能力者、炊飯器に苦戦する
とある休日のお昼時。
工藤勇太は笠間探偵事務所にいた。
前回の依頼の件での報酬を受け取りに赴いたのだ。
ただ時刻が昼時になってしまったのは故意ではない。
「ちょっと待っててくださいね、勇太さん。兄さんすぐ来ると思いますから」
そいういうと鳴は丁寧にお辞儀をしてその場を離れる。
笠間の義理の妹
そう以前に説明を受けたがなんとも不思議な雰囲気を持つ少女だった。
いつも笑顔。
それはけして悪く無い事なのだが、なんというか胸のうちが読めないというか。
勇太はテレパシー能力で読もうと思えば人の心を読めなくはない。
ただ制御が苦手で下手すると自分の精神にまで害を及ぼす事になるので普段から使わない。
そんな事でなくてもほいほいと他人様の心を覗こうだなんて彼は思いつかない。
彼は以外と自分でも気がつかないのだがクソが付くくらい真面目で純粋なのである。
なので笠間が義理の妹と紹介したのならそれ以上の詮索はせず、そうなんだと甘んじで受ける。
それと一重に笠間との信頼関係に置ける賜物でもあったりするのだが。
そしてその妹の鳴が勇太にお茶を運んで来たのと同時に笠間が事務所のドア開けて入って来た。
「おう、勇太来てたのか」
「お邪魔してます、笠間さん。あ、お茶ありがとうございます、鳴さん」
鳴が持ってきてくれた湯のみを両手で持ちそのお茶の香りを嗅ぐと、新緑のような清清しい匂いの他に
なんとも食欲を沸かせる別の匂いがしてきた。
「この前の依頼の報酬な。あん時大口叩いちまったけど、結局あれから依頼人と連絡が取れなくてさ、
もちろん依頼料も貰ってない。まぁ、そもそも最初っからその気だったのかもしれないがな……って勇太?聞いてるか?」
大事な報酬が貰えないかもしれない話をしているというのに勇太は聞いているのかいないかのような顔をしている。
「え?あ、ああっと、その……ついご飯の炊ける匂いがいい匂いだなーって」
そういうと勇太はてへへっとばかりに顔を赤らめ苦笑いする。
先ほどお茶の香りと共にして来た匂いというのは炊飯器からご飯の炊ける匂いだったのだ。
「ああ、昼時だしな。鳴に頼んで飯を炊いて貰ってたんだ。まぁ、おかずは昨日の残りもんだけな。勇太も食ってくか?」
「いや、そんないいッスよ。ここに来る前にパン食べてきたし」
「なんだよ。成長期だってのにパンだけか?そんなんだからお前細いんだよ」
そう言うと笠間は勇太を見た。
たしかにお世辞にもたくましいなんて言えない体付き。身長は…低い…
ああ、言わないで!身長はコンプレックスなの!
と、いつも身長の事を言うとそう言う勇太は同じ年代の男子から見たら低い方にはいる
おまけに童顔という事も相まって新入生と間違われる事もある高校2年生の勇太であった。
笠間は見る。服の上からでも分かる貧相な胸板、腰つき。
「な、何じろじろ見てんですか!そんな目で見ないでくださいよっ 仕方ないじゃないですか、だって俺んち炊飯器ないしっ」
そういうと勇太は自分の両腕を抱きしめ身を縮こめるとソファーに座ってる体を反転させた。
「炊飯器がないだと?お前俺からちょくちょく報酬もらってるだろ?なんでそれで買わないんだ?」
「いや、だって……ほら、アプリのゲームでさ、欲しいキャラクターのガチャが来るとさ、ついね……?」
ははっと笑ってごまかし逃げようとする勇太。
「おま……、あれほどガチャはほどほどにしろと…そんなんよりまずは炊飯器をだろ、炊飯器」
ったく。と小さいため息をついた草間はふっと何かを思い出した。
「そうだ。たしか今使ってる炊飯器の前の炊飯器。まだ捨てずに取ってあったよな?鳴?」
「ええ。棚にしまってあります。まだ使えるはずですよ」
「って事だ。どうだ勇太?今回の報酬、炊飯器で手を打たないか?」
「え?ええーーっ!?……マジですか?」
「おう、マジも大真面目だ。ちゃんと自分の生活環境も整えられない奴に今後仕事なんて頼めるか」
「……自分がピンチの時は風呂にいたって呼ぶくせに……」
と、つい最近起きた事を皮肉って言ってみるが
「大事な時にハラ減って力でませーん。じゃ困るからな。日本人なら米を食え!米を!」
「……はぁ~い……」
笠間の妙な迫力に押され承諾する勇太。そこにすかさず先代の炊飯器を持ってくる鳴。
「はい。これですよ」
いつものにっこりした笑顔で3号炊きの炊飯器を差し出した。
「ん。とりあえず、米をといだ釜をセットした。
んで、このスイッチ押せば明日の朝にはほっかほかのご飯が食べられるってわけだな!」
笠間の報酬の代わりということで貰って来た炊飯器(プラスお米5キロ)をさっそくセットしてみる。
その表情はしぶしぶ貰って来た割にまんざらはないようだ。
その日の夜、勇太は幸せな気分で床に付いた。
