屍は暗闇の奥で淀んでいる
探索は再開され、フローの操る
もちろん『落穂拾い』のふたりに出番はない。フィックスは彼らのことを完全に
とはいえ、探し物の行方を辿ることに関しては『落穂拾い』しかできない役目である。
「……こっち」
フローに従い一行がやってきたのは主要路から遠く離れた、冒険者などほとんど来ないであろう脇道だった。
中層——『婚星暗窟』は、入り組んだ蟻の巣がごとき洞穴であるが、それでも人の賑わう区画というものが存在する。
故にそこから外れた場合、一気に危険は増し、おまけに旨みも減る。同業者と行き合うこともほとんどなくなり、さながら迷い人のような感覚を味わうことになる。
だが、迷宮でものを失くす——そしてそれを探すというのは得てしてそういうことだ。
もし聖剣ブルトガングが主要通路に落ちていたのなら、冒険者の誰かに発見される。アクセサリーのような小さな品ならともかく、剣ひと振り、それも
「ここから下に落ちてるみたい」
くるくる回る
脇道の隅、地面に穴が開いていた。下辺へと繋がっているであろう縦穴だ。人ひとりが余裕で通れるくらいには大きい。
「……なるほど、見付からん訳だ」
フィックスの呟きは、誰にも聞こえないほど小さかった。
「じゃあ、降りようか」
レリックが『収納』で仕舞っていたロープを取り出す。
レリックを先頭にしてフロー、アマリア、最後にフィックス。ロープの長さは丁度よく、四人はなにごともなく階下、中層下辺へと降り立つ。
降り立った先は、直径をして十五
縦穴を除いて他と繋がる道はない。迷宮内において誰にも顧みられることのない、まるで秘密の小部屋。中層には各所にこうした空洞がある。地図に『行っても無駄』を示す
そしてその小部屋の中央に、目当てのものがあった。
地面に突き刺さった幅広の、青い紋様で彩られた白刃。
「ようやくか! 手間取らせてくれた」
フィックスは満面の笑みを浮かべると、愛剣を再び
その背中に——制止の声があった。
「ちょっと待った」
発したのは、レリック。
「なんだ? 早くも報酬の話か?」
「いいや、違う。あなたには見えていないのか? それとも見えてなお無視しているのか? 『聖剣』……ブルトガングの傍にある『それ』を」
レリックが指差した先。
ブルトガングが突き立った地面に散らばっている——いや、まるでブルトガングを掻き抱くように横たわる、白いもの。
ぼろぼろの衣服を纏い、汚れきった革鎧を脇に転がした、人の白骨死体だった。
衣服の状態からそれほど古いものではないことがわかる。骨になっているのは、小型の魔物にでも食い荒らされた結果なのだろう。ところどころにまだ腐った肉片らしきものがこびりついている。
「剣ひと振り、しかも貴重な
問いに、数秒ほどの沈黙が返ってきた。
フィックスは振り返り、レリックに視線を向ける。
その唇は——裂けるように歪んでいて、
「無能がな、いたんだよ」
彼は両手を広げ、引きつるように
「お前と同じ『
レリックが無言で促すと、フィックスは愉しそうに続ける。
「抜けようとしないだけならまだよかったな。だが、あいつはそれだけじゃない。俺たちの生活に……俺たちの冒険にケチをつけ始めた。やれ無闇に暴力を振るうなとか、やれ脅して金を巻き上げるのをやめろとか、やれ女を大事にしろだとか。そんな綺麗事を抜かして俺たちの足を引っ張り始めた」
そこにはもはや、出会った時の華やいだ印象はない。
端正な顔を醜悪に歪め、整えられた金髪を
身に纏う上品な軽鎧すら嫌味な成金趣味に見えるような、そんな——、
「だから殺すことにしたんだよ。街中じゃ足がつくから、
フィックスは首だけで背後の死体を一瞥し、忌々しげに唾を吐いて、
「こいつ、腹に俺のブルトガングを刺したまま逃げやがったんだよ!」
叫ぶ。
「追いかけたが見失った。しかも剣と一緒にだ! この層は人を殺して捨てるにはうってつけな分、一度逃げられたら厄介だ。どこの横道に入ったのか、縦穴から落ちたのかそれとも登ったのか、なにもわからなくなる。結果……俺は無能な『荷物持ち』の『お荷物』と一緒に、大事な聖剣も失ってしまったって訳さ」
「たとえ迷宮内であろうと、殺人は犯罪だ」
レリックは静かに言った。
「今すぐ地上に戻って自首するのをお勧めするけど、そのつもりはあるか?」
「ああ、お前もか」
心底うんざりしたような顔がそれに応える。
「力のない無能に限って綺麗事を言う。あいつとそっくりだよ。お前は何級だ?
「自首する気はない、と?」
「そういえばお前、随分と情報通だったよな。俺たちの顔を見てすぐ名前とパーティー名を当ててみせたりしてさあ。そんなお前に質問なんだけど……俺が『ふたりの木漏れ日』の前に組んでいたパーティーの名前、知ってるか?」
レリックの問いを無視し、フィックスは続ける。
「……『
声を張り上げ、大袈裟な身振りで、自慢するように。
まるで——自分に注意を引きつけるかのように。
「ちなみに、お前の情報はひとつ間違ってる。前のパーティーを解散して『ふたりの木漏れ日』を組んだ、って言ったよな。そこが違う。『無二の黎明』は……まだ解散していない」
フィックスが指を鳴らす。
それが合図だった。
とん、と。
フィックスと相対していたレリックの首に、背後から矢が突き立つ。
レリックが膝から地面へ崩れ落ちる。
隣にいたフローがぽかんとしてレリックに視線を遣る。
暗闇の奥からぬっと出てきた短刀が、その首筋に当てがわれる。
「おっと、動くなよ、エルフの嬢ちゃん」
フローを拘束するのは、ひょろりと背の高い痩せぎすの男。
更にその背後から、短弓を構えた
「へえ、陰気な女かと思ったが、よく見りゃ美形じゃんか。こりゃあ殺す前にお楽しみだな」
痩せぎすの男——
「しかしハルトのやつ、こんなところまで逃げてたとはね。そりゃあ探しても見付からない訳だ」
ハーフリングの男——
フィックスは倒れて動かないレリックを嘲るように唇を歪め、それから拘束されたフローの顔を覗き込み、楽しそうな——嗜虐的な笑みを浮かべて言う。
「さて、ここに我らが『無二の黎明』と、その隠れ蓑たる『ふたりの木漏れ日』が勢揃いした。このままお嬢さんもこの無能と同じように迷宮の土になる予定だが、お前が念願の
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