この指輪がそれぞれ別のものであるというのは、フローの宿業ギフトで明らかになっている。探知した際に違う反応を示したからだ。『同一の指輪の所有権をそれぞれが主張している』なんて事態ではないだろう。


 ならば少なくとも——この依頼の背後になんらかの関連性があろうとなかろうと——それぞれを探し出せば話は進むし、細かいことは探してから考えればいい。

 と、思っていたのだが。


 一同は陣形を再構築した後、歩みを再開した。


 先頭はフローと、そしてレリック。

 こうなった以上、彼女と離れた場所にいるのはレリックが嫌だったのだ。たとえオズがついていようとも、彼がどんなに頼もしかろうと。


 とはいえオズも同じことを考えたようで、今はイェムロワと合流し集団の中ほどにいる。トワは彼らに任せた。


 そうして最後尾はトワお付きの騎士連中だ。迷宮で背中を預けるに不安な輩ではあるが、イェムロワの枯青狼デミフェンリルたちもいるし許容範囲だろう。


 もちろん進軍速度は上げている。追いつかねばならないからだ。


「気持ちが悪いな」

 レリックはフローの隣で呟いた。


「うん、すっきりしない」

 フローが視線は前に向けつつ、返事だけで頷く。


 まるで食べ物が喉につっかえているような感覚だった。


 なにかが潜んでいるような、もしくはただ心配しすぎであるような。

 つまらないことに右往左往しているだけのような、もしくは想像もできない事態が待ち受けているかのような。

 

 実際ここに至っても、蓋を開けてみれば肩透かし、という可能性は高い。どこかの冒険者が指輪をふたつとも拾って持ち歩いているだけ——そんなありふれていてつまらない、ごく当たり前の理由だ。

 或いは魔物でもいい。その辺の魔物が一匹、たまさかに指輪をふたつまとめて飲み込んでしまい、腹の中で魔物と一緒に移動している——とか。


 でも一方で、そうではない気もするのだ。


 自分たちは、なにか不穏なことに巻き込まれているのではないか。

 レリックたちが予想もできない、複雑でこんがらがった、それでいておぞましいなにかが迫ってきているのではないか。


 しかもこの気持ち悪さ、すっきりしなさは、そもそもの依頼を受けた当初からずっと付きまとっている。同日に来た依頼、指輪という共通点、それらを同じ日の同じ場所で失くしたという事実——あらゆるものが符牒に見えて、あらゆるものが偶然にも見える。


 だから気持ち悪い。だからすっきりしない。


「……なんにせよ、さっさと追いつこう」

 レリックは不安を頭から追い払うようにフローを急かす。


 フローは右手を掲げ、振り子ペンデュラムに視線を遣り、集中した。

 そうして、ヘッドの揺れる方向にわずか身を傾け——、


 傾きかけた身体が、強張る。


「……フロー?」

「レリック、やばやばのやば」


 ネネに教わったであろう頓狂とんきょうな言い回しを咎めるいとまはなかった。何故なら裏腹に——フローの気配は鋭い。


。二……三……五。対象と同じ座標」


「オズ、イェムロワ!!」

 レリックは背後を振り返らないままに叫んだ。

「緊急事態だ、先行する!」


 ふたりの気配が瞬時に変わる。返答もまた迅速。


「わかった、こっちは任せてくれ」オズが短く引き受け、

わ!」イェムロワが端的に講じた。


 レリックとフローは走りだす。

 そしてふたりの背後から枯青狼デミフェンリルが、後続するオズたちの標号マーカーとなるべく付いてくる。


「……距離は?」

「そんなに遠くない。千くらい」

「対象の動きは止まってる?」

「うん。動いてない」


 前方に森がある。その中か。

 木々が邪魔ではあるが、それでも三分とかかるまい。オズたちはどうか——いや、ともすればトワたち一行のことを気にする必要はないか。


「魔物か? 生存者は……」

「そこまではわかんない」

「そうだった、ごめん。……にしても、どうなってんだまったく!」


 フローにわかるのは探し物指輪と同じ場所で人が死んでいるということ、それだけだ。生が死に変わる瞬間に発せられる音なき音——言わばを感知したにすぎない。生者の気配や状態までは把握できないのだ。


