カルマの器
「さて」
フローと手を打ち鳴らしたレリックは、改めて一同を
敵は四人。
ハーフリングの
依頼主である
そして彼の連れである
とはいえ、四人のうちひとりはもう
「あ、あっ、ひ、ひひ。ひは、あああ」
地面で痙攣しながら言葉にならない呻き声をあげるビッケだ。
彼の周囲にはまるで水場に集う蛍のように、
「
こちらを睨み据えながらフィックスが問うてきた。
ついさっきまでは唖然自失としていたのに、今はもう腰の鉄剣を抜いて構えている。危機への対応力はさすがと言えた。
「フローの
『
故にわかっているのは、
「死者の霊魂は物理世界への干渉力をほとんど持たない。せいぜいが振り子を動かしたり、鬼火として光を放つことくらいだ。だけど、同じ魂に対しては違う。あの鬼火が放つのは、魂を侵食し、食い荒らし、
実際に試行した結果として判明している事実のみ。
「身体を矢で貫かれた痛み。善意に悪意を返され無惨に殺された苦しみ。理不尽に背後から射ち殺された憎しみ。家族や恋人、大事な人ともう二度と会えない無念。彼はそれらを、かつて自分が他者に与えたそれらを、集った鬼火の数だけ己の魂に突き刺された。いや……今もまだ突き刺されている。まあ、耐えられる訳がない」
「魂たちは素直。自分を殺したやつに仕返しするし、そこに嘘はない。あの弓使いがもし無実なら、そもそも集まってこない。だから冤罪とかじゃないよ」
フローが感情の込められていない声音で補足した。その瞳は今なお赤く染まっており、ビッケに群がる鬼火たちの背を押すように輝いている。
彼女の唇が、緩やかに歪んだ。
「要するに……
そのうちにビッケの痙攣が小刻みになっていく。無論、回復などではない。苦痛の移植と
「っ……おい、ヒューイ、いつまで
フィックスはビッケから視線を逸らし、ヒューイに叫んだ。
どうやらビッケのことは諦めたらしい。見切りの早さはさすが悪党どもの親玉といったところである——アマリアに治癒を命じない辺り、悪辣さが伝わってくる。大事な回復薬は自分の近くに置いておきたいのだろう。
「ぐ、わかったよ! ちく、しょうめ……」
フィックスに命じられたヒューイは右手を布で縛り止血すると、残された左手で落ちていた短刀を拾った。
「なんの手品か知らねえが二度と生き返らねえよう、今度は首を斬り落としてやるよ」
そうして
す——と、暗がりに溶け込むようにその
姿だけではない。気配も、魔力も、足音すらも。彼の存在を知覚するための
だが、いかに
どんなに人間離れした能力であろうとも。
それを使う者が
「僕の
闇に潜み隙を
「どこにでもいるだけあって、先代文明の終わりには随分と研究されたそうだ。でも、汎用魔術として再現することは叶わなかった。『収納』を使える人間は山ほど生まれてくるが、後から使えるようになる人間はいない……このことはあまり知られてない」
「それがどうかしたのか?」
嘲弄とともに応えたのはフィックスだ。
「ビッケの矢が刺さっていなかったのも、ヒューイの手首が切り落とされたのも……大方、
「『収納』とはどういう仕組みの
レリックは無視して続けた。
「『ここではないどこかにある別の空間へ物体を保管する』……今を生きる人間のほとんどが、『収納』のことをそんなふうに解釈している。だが正確には違うらしい。『収納』している先は、別の空間じゃない」
とん、と。
「ここだ」
己の頭を、指で突く。
「『任意の物質を量子情報化し、その四次元デジタルデータを脳内へと
言葉の途中で、レリックの背後から音も起こりもなくヒューイが姿を現す。
最小限の動作で真っ直ぐに、心臓を目掛けて短刀が突き出される。首を斬り落とすと宣言してからの
レリックが気付く様子はない。
故に、ヒューイはにやりと笑み、確信とともに短刀を、
「
再び——消えた。
ただし『隠密』によるものではない。
何故ならば消えたのは、ヒューイの身体——肉体だけだったからだ。
ふわりと落ちたのは、彼の纏っていた衣服。
かつんと地面を打ったのは、彼の握っていた短刀。
どさりと転がったのは、彼の腰に巻かれていた
「な、っ……」とフィックスが言葉を失い、
「え」とアマリアが困惑をする。
レリックはすべてを意に介さず、言葉を再開した。
「それは、『収納』という
『収納』の難易度を決めるのは、対象の情報量であり。
どんなものをどれだけ『収納』できるかは、対象の情報量をいかに認識し、把握し、記憶できるかにかかっている。
生き物や
これは対象の情報量があまりに多く複雑すぎて、人の脳では処理しきれないからだ。
だが、もしも。
常人離れした脳機能を持つ者がいたら。
空を飛ぶ鳥よりも優れた空間把握力と、数多の書物を収めた図書館よりも膨大な記憶容量と、それらを十全に発揮できる高い神経機能を有する者がいたら。
十万人、百万人どころか数百年にひとりの——天才と評するよりは奇形と形容した方が相応しい、そんな頭脳を持つ者がいたら。
そしてそんな頭脳の持ち主が、『収納』の
「——僕は頭がおかしいから。人間ひとりを『収納』することなど造作もないんだ」
レリックは、さっき『収納』したヒューイを目の前に取り出して捨てる。
『収納』した際に頭の中で情報を裁断しておいたのでそれは分割死体となって、まるで千切れたネックレスのように、バラバラに地面へ転がった。
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