両片想いだった幼馴染の娘に告白された件

久野真一

第1話 幼馴染の娘さんに告白されてしまったんだけど

 今、我が家は重苦しい雰囲気に包まれていた。

 リビングで机を挟んで向かい合うは安達あだち美穂みほ

 俺、貴田晶きだあきらの、三十年超の付き合いの昔馴染み。

 ちなみに、彼女は、既に結婚十数年で、俺は独身だ。

 

「なあ、ほんと、これ、どうしてくれるん!?」

 

 机にドンとスマホが叩きつけられる。


「スマホ叩きつけないでほしいんだが」

「ごめんな。さすがに、お母さん予想外な事態なもんで」


 こめかみをピクピクさせて、何かを必死に抑え込もうとしている。

 まあ、わかる。


「悪いな。お義母さん」

「下手するとマジになるのに、何いうとんか!?アホか!?」


 大声で凄まれる。


「いや、待て待て。美穂も知ってるだろ」

「まあ、信頼しとったから。茅音かやね預けても大丈夫くらいには」

「俺も伯父か叔父かわからないけど。茅音ちゃんには、妙な気持ちはなかったぞ?」


 誓ってもいい。


「ま、そうやろな。昔、ウチの事好きやったくらいやもんな?」

「さすがに、今は割り切ったからな。不倫とかないぞ」

「分かっとるわ!今の問題は茅音。そう、これ!」


 先程机に叩きつけたスマホを指差す美穂。

 その中のアプリに表示されているメッセージは、


【大好きでした。晶さん。お付き合いしてください】


 まさに、美穂の娘さんから来たメッセージ。


「ほんっと、茅音があんたに惚れるとか、予想外にも程があるで!?」

「俺も予想外だったって。確かに、茅音ちゃん、年上趣味なところあったけど」


 俺と美穂の付き合いはとても深い。

 彼女が結婚してからも、ちょくちょくは遊びに行っていた。

 だから、茅音ちゃんが、赤ちゃんの頃から、知っている。


 何故だか、茅音ちゃんはといえば、俺によく懐いた。

 俺も、おっさんになりつつある歳で「お兄さん」と呼ばれるのは嬉しかった。

 というわけで、姪……美穂は俺の姉みたいなものなんで、それでいいだろ。

 とにかく、姪っ子のようなものだと思って、接してきた。

 

 それも、小学校の頃は、美穂や彼女の夫である耕助こうすけさんと。

 それと、茅音ちゃんと俺も含めて、一緒に旅行に行った程度だ。


 ただ、その距離感が変わり始めたのは、茅音ちゃんが中二になってからだろうか。

 やたら、二人で遊びに行きたがるようになったのだ。


あきらさん。今度、一緒に遊びに行きません?】

【ああ、それはいいけど。美穂の都合は付きそうなの?】


 当然、美穂が同伴するだろうと、そんな返事を返した。

 しかし、


【今回は二人だけで行きたいんです!】

【なんで?】

【なんでもです】

【わかった。美穂の了解は取っといてね】


 何か危険な匂いなので、母親である彼女の了解は取っておいた。

 その時は、映画に行って、俺がお昼ご飯をおごって、それで解散。

 しかし、やけにこちらを見つめて来たり。

 それと、手をつなぎたそうにしているのが気になった。

 

(でも、まあ、気の所為だろう)


 そう思って、万が一くらいにしかないヤバイ可能性に目を瞑った。

 しかし、それからも、茅音ちゃんの攻勢は収まらなかった。

 休みの日に一人で、俺の家に遊びに来たり。

 やっぱり、二人で遊びに行きたいと何度も言って来たり。


(まあ、姪っ子を可愛がるのもいいもんだよな)


