第8話

 ソニアナの施したワンスの治療は酷く簡易的なものだった。

 これ以上傷が広がらないように自分の服の一部を引きちぎり、包帯代わりにして肩も矢も動かない様にグルグルと巻いて固定。それで、終わり。


 そんな酷く簡単な行為であっても『治療を受けた』と認識出来たワンスの心持ちは幾分か和らぎ、思考が現実に戻ってきた。


「(あれは――――誰なんだ?)」


 この世界で出会ったのはソニアナとゲーティア。そして、ティアとディアス。更に敵対者であるカーディス。

 その誰もが【吉田一誠】がプレイしていた【戦乱魔界】のキャラクターたち。


 だが、今カーディスと相対する見知らぬ女性。


 乱雑に切られた短髪の赤毛。

 肌は少し浅黒い健康的な艶を出しており、その美麗な顔つきと相まっていて妙な『色気』を感じさせる。


 しかし、その色気を吹き飛ばす勢いで纏うのは戦士のとしてのオーラ。

 着飾りはなく無骨な鉄色の軽装、ブーツに篭手、背中に流すのは雨風を凌ぐ為のもののはずのマント。それはボロボロで役割をきちんと全う出来るのか甚だ疑問が残る。


 いっそ男がするべき様な格好の戦士。


 しかも、構えから窺えるのはその女性は己の拳を武器にしているのだろう。いくら指まで覆う篭手をしているからと言っても偏見では無いが「大丈夫か?」と疑いたくなる。


「弓と風に注意しろ!!」


 カーディスの十八番はその手に持つ弓。更に十八番では無いがそう言っても過言ではない風の操術。

 更にその得意な二つを融合させた風の操術を矢に見立てて弓から放つ技は、発動が早く威力も高い。連射も可能な厄介な技。

 しかも、その威力は詠唱に影響されるので、ティアへと放った溜めなしよりもまだまだ高威力のものがあった。



「あの下等生物は本当に忌々しいですね。

(あの言い方、―――先程の戦闘を見たからですかね?それとも――――)」


 ワンスを視界の端に捉えつつ、忌々しいと愚痴を零す。

 それに答えたのは、カーディスの目の前で構える誰も名を知らぬ女。


「助言があろうが無かろうが、お前さんの敗北は決まっている。そんなに気にすんなよ。ハゲるぞ?」


「本、当に、貴方は・・・・・後悔しても知りませんよ!?」


 煽る様な物言い。その不遜さに神経を逆なでされた様。カーディスは己が瞬間的に練れるマナを最大値で練り上げ、弓から放った。

 その次の瞬間には弓には不利のはずな接近戦へと自ら間合いを詰める。その動きにも風の操術を使い、素早く間合を詰めていた。


 それはカーディスにとって常套手段。


 そのたった一手の常套手段で屠ってきた相手は両の手を使っても足りない。故にこの傲慢で自信過剰の女も屠れるとカーディスはしていた。


 彼女から感じる力量は、確かに只者ではない。カーディスもそれは認めるところだった。だが、足りない。


 初手遠距離からの不可視の風の一撃。

 二手目に弓でありながら急接近で意表を突く。

 三手目では慌てふためく相手に風の操術を使っての当身。

 四手目で詰み。体制を崩した相手へと矢、若しくは風の操術を御見舞する。


 それで、終わり。


 今回もそうなる。



 はずだった―――――


「よえぇ!遅せぇ!」


 カーディスがティアの炎の操術を手で払い消し去った。その焼き回しの様に風を左手で払い、消し去る。

 接近するカーディスの急接近の速度を『遅い』と酷評し、残る右手が霞む。


 彼女の右手が霞んで消えたと誰もが認識した次の瞬間。


「ブェッ!!??」


 カーディスは頬を歪められ、頭吹き飛ばされた。


「ったく。初手から溜めなしの奇襲に、接近での意表狙いとか――――戦い舐めてねぇか?」


 ワンスから見れば十分に有効な手段に思えたカーディスの動き。しかし、名も知らぬ彼女にとっては稚拙と言えるものだった。


 ワンスは数多くの戦場を経験し、その指揮を取ってきた。

 それはゲームでの経験ではあるけれど、そのゲームもリアルと遜色ないレベルの出来栄えのもの。プロとは言えないだろうが、決して素人とも言えない。

 だが、ワンスにとって『戦い』とは一対一や三対三の様な少数のものでは無い。


 彼が多く経験し研鑽してきたのは、集団戦。

 数十人の指揮をすることさえ稀であり、多くは数百、その更に多くの研鑽は数千や数万に注ぎ込まれていた。


 今回の様な戦いは門外漢とも言える。


 それでもやはり素人とは言えない。そんな彼が「悪くない手」だと思ったカーディスの動き。それを「悪手」と言う彼女のその実力――――危険であった。


「こ、こんな・・・・!ハズは!?」


「ハン!そんな程度で天狗に成れるとはねぇ?

