211×97のディストピア

生田 内視郎

ディストピアからの脱出



遂に買ってしまった。

睡眠導入型VRゴーグルスイープリーパー最新型。

最近Twitterであまりのリアルさに現実に戻れなくなるとも噂されている、予約殺到入手困難、フリマアプリでも偽物が横行し原価格の数十倍にもなる代物。


これが従来のVR機と異なるのは、単なる視覚情報を360度奪う事で錯覚を覚えさせるだけでは無く、脳の海馬中枢を間接的に刺激して補助として脳が映像に補完を加え、より鮮明なリアリティ(現実味)を体感させる、という点にある。


裏書きの説明書を読んでも意味がよく分からなかったので質問板で分かり易い説明を求めると、

つまり

使用者をレム睡眠に近い状態に陥らせ目を開けながら強制的に夢を見せることで、より本人の感覚に近い没入感を味あわせることが可能になる、ということらしい。


要は自由に好きな夢を見れる、ドラえもんのひみつ道具のような代物だと思っていいようだ。


俺は慣らしプレイもそこそこにセットで電子購入したソフトをタップする。

タップするとは言っても従来のVR機の様に片手でリモコンを操作する必要はなく、夢の中で自分を動かすような、意思と行動が自然と直結する滑らかな動きだった。


映画やアニメで目にするような自分が3Dにモデリングされたキャラを操作する感覚とはまた違う、

ここは本当にゲームの中なのか?と見まごう程の景色。


ここでは、食べた物の味や肌に触れる風の感触まで忠実に再現される、というか脳に誤認させる。


物語に登場するNPC達は、皆画一的なモデリングではなく操縦者の記憶を元にした実際の人物の顔が勝手に違和感無く当て嵌まる。

例えば、ヒロインキャラなら勝手に片想いのあの子になるし、悪役やボスキャラは昔のいじめっ子や嫌いな上司の顔になる。


思い切って買って良かった、俺は家も車も家具も全て売り払い、家族でさえ手離しコレを手に入れた。


二本足で走り、手近なビルの屋上に駆け上がる。息を切らしながらもあっという間に柵の上に立った。


ところでこのゲーム、睡眠導入型VRゴーグルスイープリーパー最新型は現在国の方針で購入規制され、販売が一時中止となっている。

海外では電子ドラッグとして既に摘発対象にもなっており、日本もそれに追従する動きも出てきている。


理由はまぁお察しの通り、ゲーム世界に没入し過ぎて現実を疎かにする奴が増えたからだ。


そして、俺が今からする行動によって規制の声はより加速度的に進んで行くのだろう。

人類の発展の歴史に水を差すのは本意では無いが、俺には俺の人生がある。


全く、コレを開発してくれた企業及び開発者の人達には感謝しかない。


何せ、事故により全身不随に陥り一人で指一本も動かす事も出来ない俺に、こうやって飛び降り自殺をする為の丈夫な体を与えてくれたのだから──

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

211×97のディストピア 生田 内視郎 @siranhito

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