 深く考えずに、そう誘いに乗っていた。

 若い子の瑞々しい感性はいいもんだねえ、などと呑気に。

 その結果が、今日だ。もう、彼女も高一。


「ほんっと………ウチもアホやった。晶がここまでスケコマシやとは」

「いやいや、スケコマシって。俺は、普通に茅音ちゃんの相手してただけ」

「じゃあ、なんで、茅音が惚れるねん!」

「知るかいな!茅音ちゃんに聞けや!」


 話がヒートアップすると、つい、大阪弁に戻ってしまう。


「じゃあ、聞くからな。おーい、茅音ー」

「早っ」


 ぱっと画面をタップして、素早く茅音ちゃんに話を聞こうとする美穂。


「で、茅音はなんで、晶の事好きになってん?」

「うん?あ、晶さんもそこにいるの?」


 スピーカーモードに切り替えたらしい。

 茅音ちゃんの声も聞こえてくる。


「ああ、君のせいでね。茅音ちゃん」

「人聞き悪いですよ。好きな相手に告白する。何が悪いんですか?」


 ちなみに、彼女は関西弁も操れる。

 ただ、俺の事は、別扱いのようで、敬語+標準語がデフォだ。


「君の好きになったのが俺なのが問題なの。Do you understand?」

「さすが、晶さん。英語の発音も綺麗ですね。さすが!」


 いや、皮肉なんだけどね。

 素で英語の発音を褒められてしまった。


「いやね。そんな事言ってるわけじゃないんだよ。俺と美穂の関係を……」


 考えて、と言おうとしたのだけど。


「小学校の頃からの友達ですよね。で、お母さんが昔好きだった相手」

「ちょ、ちょい、何暴露しとんねん。茅音」

「別に昔の話だからいいじゃないの。お母さん」

「そうか。昔、そんなことが……」

「昔。昔のことやからな!」


 この会話、耕助さんが聞いたら、キレそうなんだけど。


「仕方ない。とりあえず、茅音ちゃん。もう、授業終わった?」

「今、帰りです。どうしました」

「今、美穂と重大な家族会議中でね。こっち寄ってくれる?」

「まだ、家族やないやろ、家族や!」


 頭をはたかれる。


「いや、言葉の綾って奴や。後は、茅音ちゃん交えてやらんとしゃあないやろ」

「あの子の気持ちの問題でもあるからな……男の趣味が似てからに」

「そこで今更自虐ネタ持ち出さんでも。昔の話やろ」


 いつかはわからないけど、彼女が結婚するよりもっと前の話。

 本当に今更過ぎる。


「で、茅音が来る前に聞いときたいんやけど。どう思っとる?」

「好いてもらって嬉しいいうのは、あるけど。美穂が嫌やろ」


 単純に言えば。十代半ばの娘が、四十近い男を好きになりました。

 ただ、それだけの話だ。多くの常識的な親なら、止めるだろう。

 だって、十代の女の子なんて、色々が未経験だ。

 それを、どんな馬の骨ともわからない、未婚で得体の知れない

 超年上男性に預けるなど不安しかない。


 さらに言うと、俺と美穂の関係も問題だ。

 俺と美穂の付き合いは長くも重い。

 一生の付き合いになることはほぼ確定。

 そんな美穂の娘さんと万が一にも付き合う。

 それなら、ちゃんと面倒を見てもらう、という話になるだろう。

 

「めっちゃ複雑な気分やよ。母親の勘やけど、茅音は想い続けたら一途やろうし」

「恋に一直線って感じやもんな。万が一、お付きあいってになったら、想像つくわ」

「やろ。下手したら、晶が義理の息子?背筋震えるわ!」

「おふざけはおいといて。美穂は結局、どうして欲しいんや?」

「逆に、晶はどうしたいんや?私は、茅音が言うんやったら、反対はせん」


 少し不機嫌そうながらも、意外な言葉。


「ええんか?仮に、仮にやけど。俺がOKやったら」

「昔からの付き合いやろ。茅音に誠実に接してくれたのはウチがよーわかっとる」


 なんだかんだで信頼してくれてるんだな。それは、嬉しい。


「正直な。これまでは、あえて見ないようにしてきたんや。だって、美穂の娘さんやし。でも、俺からやなくて、茅音ちゃんから言うんもあってな。俺も、気持ちがぐらつかん言ったら嘘になる」


