婚星暗窟
上層から中層へ降りれば、『
太陽もないのに真昼と見紛うほど明るかった上層と違い、中層は暗い。まるで夜のように——天井に浮遊する発光体が、薄ぼんやりと空間を照らすのみである。
上層で豊かに繁っていた草木はほとんどなく、ごつごつとした岩肌と入り組んだ
特徴的なのは、浮遊する発光体たちである。天井を漂い、或いは壁に張り付いた小さなそれらは、頻繁に揺れ動き、時には
この
『
※※※
目的地である中層中辺に差し掛かったところで、小休止が入った。
失せ物を探索する担当——『霊的感知』を持つ
その言葉に、即座に頷いたのはレリックだった。
中層上辺の片隅、脇道の先、ちょっとした広場となっている行き止まりに即席の野営地を構築する。『収納』の
「お茶を淹れるけど、どうする? 物資には余裕があるからサービスする」
そんなレリックの提案に、フィックスは首を振った。
「俺は必要ない。せっかくだ、運動がてら少し稼いでくる」
言うと踵を返し、剣を抜き放ちながら道の奥に消えていく。止める間もなかった。彼の身勝手な行動に、アマリアが申し訳なさそうに目を伏せた。
「ごめんなさい。小休止が終わってくるまでには戻ってくると思いますから」
「いや、遅れなければ構わない」
即席の野営地に静寂が訪れる。
響くのはフローの小さな寝息、それからレリックの手元で調理器具が擦れ合うかちゃかちゃという音。
携帯コンロに固形燃料が置かれる。レリックのつぶやくような詠唱とともに、燃料に火が灯る。
「汎用魔術はどれくらい使えるのですか?」
話題を探していたのか——その光景を見て、アマリアが問いかける。
レリックはそっけなく答えた。
「これは汎用魔術じゃない」
「……というと、もしかして精霊術?」
「いや、呪術だ」
言われてみれば、携帯コンロのすぐ横——地面の一部が凍っている。
呪術で炎を発したことによる代償だった。
「呪術……珍しいですね。見たのは初めて」
かつて先代文明末期。
そしてその中でも特に使い手が少なく——というよりも忌避されがちなのが、呪術だ。
呪術には代償が必要となる。
炎を生めばどこかが凍る。
氷を生めばどこかが燃える。
風を起こせばどこかが腐る。
傷を治せばどこかが壊れる。
代償を無理矢理に抑え込めば呪いは呪いそのものとなって物質化し世界に
そう、たとえば——、
「レリックさんには、魔術の才能がなかったのですか?」
「まあね」
非礼ともとれるアマリアの問いに、しかしレリックはさらりと頷いた。
「
呪術は
そういう無才な者は、普通、冒険者になどならない。
けれど、この少年は。
それなのに、
「あなたは……どうして、それでも冒険者をしているのです?」
「何故、そんなことを尋くんだ?」
「
隣で寝息をたてるフロー。彼女に対するレリックの態度が柔らかいことに、アマリアは気付いていた。
「その子とあなたとはどういう関係なんですか? 兄妹? 恋人? それとも……」
「幼馴染だよ」
アマリアの問いかけが止まったのは、遮られたからではない。
その単語に、思わず反応してしまったのだ。
「幼馴染……?」
「ああ、そうだ。ただまあ『だから一緒に冒険者をやってる』って訳でもない。たぶん、きみが想像しているよりはもっと込み入っている」
「話してもらうことって……」
「なにを知りたいんだ? 僕らのことに興味があるってふうでもなさそうだけど」
「え……?」
「きみが気にしているのは、僕らの生い立ちとか目的とかじゃないだろう。もっと別の……そうだな、なんというか。僕らのことを介して、まったく別のなにかに手を伸ばそうとしているみたいな」
レリックの指摘は核心を突いていて、同時に拒絶だった。
湯が沸く。彼はお茶を淹れ始める。その間、アマリアは言葉を発せなかった。やがてカップが差し出されるも、薬草茶の香りと同時に受け取るのは心の落ち着くような言葉ではない。
「きみが僕らに対してどこの誰を重ね合わせているかは知らない」
「……っ」
まるでこちらのことを見透かしているかのように、
「僕は僕だ。
「ごめんなさい。そんなつもりは……」
「謝る必要もない。ただの世間話、そうだろう?」
思わずしゅんとしてしまうアマリアだが、しかしレリックに怒気はなかった。
「というか、きみの連れこそどうなんだ? ひとりでふらりと出かけていったが、危険はないのか?」
「あ、ええ。大丈夫だと思います。彼、強いから」
答えながらカップに口をつける。
薬草茶は砂糖入りで甘く、疲労が抜けていくのを感じた。
「準二級だったか。
「
「なるほど、腕っこきってことか」
「ああ、その通りだ」
と。
会話に混じってきたのは道の奥——闇の中から戻ってきた、話題の主。
フィックスは得意げに笑うと、敷布へどかりと腰を下ろし、
「俺を舐めてもらっちゃ困る。そもそも、準二級に収まるような器じゃないんだよ、俺は」
不快そうに鼻を鳴らす。
「俗に『二級の壁』と言われるように、準二級から二級ってのは冒険者にとって大きな壁だ。二級以上の冒険者はものが違う。
「自分はそのなにかを持っている、と?」
「当たり前だ」
皮肉めいたレリックの問いに、フィックスの態度は城壁のようだった。
「お前にはわからないだろうし教える
「『特級』? あれはただの噂では?」
「ああ、噂でしかない。一級冒険者の中でも特別の功績を挙げた者に与えられる、最高峰の称号として『特級』がある——と。だから俺がいつか証明してやるのさ。事実かどうか確かめるには、実際にそうなるのが一番早いだろう?」
それは傲岸とも言える態度と、不遜に満ちた言葉。
だが、あくまでフィックスは揺らがない。
その根底にあるのは根拠のない自惚れめいた自信か、あるいは明確な目的意識の元に燃える野心か。
そのてらついた唇とぎらついた瞳を前に、レリックは肩を竦めた。
「じゃああなたの夢が叶うように、僕らが手伝いをしなければね」
「当たり前だ、しっかり働け。報酬と栄誉にあずかりたいのなら」
フィックスは立ち上がり、顎で広場から出る道を差す。
「休憩は終わりだ。さっさとそのエルフを叩き起こして、俺を
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