ショートストーリー

鷹山勇次

使用期限

カッカッカッカ


ざわめきが点在する静かな廊下に靴音が響いた。


2週間の企業研修、2週間目の水曜日の研修が終り


廊下に人があふれ始めていた。


靴音が誰のものなのか気付いた僕は、


振り返ることもなくわずかに歩調を緩めた。


小走りに、だけど落ち着いた様子で近づいてくる靴音。


僕の右側、斜め後ろで、カカッ!とブレーキがかかる


振り返ると、はにかんだような笑顔を見せる君がいた。


話しかけてくる。


内容が感じられない話は、話を聞いてほしいのではなく、


ただ 「話がしたい。」 という君の心が透けて見えているようだった。


他の研修生と比べて頭一つ抜き出していた僕たちは、


何かにつけて言葉を交わした。


お互いにライバルであり、仲間だった。


そしていつの間にかお互いの心に入り込んだ淡い恋心が、


春の日差しのように、ただ心を温めていた。


普段は女性と縁がない生活を送り


恋愛に臆病な僕が、こんな花のつぼみを見つけたのはいつ以来だろう。


気まぐれな春の風に耐え切れず、開くことなく落ちた桜の花ように


つぼみのまま散っていく思いを、ただ抱きしめていた。


研修が終わり、君との接点が無くなった。


つぼみは、ただの思い出になって、心のアルバムの君の写真のそばに添えられた。


「もし」そんな言葉は考えない。


あの花を咲かせる勇気という肥料の使用期限は、あの時だったのだから。


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ショートストーリー 鷹山勇次 @yuji_T

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