 本当に、気持ちが複雑だ。

 年齢的に、下手したら淫行になりかねない。

 もちろん、茅音ちゃんが大人になるまでは、そういうことはしないけど。

 ただ、逆に、茅音ちゃんがいずれ関係を求めてくる可能性すらある。


「そういうとこまで素直やなくてええのに。後は、当人たちの問題やな」


 と、玄関に向かって歩き出す美穂。


「おいおい。家族会議やないのか」

「後は二人の問題やからな。ウチは、結果には口を出さん」

「前々からやけど、潔すぎやろ」

「晶やからよ。茅音のこと、ずっと大事にしてくれるやろし」


 と、微笑みながらのつぶやき。


「じゃあ、また今度な。お義母さん」

「そうなったら面白いやろなー。晶クン?」

「なかなかええ返しやないか」

「そっちこそ」


 というわけで、美穂は帰り、入れ替わりに、茅音ちゃんが。


「あれ?お母さん、一緒にいなくていいの?」

「二人の問題やからな。後はお好きに」

「そっか。ありがと、お母さん。孫の顔、早めに見せてあげるから」

「気が早すぎやわ。ほんと、一体、誰に似たんだか」

「学生時代に、出来ちゃった結婚した、お母さんにじゃないかな」

「あー、もう。茅音は口が回るんやから。じゃ、ご飯作って待っとるから」

「はいはいー」


 と、和やかな母娘の会話を交わしながら、元気よくこちらに駆けてくる。


「それで、茅音ちゃん。君の気持ちは本当なの?」


 なんか、美穂に顔つきが近くなって来たなあとふと思う。

 くりくりした優しげな瞳や、きめ細かく、背中まで伸ばされた髪。

 最近は化粧にも凝り始めたらしい。可愛らしいと思う。

 性格だって、とても素直で聞き分けが良い子。

 俺のうんちく話にも、目をキラキラさせて聞き入ってるし。

 ともあれ、彼女の話を聞いてからだ。


「はい。本気ですよ。大好きでした。晶さん」


 堂々と、臆することなく、想いを伝えて来た。

 微妙にお互い臆病だった、俺たちとは大違いだ。


「もちろん、お母さんとの関係を考えて、複雑なのもわかります」

「そうだね。そのくらいの機微がわからない子じゃない」

「もう、私も高一ですよ。子ども扱いは止めてほしいんですけど」

「わかった。ただ、ね。高校生の恋、なんてのは後戻り出来るのが普通だ。性格が合わなかった。喧嘩した。盗られた。何だっていい」

「はい。たぶん、そうなんだと思います」

「でも、俺と茅音ちゃんの恋はそうは行かない。まず、美穂を悲しませたくないし。何より、俺が茅音ちゃんを悲しませたくない」


 関係者に美穂が出てきてしまうのが、とても複雑なところだけど。


「はい……」


 神妙な面持ちでうなずく茅音ちゃん。


「それに、両親との顔合せという意味では、君の母親の美穂は、それこそ、子どもの頃からの付き合い。耕助さんとも、彼女が結婚してから、何度となく会ってる。それにだけど、茅音ちゃんも、たぶん、俺と別れづらいし、俺もそういうのはたぶん難しい。そういう意味では、俺と付き合うって事は、君にとっては、とっても重いよ」


