第17話「見知った顔」
目の前に映るその顔は、どことなく見知った顔で、その表情はどこか怒りをあらわにしているような——そんな硬い表情に見えた。
俺は、その表情を見るや否や、固唾を飲んで固まった。
拳には、いつの間にか力が入っていた——。
★ ☆ ☆
目の前に現れたその人は、俺が初日にお世話になったヴァイオレット試験官だ。しかし、今は訳の分からないことを俺に押し付けてきている。
不正とはなんだ。俺は普通に他の奴らから石を回収してここにいるというのに——。
「——な、何のことですかッ! 俺は普通に……」
「問答無用」
ヴァイオレットは、俺の話に耳を傾けようとはしない。
そして、反論の余地を与えないまま、彼女は俺の肩に触れた。
「少し期待をしていたのに——残念だ——」
そう言うと、彼女は魔導書を開いた——。
……ピピ
…………ピピピ……
その時だ。彼女が装着していたインカムが、何かを拾った。
ヴァイオレットは、小さく舌打ちをし、「ったく誰だよ」とこぼして片耳に手を当てた。
「……はい、こちらヴァイオレット——」
「——彼を通しなさい」
「————ッ!」
一瞬、ヴァイオレットの表情がこわばった。
そして、ふと我に返る。
「——で、ですが……彼の魔晶石には私の——」
「通しなさい」
「————かしこまりました……」
ヴァイオレットは、片耳に当てた手を下ろし、こちらを見つめてきた。どうやら、会話話終わったらしい。——それと、なんだか表情が怖い。
ヴァイオレットは俺を睨みながら、何かを考えるようなそぶりを見せ、その後ため息をつき再び俺の肩に触れた。
「——貴様は……一次試験通過だ……」
「——……え? でもさっきはダメだって……」
「……えーい、もっと喜ばんか! そんなもん私にもわからないさっ! ——けどな、『上』の指示だから仕方がない」
「『上』?」
「——もういい、さっさと飛ぶぞ」
そう言うと、彼女は『転送:頂上』と唱えた。終始、俺の頭の上には「?」が浮かび続けていたが、結局「どういうこと——」と言う言葉を置き去りにして、俺はそのまま消えた——。
ヴァイオレットは、一人考えていた。
あの少年を転送してから、あの少年が持ち込んだ石についての違和感がぬぐえなかったからだ。
彼女は、自らが設置した台座に触れ、何かを唱えた。すると台座は輝きはじめ、そこには試験で使われたであろう魔晶石が二つ現れた。彼女はその一つを手に取ると、指もとで回しながらよく観察した。
「——やはり、見た目は間違いないが、この石からは私の
ヴァイオレットは、再びそれを台座に置くと、深く考え込むのであった——。
★ ★ ☆
瞬きをしていた瞬間だった。目を開くと、その景色は、先ほどまでの薄暗い空間からは一転した、日の光が直接見える場所だった。ここ数日間、森の木々に阻まれて日を直接浴びることがなかったからか、この一瞬が異常にまぶしく感じ、まるで部屋に引きこもって数年の者が久しぶりに太陽の下に出たかのような、そんな不快感を味わった。
ただ、これは一瞬に過ぎず、背後から彼の声が聞こえた途端、俺の心は晴れ晴れとした。
先に来ていたファルコだ。
ファルコは、俺の顔を見るなり、何やらニコニコしていた。
「二人とも通過できてよかったね」
ファルコはそう言うと、満面の笑みを浮かべながら拳を突き出してきた。なので俺も、その拳に合わせて拳を突き出した。
——本当に、本当に通過できてよかった。
辺りを見渡した感じ、どうやらここは神殿の頂上みたいだ。空が直接見えるような開放的な場所、そこからは先ほどまで走り回っていたであろう森が緑みどりしていた。それに対し先ほどまでと同じような、白っぽいような灰色っぽいような石造りのオブジェやら壁やらがいい味出している。——ただ、視界に入るあの高く白い壁が、この景色の味を台無しにしていた——。
そして、中央に向かってもう少し高い位置から水が流れ、滝のようになっている。それが神殿内部に流れ込んで——その先は見えなかった。
それと、俺の足元。
この空間のちょうど真ん中に位置するここ。円形の魔法陣っぽいような見た目だが——多分これは「転移門」だ。ただ、インクのようなもので描かれたのか、艶があり、恐らく描かれてから日が浅い。それに、さっきの「頂上」ってのも安直なネーミングすぎるし、おそらくこれは即席の「転移門」か。
また、見た感じ通過した受験生の数は俺らを含め7人——。その中に、俺たちが見たあの黒いフードの人物はいなかった。
50人のうち、この試験の内容なら最大25人通過できるはずなのに7人しかいないって言うのもおかしな話だ。あと、ファルコもここに来てすぐにあの黒いフードを探したみたいだが、一切見当たらなかったらしい——。
俺たちは、互いが通過できたという喜びと、俺の中だけの話だがポールたちは通過できたのかと言う心配と、あの黒フードの人物への不信感が心の中でぐるぐるしながら、ついにその時が訪れた。
ゴーーーン————!!!!
