獣たちの姫君

 特級冒険者は現在十名いて、それぞれが頭抜けた実力者であるが、こと一般への知名度となると有名無名が入り混じっている。


 この有名無名はおよそ、冒険者としてのに比例していると言っていいだろう。そもそも『特級』という等級そのものが噂話程度にしか認知されていない——同業者を取り締る側の立場であるから秘匿されていなければならない——ので、特級冒険者としてどんなに功績をあげていてもそれが世間に知られることはないからだ。


たてしばの騎士』オズと、『御供姫けものおんな』イェムロワ=ガレットは、冒険者としてかなりの知名度を誇っている。なにせそれぞれが準一級と一級で、加えてふたり組デュオのパーティーを組んでいるからだ。


 そして知られているのは、その能力も、である。



 ※※※



 さても『外套への奈落ニアアビス』、上層中辺。


「貴族の世界ね、いろいろと面倒なの。男爵家って、子爵家よりも格下でしょう? 頼み込まれると断りづらくって。そんなで気が重かったのだけれど、レリックたちとご一緒できそうって言うじゃない? わたし、嬉しくって」

「はあ、さいですか」


 一団の最後尾を歩くレリックは、イェムロワと一緒に——彼女の車椅子を押しながら、与太話に付き合わされていた。


 一同が予想外の大所帯となってしまったのが理由のひとつである。

 レリックとフロー、トワとお付きの騎士たち五名、それからオズとイェムロワ。合計十名、冒険者の一団としてはもはや小隊アライアンスに近い。


 なお当然ながらエステスは留守番である。ネネの自宅に預けてきたので、もし今回の依頼になにか血腥ちなまぐさいものが潜んでいたとしても、身の安全は心配しなくてもいいだろう。


 先導は必然的に振り子ペンデュラムを操るフローとなり、その後ろを護衛のオズが歩く。彼が護るのは、フローに加えて続くトワとその騎士たち。そうして殿しんがりを務めるのがイェムロワだ。レリックは特にやることがなくあぶれているので、仕方なしに彼女の車椅子を押している。


「久しぶりに思う存分フローをわしゃわしゃできたし、よかったわあ。フローも楽しそうだったでしょう? ま、あとは面倒なお仕事が残るのだけれど」

「……あの無表情を『楽しそう』と言いきれるの、すごいな本当」


 イェムロワが最後尾なのには理由がある。

 それは現在、一団の周囲に展開し併走しているだ。


 枯青狼デミフェンリル。体高百センチルほどのこの狼は、上層の捕食者として知られる。群れであれば上層ではほぼ敵なしで、冒険者にとっても要注意とされる魔物である。


 それが十数頭、イェムロワの命令に従って、一同を守っていた。


「わかるわよ。だってわたしいつも、言葉を話さない魔物たちとなのよ? 無口な子の思いを汲み取るなんて訳はないわ」

「フローは魔物じゃないし、そもそもあなたの前じゃなきゃそこそこ喋るんだけどなあ」


 魔物使いビーストテイマー——その中で最も高名なのがこの女性、イェムロワ=ガレットである。


 彼女の宿業ギフトは『白羽巫女しらはみこ』。

 ことで魔物を支配下に置き自在に操る、調教師テイマー宿業ギフトの中でも極めて希少かつ異質な、百万位エクスレアに属するものだ。


 支配に必要な供物くもつの量は魔物の強さによって異なる。基本的には爪、髪、それから血などで充分だが、下層や深層の魔物であれば肉片、下手をすれば指、手足が必要となるだろう。


「まったく。レリックは幼馴染のくせにあの子の機微がわからないのねえ。そんなんじゃいつか振られてしまうわよ?」

「むしろなんであなたがフローの理解者気取りなんですかねえ」


 枯青狼デミフェンリルたちはあらかじめ上層で『放し飼い』にしていた配下ペットである。彼女は中層、下層、深層のすべてにこうして配下ペットを潜ませている——護衛、偵察、戦闘、さらには暗殺まで、『外套への奈落ニアアビス』の中であれば彼女はまるで王女のように、指先ひとつですべてをこなすのだ。

 故に迷宮探索においては屈指の心強さがある。


「それはそうよ。だってこの前、フローにわたしの足の指を食べてもらったもの」

「おいやばい冗談を言うな」

「二カ月くらい前、屋敷にご招待したことあったじゃない? その時、フローが喜んでおかわりしてたハンバーグはね……」

「冗談って言ってください頼むから!」


 ——この性格さえなければ、だが。


「もう、少しは付き合ってくれてもいいではないの。……本当に食べさせておけばよかったわ。フローとついでに、あなたにも」

「はー……」 


 これ見よがしに嘆息たんそくしてやっても効果はなさそうだ。車椅子を押しているので顔は見えないが、きっとまるで深窓の令嬢よろしく、にこにことお淑やかに微笑んでいるに違いない。