 恋愛に義理人情が出てくるのはおかしいかもしれない。

 しかし、美穂との付き合いはそれくらい深いということだ。


「はい。わかります。でも、それでも、これは、私の人生ですから」


 堂々と、真っ直ぐ俺を見つめてくる茅音ちゃん。


「わかった。改めて、一人の男として向き合うよ」


 まったくもう、本当、アラフォーの独身男性なんてものを好きになるなんて。

 妙な趣味をしてるんだから。


「では、お返事、聞かせてください」

「そうだね。まずは、だけど。気持ちにブレーキをかけてたところはあるよ」

「お母さんの事ですか?」

「そう。たぶん、それが一番大きい。でも、一人の男として言うなら」

「は、はい……」


 先程まで堂々としていたけど、やはり、緊張しているらしい。

 ほんと、昔を思い出すなあ。


「すごいいい子なのは間違いないよ。それは、君と美穂の関係を見てもわかる」

「お母さんとの?そうですか?」

「なんていうか、友達感覚っていうのかな。ま、それはおいとこう」


 他にも、美穂から色々聞いているのだけど、余談だ。


「それに、贔屓目抜きに見ても、可愛いと思う」

「お母さんに似て、ですか?」


 鋭い。


「否定しないよ」

「ほんと、大好きだったんですね。娘としては複雑です」

「お母さんが俺と結ばれた方が良かったかもしれないって?」

「少しくらいは……。本当に、色々、聞きましたから。嫉妬しちゃうくらい」

「ちょっと待て。嫉妬しちゃうって。一体、美穂は何を言ったんだ?」

「……一応、お母さんの許可があれば。えーと」


 と、何やらタップしてささっとスマホを操作している。

 何やらメッセージのやりとりでもしているらしい。


「「80歳になったら時効やから。その時は教えたる」だそうで」

「あと、40年以上先じゃないか。それまで、お互い生きてるかどうか」

「それこそ、生きましょうよ!人生100年時代。晶さんだって、これからです!」

「俺もまだ若いつもりだけど。やっぱり、元気だね」

「何事もポジティブに。これが、お母さんから受け継いだ教えですから」


 にかっと、曇りのない笑顔を向けてくる茅音ちゃん。

 ほんと、色々敵わないなあ。美穂も、びっくりするわけだ。


「正直ね。きっと、茅音ちゃんを通して、お母さん……美穂を見てる部分はあるよ」「はい。それは、すっごくわかります。色々、通じ合ってて。お父さんも、時々、複雑になる、って言ってました」

「あー、それは、耕助さんに悪かった気がする」


 人生のパートナーである自分より下手したら親しいかもしれない男性。

 そりゃ、俺だって、同じ立場なら気にする。

 それでも、なにもないように振る舞う耕助さんも人間ができている。

 ほんと、美穂の奴はいい人を旦那にしたもんだ。


「とにかく、私は、最初はそれでもいいと思います」

「最初?」

「いずれ、私だけを見るようにメロメロにさせてみせますから」

「メロメロって君ね……」


 色仕掛けする満々?と呆れそうになる。


「お母さんの身体よりも、きっと、私の身体の方がいいですよ」

「それは、マジでやめい!君が成人するまではね」


 ぺちんと頭をはたく。


「それは……法律の壁があるから、我慢はしますけど」

 

 やっぱり、それすらわかってて……。

 ほんと、いい子だ。


「じゃ、お付き合いしようか。しばらくは、健全な、ね」

「なんだかすっごく余裕そうですね。学生時代にお母さんにスキンシップされて、慌ててた、なんて言うのが嘘みたいです」

「美穂のやつはそんな事を……個人情報ダダ漏れじゃないか」

「はい。でも、その分、お付き合いするのには気楽ですよ?」

「俺が、弱み握られてる気がするよ」


 この子は、どれだけ、昔の俺の情けない話を聞いてるのか。

 そして、美穂の奴め……どれだけ、娘に色々話してるのやら。


「でも、改めてよろしく、ちゃん」

「あの。今、名前、間違えましたけど……」


 瞬間、空気が凍った気がする。


「ああ、いや。なんか、頭がバグっただけで……えーと」


 やばい、やばい。軌道修正しないと。


「大丈夫ですよ。そんな事で怒ったりしませんよ」

「ほんと、どっちが大人なんだか」


 この調子だと、美穂が本当にお義母さんになりそうな。

 それは、ちょっと勘弁して欲しいような。

 でも、それも面白いかもしれないような。


「ま、でも、なるようになるか」


 いつものようにあいつがつぶやいていた言葉。

 深く考えないように、気楽で居られるようにと。

 だから、口癖になったらしい。


「はい、きっと、なんとかなりますって」


 そんな風に、のどかな秋の午後は過ぎていったのだった。

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