五位、七位

 デクスマイナス子爵家。


 それは最初の依頼主エステスの父を雇った貴族の名であり、次の依頼主トワの家名でもあった。

 更には、ふたりともに『指輪』を探して欲しいと言う。


 いったいなにがどうなっているのか。

 この『指輪』とは別のものなのか、それとも違うものなのか。

 偶然の符号であるのか、もっとややこしいなにかであるのか——。


 さすがにトワの話を聞かずにここを出る訳にはいかなかった。


 レリックはエステスとフローを別のテーブルに移動させてから、トワに椅子を勧める。デクスマイナス子爵家の長女——トワ=デクスマイナスは、レリックの対面へ上品に腰掛け、経緯いきさつを語り始めた。


「わたくしの兄、ミック=デクスマイナスが迷宮ダンジョンへ狩りに赴いたのは、先月のことです」


 彼女の年齢は十三だという。

 たたずまいが落ち着いているのはやはり貴族に生まれた故か。

 語り口も理路整然としていて、高い教養を窺わせた。


「充分な安全を確保してのものです。兄は狩りを趣味にしていて、初めてではなく慣れたものでした。なので、今回も順調かと思われたのですが……そこで事故が起きました。追い込み役の冒険者が、森の中で亡くなられたのです」


 追い込み役とは文字通り、獲物を狩人の前に者のことだ。


 なにせ貴族が道楽としてたしなむものだから、当人に腕がある訳ではない。気配を消して魔物を追跡したり、襲いかかってきたのを迎え撃ったり、罠を仕掛けて待ったり——そういう普通の狩猟とは違う。


 まずは『追い込み役』が森に入る。

 森に入り、適当な魔物を見付け、攻撃し弱らせる。

 そうして素人でもとどめを刺せるようあつらえた上で、狩場となる平野へと『追い込む』のだ。

 あとはふらふらやってきた魔物を貴族さまが斬るなり射るなりして終わり、という訳だ。


 この追い込み役に、冒険者が雇われることが多い。

外套への奈落ニアアビス』上層——『地下草原』は、冒険者にとって庭のようなものだ。どんな魔物が出没するか、それがどんな生態なのか、ある程度の経験キャリアを積んだ者なら頭に入っている。


 故に、今回も例に漏れず冒険者がこの『追い込み役』として雇われた。

 エステスの父、グラドである。


 だがここで、が起きた。


「追い込み役がいなければ猟にはなりません。兄は狩猟を取りやめて引き返したのですが……地上に戻ってみると、指輪を失くしていることに気付いたのです」


「その指輪というのは?」


「家紋の入った特別な一点ものです。わたくしどもの祖父と祖母が成婚した際にこしらえたそうです。祖父が父に譲り、先だって父が兄に譲りました」


「当主の証とか、そういう曰くは?」

「……、いえ、ありません。ですが、大切なものなのです」


 トワはわずかに言い淀んだ。

 つまり曰くは、ということなのだろう——単に家の事情というだけであればレリックたちが気にする必要はないが。


「ちなみに、金銭的価値は? 既に拾われて売られている、なんてことも考えられる」

「当時の高名な彫金師に作らせたものですので買値は張ったでしょうけれど、宝石も使われていませんし、なにより石座マウントには大きくデクスマイナスの紋章が彫られているのです。流れればすぐにわかりますし、手を出す者もいないでしょう」


「なるほど」

 レリックは指先に顎を乗せ、沈思した。


 想像するだけであれば様々な場合ケースが思い付く。が、どれも断定し得る根拠がある訳でもない。なにより情報が少なすぎる。蓋を開けてみなければわからないだろう。


 エステスの探す指輪とトワの探す指輪はまったく別のもので、それぞれがたまたま同じ時、同じ場所で同じものを失くした——というのが一番まるく収まるのだが、そうなってくれるかどうか。


 ちらりとふたつ隣のテーブルを一瞥する。

 そこではエステスが夢中でシチューを頬張っていて、フローがどこか楽しそうにそれを見守っていた。


 或いは、あの子にとって不幸な結末になるかもしれない——覚悟だけはしておこう。


「わかった。ふたつ同時になるが、あなたの依頼も引き受けよう」

「本当ですか!?」


 トワがわずかに身を乗り出してくるのに小さく肩をすくめ、


「幸いなことに階層も辺も同じのようだし。ともすれば、二度潜るより早く済むかもしれない。さっそく今からでも……」


「わかりました。ではあなた方の準備を待ってから出発しましょう」

「……は?」


 返ってきた彼女の言葉に、レリックは目を瞬かせた。


「もしかして、ついてくる気なのか?」

「ええ、もちろんです」


 トワの態度は平然としていたが、そこに探究心と好奇心の色もまた隠れていた。


「……やめた方がいい」

「何故です? なにか問題が?」


「問題だらけだろう……そもそも『外套への奈落ニアアビス』に入るには冒険者登録をする必要がある。登録しても最初は準五級からで、上層上辺までしか行くことはできない。目的の場所は上層中辺だぞ?」