 生まれ育ちは本当に深窓の令嬢であるのが、また厄介だ。


「ところで、どうでもいいお話なのだけれど」


 と。

 イェムロワが気を抜いた口調で、視線を景色に向けながら切りだした。


「デクスマイナス家のトワさま、レリックとしてはどう?」

「どう、と言われても。貴族らしい娘だな、とは」


 彼女の声音はしかし、どこか不機嫌な色がある。


「そうではないわ。わかっているのでしょう?」

「……まあ、そうだな」


 幸い、こちらの会話は一行——少なくともトワとその取り巻きたちには聴かれていない。なので、内緒話に乗ることにした。


「どうして兄の方じゃなく、妹が依頼にきたんだ?」


 まず最初の疑問がそれだ。

 上層で狩猟に興じたのも、指輪を失くしたのも、その指輪の持ち主も、すべて当事者は彼女の兄——ミック=デクスマイナスだ。

 なのに本人は姿を見せず、妹であるトワが動いている。


 イェムロワはわずかに身じろぎし、声量を落として応えた。


「正確なところは掴めていないのだけれど、どうもご令息の方は寝込んでいるらしいわ。つまり、例の狩猟遊びでお怪我をしたようなのね」

「……重いのか?」

「そこまでは。ただ、公の場にも出てきていないのは事実よ」


「エステスの親父さんが死んだことと関係は?」

「それもなんとも言えないわね。ただ、あの護衛の騎士さんたちはご存知だと思うわ。彼らはデクスマイナス家お付きで、先だってのミックさまにも同行なさっていたはずだから」

「騎士というと、あれらも貴族なのか?」


 騎士ナイトは女性における侍女メイドと同様、貴族の子女が上の爵位に仕えている場合と、平民が貴族に召し抱えられている場合の二通りがある。たとえば集団の先頭で護衛をしているオズはイェムロワ個人に仕える後者だ。


 ではトワの取り巻きはというと、


「騎士長のシドーズさまと、その甥御おいごでいらっしゃるディーラタさまはハザル男爵家の出ね。デクスマイナス子爵家の寄子よりこよ」

「……なるほど」


 つい小一時間ほど前のことを思い出す。

 トワが強引に割り込もうとしていたのをレリックが咎めた時だ。


 断った瞬間、居丈高に食ってかかってきた若い騎士がいた。

 全財産を寄越せとうそぶいた際、殺気とともに凄んできた年嵩の騎士がいた。

 若い方はトワに『ディーラタ』と呼ばれていたし、年嵩の方はあの中でも最も立派な鎧を着ていた。

 つまりは、彼らがか。


「ディーラタさまはミックさまとは幼馴染。将来はトワさまを娶るのではと言われているわ。正式に婚約してはいないようだけれど、ね」

「道理で喧嘩腰だった訳だ。愛しのお姫さまを莫迦ばかにされたと思ったんだろう」

「あら、わたしたちが来る前にそんなことがあったの?」


 とぼけてはいるが、おそらく彼女も予想していたのだろう。


「まあ、シドーズさまは寄親への忠誠心が高い方だし、ディーラタさまも古き良き貴族の矜恃きょうじをお持ちだから。いまどきのちゃらちゃらした若者なレリックとは反りが合わないでしょうね」

「さすがにちゃらちゃらしてはいないんだよなあどう見ても」


 それにしても——、か。

 つまりは頭が固く融通が利かずおまけに差別主義的、という訳だ。


「なんにせよ、その長男……ミックが実際に出てきてない、っていうのは引っかかる。気に留めておいた方がよさそうだ」

「そうね。もし件の狩猟遊びで外聞の悪い『なにか』があって、そのことが尾を引いているとしたら……内状を知っているおふたりの騎士が、迷宮内でなにか行動を起こさないとも限らないわ」


 指輪を見付けたらそれを手渡してはいおしまい、あとはそちらで勝手にどうぞ、とやれるならそれが一番気が楽だし、面倒もない。

 だが冒険者ひとりエステスの父親が死んでいる以上、引っかかるものはある。


 そして彼らがもしも迷宮内でなんらかの問題を起こしているのなら——冒険者の死がただの事故ではないとしたら、自分たちは『特級』としての仕事をしなければならない。


 そんなことを考えていた矢先だった。


「……ん?」


 不意に一同の進軍がつっかえる。

 正確には、先頭のフローが立ち止まった。


 彼女はそのまま集団の後方、つまりはレリックの元へとてくてく駆け寄ってくる。そうして傍まで来ると、上目遣いに首をいつもよりいっそう傾かせて言った。


「なんだか変」

「……変、って?」


 彼女が手から提げた振り子ペンデュラムは動いていない。

 いや、フローが霊の憑依を解いている。


「探し物ふたつは、同じところにある」

「指輪が両方ともか。でもそれは状況を考えれば変でもないんじゃ?」


 狩場で落としたのなら、それぞれ近くに転がっていても不思議ではない。


「ううん、そうじゃない。変なのはここから」


 だがフローは首を振ると、レリックへ指示を乞うように告げた。


「指輪……。ふたつとも、同じ速さで同じように」


 レリックは目を細めた。


「わかった」とフローに返事をし、ねぎらうように彼女のふわふわした黒髪、毛先をいじり——それから先頭集団の騎士たちを見遣る。


 彼らもまた少なくとも、この事実に困惑しているように見えた。

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