『落穂拾い』という

「報酬の話をしよう。あなたたちの求める探し物が『外套への奈落ニアアビス』のどこにあるかで変わる。基本料金は——上層、二十万レデッツ。中層、五十万レデッツ。下層、百万レデッツ。深層、五百万レデッツ。ただし僕らの迷宮滞在費はこちらの自己負担で、更に滞在日数に応じて基本料金にも割引がある。長く滞在すればするほど——つまりは、僕らが失せ物探しに手間取れば手間取るほど、基本料金が減額されていく。三日につき一割だ」


 促されてテーブルについた『ふたりの木漏れ日』が、最初に聞かされたのは金の話であった。


 もちろん冒険者は慈善事業などではなく、依頼をするのであれば報酬の話はなにはともあれ曖昧にしてはならないものである。とはいえ、こうまであからさまに開口一番切り出されれば、さすがに守銭奴という単語が頭に浮かぶ。


 思わず眉をひそめたフィックスとアマリアであるが、『落穂拾い』のふたり——レリックとフローは意に介さない。フローに至ってはすべてレリックに任せたといったふうに隣でコーデクスを読み始める始末。時折、蓬髪から伸びた長い耳がぴくぴくと揺れているのは、興味があるからなのだろうか——拷問史に。


「ひと月経っても成果がなければ依頼未達成として報酬は全額返還となる。この場合、ギルドへの手数料もこちらが負担する」


 冒険者への依頼は、たとえ相手が同業者であれ、必ずギルドを通して発注するのが決まりとなっている。そしてギルドは仲介手数料として報酬の二割を徴収する。

 この二割はもし依頼が失敗しても依頼主に戻ってくることはない——通常であれば。


「つまり依頼が失敗しても、俺たちが失う金はなく、お前たちが一方的に損をする……と?」


「そういうことになる。ただ逆に、僕らが三日以内に失せ物を探してきたら、全額を払ってもらう」


 上層で二十万、中層で五十万、下層で百万、深層に至っては五百万レデッツ。

 ヘヴンデリートに住む労働者階級の平均月給が十万から二十万。上層で採れる素材を持ち帰る依頼の達成料は一万から十万ほどが相場だ。

 潜宮せんきゅう深度だけで見るなら、法外といっていい。


 ただしそれはあくまで最短の日数で依頼を達成した場合。

 迷宮内で探し物をする——その困難さを考えた場合、たとえ上層であっても、たかだか三日程度でやれるとはとても思えない。というより、最長期限のひと月すら短いのではないか。

 いわんや下層、深層をや。


 フィックスは口許に手を遣り、しばし考え込んだ後に問うた。


「お前たちの『職分ロール』は? 見たところ、後衛ふたりだけに見える。そんな輩が上層はともかく、中層より下での失せ物探しを引き受けられるのか?」


 レリックが肩をすくめて応える。


「そこは信じてもらう他ないね。まあ、信じるにかたい風貌であることは承知している。それが故の料金設定だ。成果が得られなければ僕らには一銭も入らないし、手数料まで負担することになる」


「それで、『職分ロール』は? 可能なら『宿業ギフト』も知りたいところだ」


「そこまで職分ロールにこだわってどうする? ましてや他人の宿業ギフトを尋くのはマナー違反じゃないか? ……ま、いいや」


 レリックは呆れたように溜息を吐くが、問いに対して黙秘はしなかった。


「僕の職分ロール荷物持ちポーター宿業ギフトは『収納』だ。こっちのフローは振り子使いダウザー宿業ギフトは『霊的感知』」


「はぁ? 『収納』に『霊的感知』? 十人位コモン百人位アンコモンじゃないか!」


 フィックスが眉根を寄せた。無論、呆れて、だ。

 