 幸い、森の樹木密度はそれほど高くはなかった。疾走に支障はなく、そこそこに明るい。やがて前方に目標地点ゴールが見えてくる。


 倒れているのが七人。

 そしてその中心に立っているのがひとり。


 人間、だった。


「おや」


 そいつは疾駆してくるレリックたちに気付くと、振り返る。

 振り返って——問うてきた。


「まだいたのか? それとも、音でも聞き付けてきたかな?」


 男だ。

 歳の頃は二十歳前後あたりか。


「そんなに激しい戦いではなかったし、彼らの仲間ももういないと思うのだが」


 足元に転がる冒険者たち。


「いやあ、ちょっと試してみようと思っただけなんだ。彼らには悪いことをした。でも、冒険者ってそういうものだろう? 自己責任、自己責任」


 一見してどれも大きな損壊はない。が、首が折れ曲がったり胴が鎧ごとひしゃげていたりと、死んでいることは明らかだ。


「で、きみたちは? たまたま逢引にでも来て、運悪く私と出くわしたのかな? それともなにかもっと別の理由があるのかな?」


 両手を広げる男。やけに品のいい身なりをしている。

 まるで貴族のような。少なくとも冒険者ではないだろう。


 男を見据えながら、レリックは隣のフローに窺う。

「……どうだ?」

「うん、


 警戒心とともに身構えて、男へと向き直る。


「あんたは誰だ?」

「なあ、きみたちはどうしてここに? 私に教えてくれないか」

「ここでなにをしていた?」

「なあ、教えてくれないか? きみたちはどうしてここに?」

「この死体の山はあんたがこしらえたのか?」

「だ、か、ら!!」

 男は突如、激昂した。


「質問してるのは、こっちだと、言っておるだろうがあっ!」


 同時、巻き起こる魔力の嵐。物理的な破壊力をもってレリックたちへと襲いかかる。呑まれれば人体などひとたまりもあるまい。

 これで冒険者たちを鏖殺したのだろう。


 だが、レリックには無意味だ。


 魔力の嵐が到達する寸前、軽く腕を振った。

 その暴威ぼういをまるごと『収納』し、自分たちの背後へと放り捨てる。嵐は派手な音をたてて後方の木々を破砕し、消えた。


 たとえそれが形のないものであっても『空亡そらなき』には関係ない——傍目には、嵐がレリックたちをすり抜けていったように見えただろう。


「……は?」

 男は望む結果が得られなかったことに、きょとんとした。

「どういうことだ? 不発か? そんなはずはないが……」


 一方で、こちらを警戒することもなければ恐れる素振りもない。

 それはいかにもちぐはぐな行動だった。荒事あらごとの最中に、敵を前にしてこの態度は普通ではない。


「もう一度く。あんたは誰だ、ここでなにをしていた? それから……指輪をふたつ持っているはずだが、どこで拾った?」


「は? 指輪? お前、何故それを……」

 核心へ切り込んだレリックに、男がようやく警戒の色を見せる。


 その時だった。

「……あそこだ、急げ!」


 右手奥——木々の向こうから、ざわついた気配とともに人の声がした。

 ややあって、集団が姿を見せる。先頭にオズとイェムロワ、それからトワを囲むようにした騎士たち。

 レリックたちに送れること数分、追い付いてきたのだ。


 オズは冒険者たちの死体を前に刹那で状況を把握したようで、唇を引き結び腰の剣に手をかけ、いつでも抜けるよう身構える。イェムロワも静かに微笑みをたたえたまま、気配が針のように鋭くなる。


 レリックたちとの間に言葉はない。無論、互いの名も呼んだりしない。見知らぬ敵のいる場所で無闇に情報を開示しないのは、冒険者を相手にすることの多い特級に身についた習性だった。


 故に、この場でそうした下手を打ってしまうとすれば、それは引率されてきた貴族の一行で。


 しかし、彼らが口にしたのは——こちら側の情報ではなかった。


「待ってください。これはどういうことですか? どうしてあなたがここにいらっしゃるのです……!」


 オズを押し除けるようにして前に出たトワが、混乱の中で叫ぶ。その視線は真っ直ぐに、レリックたちと相対する——へと向けられていた。


 指輪の持ち主。

 貴族服を纏い、冒険者たちを惨殺した、得体の知れない男。


「やあ、トワ。それにシドーズとディーラタ——我が騎士たちもいるじゃないか。まったくみんな奇遇だな、どうしたんだい?」


 トワの『お兄さま』——ミック=デクスマイナス。


 狩猟遊びで冒険者エステスの父を死なせ、おまけに指輪を失くし、今は屋敷で伏せっているはずのそいつは、まるで散歩の途中みたいに陽気な手を挙げた。

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