第16話 花一華

この子はアネモネと名乗った。自分は植物で、人間の魂を狩る存在だと。

だが、この子は人間を知りたいと言う。

どういう事なんだろう?僕の寿命を「狩る」のではないのか?


『こんなに自分の話をしてるんだから、君の話も聞かせてよ。君は確かに私の次の「器」。だけど、それ以前に人間の事が知りたいの。』


僕の心の声にアネモネが答えた。

そもそもアネモネって名前がどうもしっくり来ないせいか話しづらい。どう見ても目の前にいるのは人・間・の・女・の・子・なのだ。


『名前・・・かぁ。今まで自分の名前なんて考えた事なかったな。アネモネはアネモネでしかないもの。じゃあさ、私に人間っぽい名前を付けて。そしたら話やすい?』


そんな事言われても・・・。


『君が話しにくいなら名前付けて。人間みたいな名前。だって君には私が人間に見えるんでしょう?』


君には?え?みんなそう見えるんじゃないの?


『知らないよ。だって人間と話した事ないもん。』


なるほど、そりゃそうか。妙に納得してしまった。


あの日病室から君を見かけたんだ。君は僕に気付いた?


『うん、だって病室にもいたもん。外にいた時はね、あの日雨が降っていたから。私たちはみんな雨が好きなの。』


なるほど、じゃああの時からもう僕には「印」があったって事なんだね?


『うん。だから君がどこに行っちゃったのか、ずっと探してたんだよ。』


不覚にもちょっと可愛いと思ってしまった、、、。そのセリフだけ聞いたらまるで告白だ。一瞬、相手が自分の魂を狩りにきた存在なのだという事を忘れてしまった。


『可愛い?そんな事言われた事ないな。私みんなに変わってるって言われるし。』


変わってる?そうかなぁ?でも、何て言うか、すごく人間っぽいんだよね。


『そうなんだ。私、人間に似てるんだね。』


うん。


『じゃあさ、人間っぽい可愛い名前がいいな。』


ん〜・・・


青い花・・・


アオイハナ・・・


華は?蒼井・・・華ちゃん。


『華・・・私、蒼井 華?』


ダメかな?

花と同じなんだけど、もっと綺麗で華やかなって感じの意味なんだけど。


『うん!いいね!私気に入ったよ!私、華!』


青い花。華は嬉しそうに笑った。

その笑顔は嘘偽りのない笑顔だった。彼女たちは心で会話をする。僕たち人間のように、自分の心に嘘をつく事なんてないんだ。

僕はどうなんだろう?これまで取り繕うような、その場しのぎの嘘をついていなかったか?

友達にも親にも先生にも、ありのままの本当の自分を気持ちを伝える事が出来ていたのか。

華の屈託のないその笑顔を見て、僕はほんの少し心が痛かった。


そして、華の前で変に心を飾る必要なんてないんだと気付いた。

優等生であろうとしてきた自分。思えば相手によく思われようと顔色を伺うようになったのはいつからだろう?


本当の心を見ないようにしてきた自分。

海に行ったあの日から「お父さん」に感じた違和感。正体不明の恐ろしさ。

あの時も、何も聞けなかった。だから今でも心を開けないんじゃないのか?


華を見つけたあの日から、僕の首の後ろには「印」があったんだ。恐らく「お父さん」のあの目は、僕のこの痣を見ていた。

でも何も言わなかった。何も聞かれなかった。

どこかでぶつけた?とか、普通は言わないだろうか?

痣に気付いた上で、何も聞かなかったのか?大した事ないと、そう思っただけ?

でも、あの目は明らかに何かを考えていた。何か恐ろしい物を見るような目だった。


まさか・・・この痣の意味を知っている?


『ねぇ、ちょっと!!』


華に呼ばれてハッと我に帰った。


『君の「お父さん」?その人は「印」を知ってるの?何で?』


わからない。でも、そんな気がしたんだ。今思うとあの目はそういう目だった、と思う。

確信はない。けれど、もし華が「お父さん」を見たらどうだ?心が聞こえる華ならどうだ?


自分で聞く勇気がない事を棚に上げて、僕は華を家に連れて行く事を考えていた。

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『またくり返す・・・。』 @ryothenmn

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