宿業ギフト』とは魂の形質に応じたその人固有の特殊技能である。

 初めて発現させた者が現れたのは先代文明末期と言われているが、以来、人はひとりの例外なく、なんらかの『宿業ギフト』を持って生まれてくるようになった。


 だが固有の特殊技能といっても、千人いたら千通り、とはならない。

 宿業ギフトの種類は人の数ほど多くはなく、結果、能力によって多寡が存在する。


 十人位コモン百人位アンコモン千人位レア万人位ハイレア百万位エクスレア、そして伝承位レジェンド。区分ごとの発現確率はおよそ文字通り。


 レリックの自称する『収納』——物質をここではない別のへと自在に出し入れする能力——などは、十人級コモンに分類される。つまりは十人いればひとりは持っているものだ。


 なるほど『収納』は荷物を削減できるから、一見して迷宮探索に有用そうではある。『霊的感知』を持った振り子使いダウザーも、いかにも失せ物探しにうってつけに見えるだろう。


 だが実際のところ『収納』の容積など十人級コモンに相応しくたかが知れているし、熟練の冒険者であれば手荷物を切り詰める工夫を幾らでも持っている。鋭敏な感覚を持つエルフであれば『霊的感知』も他者より優れているのかもしれないが、それでも所詮は百人級アンコモン、広大な地下迷宮で通用するとも思えない。


「ふざけているのか? 荷物持ちに振り子使い……おまけに宿業ギフトは凡人の外れ枠。これは俺としたことが情報屋に一杯いっぱい食わされたか」


 舌打ちとともに吐き捨てて、フィックスは椅子から立ち上がる。

 これ以上付き合っていられないとそのまま踵を返そうとしたところで、腕を掴まれた。


「待ってください」


 アマリアである。


「なんだ、何故止める? お前も聞いただろう、こいつらは……」

「ええ、聞きました。その上で、です。……ねえフィックス。浅慮はやめてください」


 彼女は腰掛けたままに、フィックスを真っ直ぐに見上げる。

 諭すような、或いは咎めるような目で、静かに言った。


「私たちにこの情報を売った彼女は、確かな筋からの紹介だったでしょう? だったら嘘は吐かない、吐く理由がありません」


 情報屋とて商人であり、客を欺くのは信用問題となる。ましてや情報は真偽を確かめるのが容易い。薬の品質や肉の種類を偽装するようにはいかないのだ。

 そして第三者からの紹介を受けたのであれば、もぐりや詐欺である可能性も低い——そうならば、紹介者とということになる。


職分ロール宿業ギフトがなんであろうと、少なくとも彼らには迷宮で失せ物探しをする能力があるということ。そしてそれは、私たちに必要なものです。忘れたんですか? フィックス。私たちの目的を、あなたの目的を。あなたは『聖剣』をどうしても探し出さなければならない。何故ならあなたの二つ名は……"輝ける聖剣"なのだから」


「……っ」


 フィックスはしかめ面でアマリアを睨み付ける。

 だがさりとて掴まれた腕を振り解いたりはせず、ややあって沈黙ののち、深い溜息ひとつとともに再び椅子へと腰掛けた。


「いいだろう『落穂拾い』。お前らに依頼をする」


うけたまわった」


 一連のやりとりを見ても、レリックは表情ひとつ変えず、口も挟まなかった。

 フィックスが向けるのはあからさまな嘲りと不満の視線であるにもかかわらず、まるでなにごともなかったかのように応える。


「では探し物の内容と、落ちているであろう場所——おおまかな階層を。とはいえ料金は実際に落ちていた階層がどこかによって決まるのでそこは気を付けて。上層にあると思っていたものが下層にあった、という場合、いただくのは下層の料金となる」


 自分たちの職分ロール宿業ギフトを侮られても弁明せず、己の能力を疑われても頓着せず、事務的に金の話しかしない少年。相方の少女はといえば、こちらに視線も向けないままに淡々とコーデクスを読み続けるのみ。


 フィックスはもはや諦めたように肩をすくめ、


「場所はおそらく中層中辺から中層下辺。探し物はさっきアマリアが口を滑らせた通り。……俺の武器『ブルトガング』。先史遺物アーティファクトを鋳込んだ、聖剣だ」


 言うとともに、無意識にだろうか、自分の横腹に手を遣る。

 そこにいているのは、着込んだ鎧と比べるといかにも地味な長剣。


『輝ける聖剣』などではない、使い捨てに等しい数打ちであった。

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