それは、始まりと同じ大きな鐘の音だった。
神殿のど真ん中にくっついていた金色の……この場所から鳴り響いていたのか、と、俺はその時納得した。
そして、それと同時に、さっき「転移門」のあった場所の上空に巨大なホログラムのようなスクリーンが現れ、そこにはヴァイオレットの顔が映し出されていた。
——こいつはすごい、ぐるぐる歩き回ってそれを見ていたが、そこに映るヴァイオレットとは常に目が合った。移動した人に合わせ、スクリーンの映像が回って見えるようになっているんだ。おそらく、これは誰の目からもそう見えるんだと思う。最近の技術は進歩しているな——。
そんなことを思っていると、
「——それでは、えー……」
ヴァイオレットが口を開いた。
「……まーとりあえず、第一試験、お疲れさん。——それと、通過おめでとう——」
ヴァイオレットは頭をポリポリとかきながら、半目を開けた状態で言った。しかし、その一言は、俺たちの心に「本当に通過したんだ」と言う実感と安らぎを与えた。
「あ、それと、貴様らの中にはもうすでに気付いている奴もいるかもしれないが、
俺は言われた通り
——確かに消えている。ファルコの名前しかない。
あの試験官、やっぱりちゃっかりしているな——
まあともあれ、今、本当の意味でこの長いようで短かった五日間は、幕を閉じたんだ——。
安堵し、一息ついていると、
「——さて、早速だが次の試験の概要を——」
やれやれ、すぐに現実に引き戻そうとしてくる。
少しくらい休む時間をくれよ——。
そう思った最中の出来事だ——。
ズゴオオオオオオオオオンンンンンン————ッ!!!!
バサバサバサ————ッ!!!!
——————ッ!?
巨大な壁を挟んだ向こう側から、巨大な爆発音が響き渡った。同時に、強烈な振動で足元を奪われ、見上げるとそちらの方から黒煙がモクモクと昇っていた。
いったい、一体何が起きたというのだ————
スクリーンにノイズが入る。
揺れによって神殿の一部が倒壊し、足場が不安定となる。俺たちは、膝をついてその状況を見届けるしかなかった。
きゃぁぁぁぁああああ————ッ!!!!
壁の向こうから、誰かの悲鳴が——クソ、一体何が起きているんだ、本当に。俺は、考える余裕すらなかった。だが、緊急事態だということは、少なからず理解ができた。
「……おいクロム……大丈夫か……」
そばにいたファルコが声をかけた。彼もまた、満身創痍のようだ。仕方がない。この状況なら誰だってそうだろう。試験官も顔を出す気配がないし、これは試験の一環なのでは、と言う謎の予想まで浮かんだが、おそらくそれもなさそうだ。
一環で神殿を破壊するなんて、たまったもんじゃない。
————あれは、なんだ。
それは真っ黒で、そしてそれは、一瞬目を離したすきに、俺の視界から消え、そしてまた現れた。
それは徐々に近づいてきているように見え、そしてそれがまたしても消えたかと思ったら、俺ら以外の回りの受験生たちが、黒い光となって——
「……? どうした? クロ——」
キョロキョロしていた俺が気になったのだろう。ファルコが俺に声をかけた。しかし、その声は途中で途切れる結果となった——
「——ク——ロム—————?」
間違いない、やつは先ほどすれ違った、青い服を殺したかもしれない人物だ、——と思った時にはすでに遅かった。
ファルコは、俺の目の前で、真っ黒の粒子状の光となり、次第にボロボロになっていったのだ。
——そして、それらが全て天へと昇りきる頃、彼であった場所の後ろには、両手でナイフを突きつけた黒いフードの人物が「45……」という数字を口にしながら、その場にいた——。
頭が真っ白になった。
ファルコは、ファルコはどうなった——。まさか、あれで死んだというのか?
あんなにあっさりと?
