初夏色ブルーノート

もりくぼの小隊

第1話


 「いやぁ、今日も暑いっすねぇアキ先輩」


 部活帰りの帰り道、制服をウチワ代わりにして気休めな風を送る後輩のイルカちゃん。さすがにちょっと大胆がすぎる。ここは先輩として、ひとりの女子として、注意 せんといけんねしないとっ!


「ちょっとちょっと女の子がはしたないよっ、めっ!」

「なぁに言っちゃってんすかっ。ウチとアキ先輩以外、誰かいるわけじゃないっしょ、これくらい心配ないっすよ」


 ううんっ、お説教が全然響いとらんっ。

 もう、どこで誰が見とるかわからんのよっ。

「しっかし、暑すぎて喉がカラカラちゃんっすね」

 喉がカラカラちゃん?

 よし、それならっ。

「イルカちゃんっ、だったらあたし行きつけの「カフェ」に行かん? おごるよ?」

「マジっすか、さすがはアキ先輩ゴチになりやっす」

 よしよし、これで制服ウチワはやめさせることができた。それでは、イルカちゃん。カフェにレッツラゴー。




 はい、という事でやってきました行きつけのカフェにっ。


「て、ここいつもの「自販機コーナー」じゃないっすか」

「カフェやもんっ、ちゃんと「カフェ・自販機コーナー」て上の方にも書いとるもんっ」

 あたしはウソ言うとらんもんねっ。イルカちゃんが勝手にガッカリしとるだけやもんっ。そもそもオシャレな喫茶店カフェなんて我が町にはないもんっ。イルカちゃんも知ってるくせにっ。