 その方が驚きだよ?アタシは。」


 鼻で笑い、更に煽るように語りかける女戦士を睨むカーディス。その眼には恨み辛みを込め、今にも襲いかからんと力が込められているが、彼の体はそんな事をできる状態になかった。

 四肢に力は入らず、力を込めようと足掻いても震えるばかり。そんな様のカーディスへとゆっくりと歩みを進める女戦士の足音をワンスとソニアナは我が目を疑いながら聞いていた。


 自分たちを軽くあしらったカーディスをいとも容易く殴り飛ばす女性。


 ソニアナは純粋にその力量に驚き、尊敬の念を抱いた。


 ワンスはソニアナと同様に驚いたが、もう一つの感情は似ても似つかぬ感情。

 その力への『恐怖』とも言えるが、ワンスが自覚したのは『猜疑心』。その強力無比なものが自分たちにとって益となるか不利益となるか―――。もしかすれば、その力が自分たちを襲うのではないか?

 それは、あってもおかしくはない未来への心配だった。


 しかし、現状では『益』としか言えない。


 ワンスは彼女の存在を受け入れ、今後の展望を頭に広げ始めた。


「これでさっさと退いてくれりゃあ、良いんだけどねぇ?」


「ふざ、ける、な!ワタクシが!たかが、ゴミ虫に、やられるわけが、ない!」


「あーはいはい。」


 仕方無いとばかりにお座なりな返事。それからため息を一つついた女戦士は『むんず』とカーディスの片足を掴む。


「強制退場してもらおう。」


「は?」


 カーディスの足を掴んだまま体を真後ろへ振り向かせ、一歩足を大きく踏み締める。


「ま、まさ、か!?」


「じゃあ、な!!」


 掴んだままの手を彼女にとって前方となった方向の森へと手を離した。

 ただの人間では無理な力任せなその行動はカーディスを空高く放り投げる事になり、彼は森の奥深くの方へと消えていった。


「・・・・あ、ありえねぇ――――。(なんちゅう力してんだよ)」


「あんぐり」と表現できる口をするのはワンス。


「す、すごい・・・・。」


「キラキラ」と言える表情で憧れを抱いたのはソニアナ。


 両者各々の違う感想を抱きながら女戦士の歩みを眺めたのだった。


「こいつらはここで良いかい?」


 ついでとばかりに抱え、片手に一人づつやや乱雑に運んできた男二人を洞穴の入り口に放る。僅かに呻き声を上げるディアスとゲーティアであったが、完全に無視。それは仲間であるハズの二人も同様の態度であった。


 呻く二人よりも強烈な印象と今しがた見せられた力が、悪い意味で目立ち、警戒せざる終えないからだった。ワンスは当然として、憧れを抱いたソニアナでもそこは変わらない。一時の感情で主君であり仕えるべき、護るべき者の目の前に正体不明の強者が現れたのだ。


 否が応でも二人の緊張感は高まる。


「カハッ。そう警戒すんなよ。あんたらに危害を加えるつもりわねぇ。」


 一つ笑いを溢し、ニカリと笑みを作って話す女の戦士。ただ、そんな言葉で「はいそうですか」と納得できるわけもなく。警戒は継続される。


「っつてもまぁ、そうそう信用されるわけわねぇのは当然だわな。」


 それは彼女としても理解できること。その事をわざと声に出し、理解を示す事で「気にしていません」と心持ちを伝えたのだった。


「先ずはこの様な無礼な態度、詫びよう。しかし、おいそれと信用も出来んことは理解してくれている・・・。その事に感謝を―――」


 何故か、そう、何故だろうか。


 ワンスは自分が発する言葉に疑問を抱かずには居られなかった。


 この世界に降り立ち、まだ一日すら経っていないが、当然と言えば当然ながら言動は【吉田一誠】のものだった。

 勿論周りの者たちは【ワンス】として、『元』とは言え《王子》として接してくる。その事を考え多少は尊大な態度や言葉を使ってきた。


 しかし、あくまでも多少。より正確に言うなれば【吉田一誠】としてはその程度が限界であり、より尊大に、王族らしく振る舞う事は出来なかった。


 では今の言葉遣いや威厳を放つための姿勢。それはどうしたことか?