「冒険者登録なら既に済ませています。等級に関しても問題ありません。貴族は視察という名目で上層下辺までの潜宮せんきゅうが許可されています。知りませんでしたか?」


 確かにそういう制度はある。

 が、まさか当主でもないただの令嬢が使ってくるとは。


「迷宮は危険な場所だ」

「でも、上層なのでしょう? 上層に危険な魔物はいないと聞きます」


「迷宮を侮ってはいけない。たとえ上層であろうと死ぬ者はいる……というより、実際に死者が出たからこそあなたの兄上は撤退したのだろう? きみがそうなったとしても、僕らは責任を取れない」

「護衛を雇ってあります。わたくしになにかあれば、責はすべてそちらに」


 護衛とはそこの騎士たちのことだろうか。


 だとしたらやはり甘く見過ぎている。騎士のよそおいは明らかに対人を想定したもので、魔物からの護衛には適していない。


 ……と、考えたところで、


「……、雇ってある? つまり、そこの騎士たちとは別の者をか?」

「ええ」


 トワは唇の端を小さく上げ、悪戯っぽく笑った。

 それはレリックが初めて見る——彼女の、歳相応の表情だった。


「あなた方と同じ、ふたり組デュオの冒険者パーティーですが、それぞれ一級と準一級です。ヘヴンデリートでも屈指の強さと窺っています」


 語られる情報に、嫌な予感がした。


「女性の方が、男爵家のご令嬢でして。同じ貴族のよしみでお願いできたのです。……実は、あなた方のことは彼女たちから聞いたのですよ。なんでもお知り合いだそうで」


「……まさか」


 嫌な予感はついに、確信へと変わる。


 一級と準一級のふたり組デュオ

『女の方』が男爵家の令嬢。

 そして、自分たちのことを知っている——。


 懐中時計を取り出したトワが、時針を確認して頷いた。

「そろそろ到着する頃かと思います。ご紹介は必要ですか?」


 返事をする前に、冒険者ギルドの大扉が開く。



 ※※※



 その様相は奇矯であり、その風貌は異様である。

 少なくとも初めて見て冒険者だと当てられる者はいまい。


 車椅子に座った女性と、それを押す男性だ。


 女性の方は華やいだ雰囲気を纏った、成年前後の娘である。

 蜂蜜を垂らしたような髪は美しく、慈母のごとく微笑みをたたえる面立ちは愛らしい。車椅子の上にある膝掛けブランケットは、深層に出没する大鬼蜘蛛オグルアレニエの糸を編んだ特注品。纏った婦人服ドレスも質が良く、育ちのよさを思わせる。


 そして男性。こちらは二十歳半ばほどの男性——狼に似た耳と尻尾を持つ、狼人族ライカンの騎士である。

 全身を覆いながらもごく薄く軽く仕立てられた鎧は、これも深層で採掘される大神銅オリハルコンと下層で稀に見付かる皇帝鋼アダマンタイトの合金製。ふわりとした銀髪に長くぴんと生えた耳には気品があり、頬もしゅっとしていて美形であることがわかる。

 ただ——その両眼がまるごと包帯で覆われており、つまりは盲目であった。


 めしいたライカンの騎士が、令嬢の乗る車椅子を押す。

 それでいて歩みには淀みがなく、進みには迷いもない。

 

 レリックは深く溜息をいた。

 嫌な予感の通り、ふたりは顔見知りであったからだ。


「やあレリックくん、お久しぶりだ。なんだか疲れてるような顔をしてるけど大丈夫かい? フローちゃんは……ああ、向こうにいるのか」


 両目を包帯で覆っているにもかかわらず、まるで見えているかのようなことを言う男の名はオズ。

 二つ名を『たてしばの騎士』——準一級冒険者にして、


「ごきげんよう、ほんとう、久しぶりだわ。ねえ早速だけど、フローの頭を撫でてもいいかしら? いいわよね? ね? 早く連れてきて?」


 車椅子の上で可愛らしく手を合わせ首を傾げながら、やや前のめりにのたまう女性の名はイェムロワ=ガレット。

 二つ名を『御供姫けものおんな』——一級いっきゅう冒険者にして、


「……なんでこんなところにいる」

「いやあ、僕たちだって冒険者だし、護衛の依頼くらい受けるさ」

「あ、フローの向かいでお食事なさっている娘さんはどなたかしら? 愛らしいわ。あの子の頭も撫でていい? いいわよね?」


 ふたりのを前に、レリックは盛大な溜息を吐く。

 貴族の娘ひとりの護衛としてはどう考えても過剰な戦力に、もはや付いてくるなとは言えなくなってしまった。

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