「で?なんで炊飯器貰ったお前がそんなに空腹そうな顔してんの?」
学校の教室で机に突っ伏す勇太に【これで俺も炊飯器デビューだぜ!】というメッセージをを貰った友人が尋ねた。
勇太はひょろひょろと顔を上げ
「……なぜか炊けてなかった……」
「あちゃー。それタイマー間違ってセットしなかったんか?」
「そうなのか?ボタン押せばいいって言われたから特に何もしないで予約のスイッチだけ押した……」
「あー、それ、たぶん時間セットしてなかったんやないか?」
「時間セットか……わかった今度はちゃんとやる……」
「ちゃんと説明書読めや。以外と大雑把なんやなー、お前って」
「うっせ。中古貰ったんだ。説明書なんてねーよ」
そんな会話を交わしつつ勇太は今度こそはほかほかご飯を食べる!と胸に誓いつつ本日の授業を頑張って受けるのであった。
「うわー!なんじゃこりゃー!?」
宵闇のマンションの一室から勇太の悲壮な叫び声が響く。
「な、に……これ? ご飯じゃねぇ……」
今度こそ時間をセットでボタンを押した。学校から帰って来てさっそくリベンジをした勇太だったが
いつまで経っても炊飯器がうんともすんとも言わないのでこっそり蓋を開けてみたのだ。
するとそこにはふっくらほかほかのご飯はなく。あったのはぬるま湯を吸って幾分太って白くなった生米だった。
たぶんに時間のセットは出たものの炊飯ではなく保温を押してしまったものと見られる。
しかしそれを知らぬ勇太は
「どどど……どーしてこうなるんだ?」
わなわなとその不思議な物体をしゃもじですくってみる。
「く、食えるかな……? う、ぐ……っぐぇ……」
少し口に頬張って味見してみたがすぐにそれは食べられるものではないと判断する。
「また……飯抜きぃ……?」
勇太はへなへなとその場に座り込んだ。
その頃、笠間はデスクワークを一仕事終えてソファーに座りコーヒーブレイクをしていた。
「笠間さぁん」
「うあ!なんだ!?勇太か!?」
突然隣で声がしたかと思ったらいつの間隣に勇太がいるではないか。
「おま!来るなら来るって先に言ってっていつも言ってるだろ!びびるだろ!」
普段は『一言』もなしに『飛んで』来るなんて事は滅多にしない勇太。
その勇太が音もなくテレポートで『飛んで』来たのだ
「どうかしたのか?何があった!?」
「……炊飯器が……」
「え?」
「うまくご飯が炊けないんです……なんでですかね?」
見ると勇太は昨日あげた炊飯器を両手で抱えていた。それと同時に勇太の腹の虫の音が聞こえた。
笠間は目を丸くした。
強大な異能の力を持ちながらご飯一つ満足に炊けないで涙を浮かべているこの少年がなんとも可笑しかった。
「ちょ、何笑ってんですか?死活問題ですよ!?」
「あーあー、悪かった。お前がここまで機械音痴だったとはな。まぁ、俺もあまり詳しく取り扱い教えてなくて悪かった」
こみ上げる笑いを抑えながら笠間は勇太の頭をぽんぽんと叩いた。
「あーっとだな。これはこうやってこうして使うんだ。タイマーはこうやってだな……」
それから笠間は改めて炊飯器の使い方をレクチャーした。
「それからお前何も食ってないんだろ?どうだ、屋台のラーメンでも食いに行くか?俺が奢るぜ」
「え?いいんですか?」
「あぁ。ちゃんと説明してやらなかったお詫びだ。」
「あざーっす!」
そういうと目を輝かして勇太がソファーから飛び上がった。
そんな勇太に目元を綻ばすと
黒皮の財布をジャケットの内ポケットに突っ込み、今や子犬のように付いて来る少年と共に事務所を後にした。
(ったく。もっと頼ってもいいのにな)
勇太くらいの力があればいざとなれば盗むなりして食料を調達する事なんてわけないだろう。
だがあえてそれをしない。
というか『そういった事はしてはいけないもの』という勇太自身のモラルが無意識に働いているのだろう。
(本当に、なんて出来た子なんだ)
笠間はは屋台へ行く道すがらそう一人心地に思った。
「お前ホント、不良にならなくて良かったな」
「え?なんです?イキナリ」
「いや、気にすんな。ほんと、いい子に育ってくれて何よりだ」
(こいつが不良になってたら…大変だったろうな…それこそ街の平和が大ピンチだ)
「?何言ってんスか?よくわかんないけど、味付け卵とチャーシューはマシマシでお願いしますね!」
「へーへー。それくらいお安い御用さ」
笠間は目を瞑りタバコに火をつけた。本気で言った言葉が相手に気づかれてしまわないように。
「ほら、ついたぞ。ここのラーメンがまた美味いんだ」
「やったー!俺、生きてて良かったぁ」
屋台の赤い提灯が二人を暖かく迎えた。
超能力少年の憂鬱 赤緑あんず @albicocco
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