 ワンス本人としても理解しがたいものだった。


「かまわねぇさ。逆にワタシもこんな言葉遣いしか出来ねぇ。許しくれよな?」


「あぁ。構わぬ。」


 ワンスとしては気合いを入れ、ソニアナに違和感を持たれぬように話すようにしようとしただけ。そうすると自然と出てきた言葉は王子として不思議ではないものだった。


『出来るものは出来る。

 じゃあ最大限利用しよう。』


 ワンスの行き着いた考えであり、具体的な行動としては――――『放置』であった。


「ソニアナ。ティアの介抱を頼む。」


「!?で、ですが!」

「頼む。」


「――――か、畏まりました・・・。」


 しぶしぶ了承したソニアナに対して一つ頷くワンス。

 ソニアナの内心としては『護衛を離れる訳にはいかない』と言うものと『魔族を介抱したくない』との二つの理由からワンスの頼みを渋った。その両方の想いを抱いているのにワンスも気がつかない程バカではなかったが、今後は種族など関係なく協力していくことを念頭に置く彼にとっては必要な事と判断。徐々にでも種族間の溝を失くすべく関わりを増やしていこうと考えていた。


「さて、どこの誰だか知らぬが、危ないところでの助力、助かった。感謝する。」


「気にすんなよ。あんなならいくらでも相手してやるからよ。」


「「(ざ、ザコ・・・・)」」


 ワンス達一行、ワンスを除いた戦闘を行える四人で相手しても絶体絶命の窮地にまで追い込んだ相手をザコ呼ばわり。思いもよらない返しに何とも言えない表情を作る二人。


「・・・ん゛ん゛。さ、さて自己紹介といこうか。私の名は【ワンス】と言う。ソナタの名を聞かせてくれるか?」


「ワタシはたこ―――た、【タコツ】だ。うん。【タコツ】だ。」


「「??」」


 何かを誤魔化すかのような名前の紹介。頭をかしげるワンスとティアの介抱を女一人の力でもって必死にやるソニアナですら、そのおかしな自己紹介に首をかしげた。


「名前は【タコツ】。ワタシは―――た、旅をしていて、な?」


 またしても不可解な紹介。何故か自分の事のハズにも関わらず疑問系のイントネーションであり、歯切れも悪い。


「・・・・(まぁ、良いか?)ではタコツ嬢。今回の件、是非ともお礼をしたい。のだが――――如何せん我々も先行きが身と失せずにいる。そこで、どうだろうか?我々に協力してくれないだろうか?」


「カハッ。止してくれよ。タコツで良いよ。『嬢』なんて付けらたら・・・・ほら。蕁麻疹出ちまったよ!

 んで、協力、か。それは別に構わねぇけどよ?具体的にはどうしていく予定で、ワタシにどうしてほしいんだい?」


 ワンスが付けた敬称はタコツにとっては居心地が悪いものだったらしく、本当に蕁麻疹が出ていることをワンスへと見せ、笑い飛ばす。

 そうして、自分への敬称を取り下げる事を願い、次に協力していく話へと話題を切り替えていった。


 ワンスが目指す、と言うよりも単純に、自然に思い描いていたのはゲームの【戦乱魔界】での風景。ストーリーが進み仲間が増え、拠点を広げていく。


 そうと、そうと自然に、思っている。


「わかった。では、タコツ。

 我々の仲間となり、我々を守ってはくれないか?その気があるのなら他の手伝いも頼みたいが、それは断ってくれても構わん。今、私が今最も欲するのは『力』だ。」


 ワンスが考えていた、思っていたのは『まだストーリー序盤』だと言うことだった。ストーリーが序盤であると言うことは絶対的な脅威となりえる敵は現れない。

 しかし、それは【イエティ】の登場で綻びが、とどめに【カーディス】の登場で完全に破綻した。


 ゲームのようにご親切にも徐々にプレイヤーの都合に合わせて敵が強くなっていくわけではない。強敵であるにも関わらず、『親切』で弱体化等はしない。

 敵は敵。

 強敵は強敵。


 プレイヤーの、ワンスの都合など知ったことではない。配慮などありはしない。


 それを理解した。故に求める。


 安全を成す為の力を。


「良いぜ?あんたらを守ってやる。

 ま、ワタシは頭の出来がわりぃから他の手伝いは出来ねぇと思うけどよ?出来るんならやるぜ?」


「それは助かる。では、これからよろしく頼む。」


「おうよ!任しときな!!」

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