寄りて坐しませ
話は三カ月ほど前に遡る。
中堅パーティーとして実力を付け、いよいよ下層に進出しようとしていた『無二の黎明』は、足手まといだった『
だが結局のところ、その目論見は弊害を生む。
ハルトは腹から聖剣ブルトガングを生やしたまま迷宮の奥へ逃げ、パーティーは足手まといの
これにより方針の練り直しが余儀なくされた。戦力が大きく減じたのもあるが、傍目に見れば仲間ひとりと貴重な得物が同時に行方不明というのは、状況としてあまりにも怪しい。
とにかくにも、下層進出どころではなくなってしまったのである。
そこで彼らは一計を案じた。
まずはパーティーを表向き解散させることで、周囲の目を欺く。不幸な事故で仲間が死んだショックのため、
だがフィックスたちは実際には解散などすることなく、ひっそりと新しい商売を始めた。
肝になったのは、
自分を含めた仲間ごとの姿と気配を隠蔽できる、貴重で珍しい才能だ。
持っていれば斥候職としてどのパーティーでも重宝されるそれに、彼は——彼らは——しかし、別の用途を見出した。
まっとうに
即ち、同業者への襲撃と略奪である。
※※※
「
フィックスは拘束されたフローを前に、下衆な得意顔で語る。
「そうしたご親切なお歴々は、愚かなことに気付かない。俺たちの背後から、ヒューイとビッケが姿を隠して付いてきていることに。このふたりと俺たちとで、実質、囲まれてるってことに」
フローの首筋に短刀を這わせるヒューイが
「あとはこんなふうに、人気のないところに誘い込んでぐさり、だ。下層の魔物を相手にするよりよほど稼ぎがいいし、なにより危険がない。このままずっと生業にしたっていいくらいだ」
アマリアはフィックスの横で静かに佇んでいる。その表情は無機質で冷たい。さっきまでの柔らかな気配をどこかに捨ててきてしまったように。
「とはいえ、だ。いつまでも続けていてはさすがに足がつく。いい頃合いで切り上げて次に進まなけりゃならない……そんな折に、ようやくだ。お前たち『落穂拾い』の話を聞いたって訳さ」
フローの脇に倒れたレリックはぴくりとも動かない。首筋に矢が突き立っているのだから当然だろう。ビッケの弓は百発百中だ。これまで何十人もの冒険者が射られたことに気付かないままこの世を去っている。
「最初は信じていなかったが、いい意味で期待を裏切られたよ。お前たちは見事に俺の探し物を見付けてくれた。本当なら褒め称えてお礼のひとつでもくれてやり、円満に解散してもよかったんだが……まあ、これを見られてしまうと、な」
フィックスは背中越しに、聖剣——の傍にあるハルトだった白骨死体を指差す。
「それだけじゃないだろ、報酬も浮くじゃんか。中層で五十万だっけ? ぼってくれるよなあ」
ビッケが呆れ顔で吐き捨て、
「こいつらはろくな荷物持ってなさそうだから、剥いでも旨くはなさそうだけどなあ。ひひ……まあエルフの女を好きにできるんだったら収支は黒だ」
ヒューイが身を捩らせる。
「け、またかい。お前はそればっかだな、ヒューイ」
「そう言うビッケこそ、期待してんだろう? ちびのハーフリングじゃ下はすかすかだろうから、上で頑張ってもらえよ」
おぞましい内容の談笑を耳元で聞かされるフロー。
拘束されて以来ずっと黙りこくっていた彼女だが、そこでようやく、口を開く。
「——くだらない」
それまでの——外界にまるで興味のない、ぼんやりと
蓬髪の隙間から覗くのは、凍て付く色の
整った面立ちに浮かぶのは、崖から突き落とすがごとき酷薄。
紅い唇が
フィックスたちを、いや、この場すべてを呪うように、そのエルフは言った。
「お前たちのようなのはどこにでもいるね。虫みたいに、
「おい、陰気の耳長……お前、でかい態度を取れる立場か?」
いきり立って凄んだヒューイが短刀の腹を首に押し付ける。
だがそれすらも意に介さず、大きく息を吐いてフローは続けた。
フィックスを視線だけで差し、
「そこの金髪。さっき言ってたよね。自分は二級昇格も時間の問題だった、とか。聖剣さえあれば『特級』も夢じゃない、とか」
フィックスは眉をひそめた。
確かに言った。中層中辺で小休止が入り、故に少し魔物を狩ってくると一時離脱し——実際は隠れていたヒューイたちと打ち合わせをして——戻ってきてから、レリックとアマリアの会話に混ざる形で言った。
だがあの時、この小娘はそれを聞いていただろうか?
無防備に敷布の上に
「金髪は誤解してるよ。たとえ
いつの間にか。
少女の目が、薄赤く染まっている。
髪と同じ黒だったはずの瞳が、朱く、紅い。
闇夜に浮かぶ鬼火のように。
滴り落ちる血のように。
「
寒気がする。
気温が下がっていると錯覚するほどに。
そのくせ風は生ぬるく、どこからかひゅうひゅうと
「なに言ってる……気味が悪いんだよ! 訳のわかんねえことをほざくな、耳長おん……」
ついに激昂したヒューイがフローの喉を突こうと短刀の刃先を立てる。
だがそれは果たせない。
ぼとり、と。
「な……っ?」
短刀が、それを握った手首ごと前触れなく。
腕から離れて、落下した。
それと同時。
「あ、ああ……ああああああ、ひい、あ、ひいいいいいいいい!!!!」
ハーフリング——ビッケが、いきなり絶叫した。
「ひいいいいい! いやだ、やめろ! 来るな、来るな、来るなああっ!」
腰を抜かしてがくがくと震え、短弓を放り捨てて両手をばたつかせる。なにかから逃れようと、なにかを振り払おうとして——なにか。ビッケの周囲に
それはまるで、フローの瞳光のような。
「ひとつ、嘘をついた」
声はヒューイの足元、地面から聞こえた。
さっきまで倒れて動かなかったそいつが半身を起こす。
首筋に矢を撃ち込まれ、倒れて死んでいたはずの身体が、なにごともなかったかのように立ち上がる。
「フローの
「お前、なんで生きて! いや、それより……
平静を失ったフィックスを横目に、レリックは後頭部へ手を遣った。
首の後ろにある矢をぞんざいに引き抜く。
そこには刺さった跡などなく、浅い傷があるだけ。首に突き刺さっていたはずの部分——矢尻の先は、どこにもない。
そしてその断面は、
「ああああああ! 腕、俺の腕ぇ!!」
つい先ほど落果のように切断されたヒューイの手首と、酷似していた。
「改めて自己紹介をしよう」
鬼火に怯えて狂乱するビッケと、手首を失って恐慌するヒューイ、ふたりの絶叫を他所に、レリックは
「僕——レリックと、彼女——フロー。パーティー名は『落穂拾い』。迷宮の失せ物探しを生業に……副業で、ギルド直属の
フィックスの思考は止まる。
理解が追いつかない。仲間ふたりが絶叫し、殺したはずの奴が生きていて、おまけに
レリックの隣で、フローがにやりと無邪気な笑みを浮かべる。
「レリック、死んだふりがまだまだ。時々びみょーに動いてた」
「うるさいな、フローくらいしかわからないからいいんだよ」
そうしてレリックへ、掌を突き出した。
「まあ、騙せたのでよき。上手くいったね、いえーい」
「はいはい、いえーい」
ぱちん、と。
迷宮の隠し部屋に、どこか間抜けな音が鳴る。
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