「うわぁ、なんか詐欺られた気分っすわぁ……」

「ふんだ、そんなこと言うと奢らんもん、飲まんのね?」

「はい、それはもちろん……ゴチになりますっ、タダより美味えもんはこの世にないっ!」


 うん、イルカちゃんならそう言うと思った。

 あたしがお金を入れるとイルカちゃんはのどごし爽やかシュワッと炭酸ジュースを選びました。

 あたしは、うーんと、アイスコーヒーっ。


「へぇ、アキ先輩ブラックコーヒー飲めるようになったんすかぁ。大人になりましたねぇ」

「ふふーん、とうぜん高校二年生は大人やもーん」


 ちょっとイルカちゃんの生暖かい目が気になるけど、大人な明子はブラックコーヒーいただきますもん。


 カシュッ――と、缶コーヒーのプルトップを開けると同時に、横から軽快なカッコいい音楽が流れてきました。


「あ、すんませんウチのスマホです」


 イルカちゃんがスマホを取り出すとカッコいい音楽は、より鮮明にあたしの耳に響いてくる。


 ぁ、この曲は……。


「ビー○イターの歌?」

「はい、そっすね。めっちゃ古い特撮ですけど、いま家族でハマってるんすよ。ブルー○ートがカッコよくてっ、ウチの推しですっ」


 イルカちゃん一家共通の趣味は特撮鑑賞よ。古いのから新しいのまで、幅が広い。最近は九十年代がイルカちゃんのマイブームなんだって。


「しかし、アキ先輩がビ○ファイター知ってるの意外すね。やっぱウチの――」

「――うんちょっと……ね」


 チビリとブラックコーヒーを飲む。ほろ苦さが口に広がる。

 あの日が、昨日の事のように思い出される。


「あのね、イルカちゃん。あたしね、実は彼氏がおったんよいたんだ

「へ?」

「そう、あれは――」

「――ちょっとアキ先輩?」


 そう、あれは――


「――いや、だからアキせんぱいてば」

「んもうっ、回想にいかせてよっ!」



 そう、あれはっ!――――






 ――――そう、あれは、今日みたいな初夏の日差しの中で起こった出来事でした。



「おうアキ、暑いな、ジュース飲まんか?」


 彼の名前は「青野あおの 智昭としあき」あたしのかつての恋人。


「うん、トシくん飲む飲むっ」


 彼の後ろではしゃいでいるのが、あの日のあたし。ふふ、無邪気で若かったなぁ。


「ようし、俺は炭酸にすっかな。んっ、んっ、んん~〜♪」

 智昭は鼻歌交じりに炭酸ジュースのボタンを押した。


「うん、その鼻歌、なんなんなに?」

 聴いたことの無いカッコいいメロディに無邪気なあたしは聞き返した。


「おう、ビーファイ○ー」

 智昭は得意げに言った。あたしはそこではじめてビー○イターの歌を知ったんだ。

「それって、面白いん?」

「おう、めっちゃオモロイ。主題歌もカッコええしなぁ。アキも今度一緒に観るか?」

 正直に言うと、ヒーロー物って、そんなに興味は無かったんだけど、智昭と一緒に観るなら楽しそうだなって思ったんよね。だからあたしは、大きく頷いたんよ。


「うん――にゃっ!?」


 だけど、まさか……あんな悲劇が起こるなんて思わんかった。


「ど、どした――」

「――やあんまちがえたっまちがえたっまちがえたっ間違えてホットのコーヒー押しちゃったのっ。うわああんっ」

 よそ見しながらうなずいたらボタン押しちゃったのっ。

 こんな暑いのにっ、こんな熱いのっ、飲めん飲めん飲めんもんっ。


 そんな悲劇に見まわれたあたしに、智昭は


「ドジやなぁ、あっはっはっ!」


 て、笑うんだよ。ムカッときたよっ、許せんよっ。


「ムウゥっ!」

「ど、どしたアキ?」

「知らん知らんっ、トシくんのおバカチンッ、もう知らんもんっ!!」

「え、ちょっ、待っ、アキっ」


 智昭の声を無視してあたしは走り去ったんよ。





「――と、こんな悲しい事がかつてあったわけ」

 話し終える頃にはほろ苦なブラック缶コーヒーはほとんど無くなっていた。ああ、思い出しただけでも、目元が潤んできちゃう。ねぇ、イルカちゃ――


「――うわぁーくっっっだらねぇー」

 むっ、人が真剣に話した事をくだらないとはどういうことなんかなっ!

「いや、だってくだらねぇすもん。そこらのバカップルの痴話喧嘩にもなってねえし」

 ば、バカップルッ、バカップルて言われたっ!

「てか、かつての恋人ってウチの「アニキ」っしょ? アイツはなにを落ち込んでんのかと思ったけど、真相しれてスッキリしましたわ」


 そうよ、イルカちゃんのフルネームは「青野 イルカ」智昭の妹。

 皮肉なもんよね、元カレの妹が一番仲良しな部活の後輩だなんて……。

 そう、あれ――


「――いや、もう回想は胸やけ充分です。まぁ、とりあえず本人とちゃんと話あってください。回想の間に呼んどきましたから、ほれ、隣にいるの気づいてあげてっ」

「ぇ……にゃっ! トシくんいつの間にッ!」


 横を見ると微妙な顔をして立っている元カレの姿が。


「いや、元カレってなんなんか。俺、別れたつもり一切ないわっ、てかかつての恋人てなにっ、あれ

「ふんだ、あたしにとっては遥かかなたのかつての話やもんっ。もう別れたんやもんっ」

 まだ怒っとるもん。より戻すつもりないもんっ。

「なぁ、機嫌直しいやアキィ、俺が悪かったけぇ」

「ほんとに、悪かったと思っとる?」

「ああっ思っとる思っとる。心の底から思っとる。だからまた俺と付き合ってくれ」

「んぅ、じゃあ、まぁ、許してあげても……また付き合っても、ええよ?」


 んぅ、こんな、キュンとするような顔をされたら、許すいがいないよね。ズルいなぁトシくんってば。



「あー、色んな意味でごちそうさんっすね。えーと、バカップル通算十五回目のお付き合いにカンパーイ。うっわっ、このジュースあんっまっ!」



 隣で未来の妹がなんか言っとるけど、聞こえんもーん。


 ほろ苦な缶コーヒーを飲みほして、あたしはトシくんとビー○イターを歌いながら帰りました。


 ――――おしまいっ。


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初夏色ブルーノート もりくぼの小隊 @rasu-toru

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