そんな、そんなことって——。
俺は、目の前に広がる景色を飲み込めなかった。
ファルコ——そうファルコは——
黒いフードに刺されて——
「死んだ」のだ——
あっさりと、彼は塵となった。それは死を現実的とさせないような、ほんの一瞬で——俺は、その現実を受け入れられなかったのか、ファルコに対する悲しみか、黒いフードに対する怒りか——ただ唖然とするしかできなかった。
——しかし、そんな俺の状態などお構いなしに、その黒フードは俺に無言で突っ込んできた。
やばい、こいつのスピードはファルコ以上かもしれない——。そんなことを思う暇もなく、やつの刃は俺の体をかすめ——。
その時、再び胸元が黒く輝き始めた。
その輝きによって、やつは刃ごとはじかれた。どうやら、またしてもお守りが守ってくれたみたいだ。
そして、その勢いとともに、やつのフードがバサリとめくれた。
——それは見知った顔だった——。
★ ★ ★
目の前に映るその顔は、どことなく見知った顔で、その表情はどこか怒りをあらわにしているような——そんな硬い表情に見えた。
俺は、その表情を見るや否や、固唾を飲んで固まった。
拳には、いつの間にか力が入っていた——。
この顔は——この顔はいつも俺が鏡を見た時に見る顔だ。なんで、どうして——俺と「全く同じ顔」のやつが——こんなところに——。
やつの顔は、俺と全く同じだった。
——いや、少し違う。やつの瞳には憎悪がこもり、そして常に険しい顔、さらには髪が真っ黒で、構成するパーツは同じだがどことなく「雰囲気」が違う。
なぜ、俺と同じ顔の人間がいるのか。そいつがなぜ、人を殺しているのか。また、なぜここに現れたのか——。
俺の中で、ファルコの死と、混沌とする現状は、さすがに整理できなかった。
だが、そんなことはお構いなしに、俺の顔をした男は、俺を睨みつけ、歯をむき出しにして襲い掛かる。それに対し、俺は武器を構えて応戦するしかなかった。
武器同士がぶつかり合い、火花が散る。力は互いに同じ——いや、俺はお守りに守られているから、やつの方が強いと思うが、それでも現状は、互いが拮抗する形となっていた。
なぜだろう、ファルコを殺されたという怒りがこみあげてきてもおかしくない状況なのに、それがほとんど感じられなかった。それから、やつの発する「俺はお前を許さない。絶対に」と言う言葉が耳から離れない。
俺は「お前は誰だ。何者なんだよ」と問いただすが、一向にその返事はかえってこないまま、お互いが力で押しあい吹っ飛んだ。
そこから起き上がり、やつの方を見ると、やつは無性にもがき苦しんでいた。そして、再び神殿前で感じた、あの感覚に陥る。奴はうめき声をあげて、片腕を抑えながら頭を上下に揺らしている。俺はその狂気ともいえる光景に飲み込まれそうになりながらも、必死で自我を保っていた。
——その時だった。ヴァイオレット含む複数人の試験官たちが、この場所に現れたのは。
「アクセスを遮断するとは……貴様ら——
おかげで、自力で登るはめになっただろうが」
どうやら、転移できなかったみたいだ。
でも、来てくれて助かった——。
それとほぼ同じくらいか、少しあと。
またしても巨大な爆発音と地揺れ、それから今度は空から光る矢が大量に降り注ぎ、それは爆発と炎を生んで俺たちを囲んだ。
試験官たちは「小癪な真似を」と、その炎を払いながら進んできている。しかし、その炎に包み隠されるかのようにして、俺とそっくりの男は片膝をついて、相変らず睨んでいた。
ふと、一瞬。
一切の音を許さないそれは、俺が目線をその男から離さなかったからこそ認識できたとしか思えないような身のこなしで、ふわりとその男の横に降り立った。
空中から矢とともに降ってきたそれは、足音が一切聞こえない、巨大な弓を背負った、彼と同じ黒フードだった。顔ははっきりとはわからなかったが、色は白く、とても小柄に見えた。
その人物が、俺と同じ顔の男に、
「——ハーツ《・・・》さん、ここは一旦引きましょう」
と言ったのが聞こえた。
そして男は俯き、拳を地面に叩きつけ、
「……出てこいや……クソババア——ッ!!」
急に叫んだのでびっくりした。
誰だよ「クソババア」って。
その人物はそのまま、ハーツと呼ばれる人物の肩を担ぐと、一瞬にして飛び去った。
その時の俺の「待てッ!」と言う声も空しく、そして目の前の炎は消え去り、消滅した者たちの衣服だけが残され、まるで初めから何もなかったかのような景色を見せていた。
こちらへと近づいてくるヴァイオレットの姿を見て安心したのか、疲れ切ってしまったのか、そこで意識を失った——
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これにて第一章完結です!
ここまでお読みいただきありがとうございます!
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