第弐拾伍話 終わらない世界

 三連休、初日。

 前日にすももを購入し、ジャムを錬成した。

 ホットクックは日常的に使用しているが(主にカレーと温泉卵、料理するのはほぼ週末のみなので週末的にか。週末と終末は同音異語だけれど、いつか指し示す〝時〟が重なる瞬間が来るかもしれない、などと思うのは某サイト主催の通称『さなコン2』に参加している影響かも)、とっくり向き合ったのは久しぶりである。

 いや、ホットクックは〝ほっとくクック〟を標榜しているのであり、向き合うのはおかしいのだけれど、その辺は過去二十数話でさんざ語ってきたので割愛。


 すももは週中から目をつけてあった。帰路にあるスーパーにて、一パック五百円で並んでいた長野県産のプラムを使用。

 ジャムにするにはいささか見目良すぎる真っ赤な可愛い六人娘。でもまあ、ちょっと、いたぶりたい……もとい煮込みたい気持ちになったのである。


 諸事情から早起きの土曜、台所に立つ。

 すももは水洗いして、水を切る。

 臀部によく似た割れ目をナイフで辿る。すこし押すと刃は抵抗なく沈み、表皮の赤とは対照的な黄色い果肉があらわれる。種を中心にくるり刃を回し、十字を描くようにもう一周刃を回し入れる。が、実が柔すぎて白桃のように種と果肉を捻り離せない。諦めて大雑把に果肉を切ってホットクックの内鍋に入れ、最後に残った果肉を種からそぎ落とす。透明な果汁がぽたぽた滴り、水気の多さを物語る。

 種を除いて内鍋に入れた果肉の重量の半分の砂糖をまぶし入れる。今回、果肉は約500g、砂糖は250g、ポッカレモンを大匙1。

 そうして一、二時間ほど水分が出るまで放置。その間、所用を済ませに出掛ける。


 仕上がりの総量がどれほどになるか目算がつかないけれど、まあこんなものかと適当な瓶を二つ煮沸消毒する。これは『第八話 アマナツ、翌日』とは違い、ガスコンロを使用する。この一年、ホットクックを使ってきて学んだことの一つに〝無理してホットクックを使わない〟がある。


 所用を済ませて戻ると、すももからはたっぷり水分が出ており、溶けた砂糖と混ざり合いつやつやと照り光っていた。このままでも美味しそうだけれど、蓋を占めて設定オン。

 さて、ホットクックにはジャム錬成術式プログラムがあるが、今回は無視。ネットで検索したレシピでは三十分煮るとあったので、とりま煮物機能でニ十分。

 十五分ほどして甘酸っぱい匂いが立ち昇り始める。

 蓋を開ければ、皮の赤味が全体になじみ、透き通るルビー色がなんとも美しい。

 さてここから煮詰める機能に切り替え、蓋を開けたまま煮込む。白いあぶくのようなアクが出てきたら掬い出す。

 くつくつ啼くホットクックをひたすら覗き込み、アク取りをして、たまにリビングに目をやる。

 

 くつくつ、くつくつ、くつくつ、くつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつくつ……


 つまるところ、ジャムづくりに取り掛かったのにはそれなりな理由があった。

 虚無な、ドモホルンリンクル的な時を過ごすわけが(果たしてこれはドモホルンリンクルに対して失礼なのか、ジャム屋さんに失礼なのか。ドモホルンリンクルの意味がわからないお若い方は「ドモホルンリンクル CM 一滴一滴」でググれたし(ラ行下二段活用))。


 前話『第弐拾四話 最後の惨事』を書いてから五か月。なんかこう、色々だった。

 某賞の最終選考に残り、調子に乗って書斎を作ろうと亡母の部屋の遺品整理をして日記見つけて数ページぱらぱらして胃もたれしてまた奥深く仕舞い込み、ゲーミングチェアの組み立てに心が折れかけ、結局最終選考は落ちて、初夏には書き終えているはずの長編がまだ手元にあり、いただいたコメントにコメント返していない駄目人間で、仕事では恒常的に某感染症に振り回されてばたばた(幸か不幸か異常に手際良くなっている)、仕事続けるには某資格がないと居づらいなと某通信講座を申し込んだものの手付かずで毎週のように送られてくる「学習は順調に進んでいますか?」メールに苛まれ、勤務時間外に明日回収日じゃんと山なすダンボールを畳んでいたら両腕真っ赤アレルギー反応が出てもう嫌、そんなこんなで世間では銃撃事件があり、これでフラットな選挙は望めないと衝撃を受け、参院選は予想通り与党が大勝、かと思ったら政治と宗教という思いもよらぬ展開、そしてつい先日ポメラの液晶が壊れ(三代目)、体調低空飛行だった老描がほぼ視力を失った。

 

 緑内障である。

 元々、老描は腎臓と肝臓が悪く、週2で動物病院に通っていた。だが、緑内障はノーマークで、あっという間だった。ジャムの煮る前の所用とは土曜朝一の動物病院である。

 病についての詳細は各々調べられたし。程度に差はあるらしく、いきなり両目が見えなくなるのはまれらしいが。

 食欲減退していた老描にモンプチ買ってきて、おっしゃあ、喰いついたから今日がモンプチ記念日とTwitterではしゃいだ翌日。一気に老猫の視力は悪化していた。


 だからジャムを煮た。くつくつする時間が必要だったから。私自身に。


 冷えるとペクチンの作用で固まるので、ジャムというよりソースという時点で熱いうちに瓶詰にする。まるきり宝石、ルビー色だ。お味は子どもの頃舐めた大粒すももキャンディと同じく酸っぱく甘かった。


 ……と、今回のエッセイ、途中まで書いて、けれど書き続けるのかがつらくなってお蔵にしようと思っていた。

 老描がほとんど視えていないとわかった時点で、兄は古いスマホを使い見守りカメラを設置、私は各所の段差をクッションなどで埋め、マットレスも新調した。

 老描が主にいるリビングの危険を減らすよう家具の配置替えを検討したが、視えていた時と変わると混乱する恐れがあるため、必要最小限に。あとは見守り、たまに誘導した。

 世間と隔絶された空間で、身内の病(もちろん猫含む)と向き合うのは、独特な心細さがある。とある漫画で小舟に揺られているようなという描写があったが、まさしくだった。

 トイレはなんとか自力で行ける、二日目から水場も理解、そして今日、階段を上がる……


 ……え、あれ、上れるの、え、下りるまでしちゃう?


 ここ数日、従来の体調不良に加え、下痢(急に高級食品モンプチを出した人間のせい、モンプチは悪くない)をしており、ほとんど寝床にいたけれど、少しずつ回復しているような。目つきがしっかりしている。瞳孔が開き切ってない。久しぶりに晴れたから? いやいや、この手の好調不調には、さんざ騙されている。でも……


 個人的に「止まない雨はない」という言葉は好かない。また雨降るじゃん、と言い返すひねくれた性質である。

 でも、今日の晴れ間は、今この瞬間の私を助けてくれた。少なくとも、エッセイを書き切り、たまった洗濯物を洗い(下痢で汚れた猫ベット含む)、干しながらベランダまで自力でやってきてくれた老描とひと時を過ごせた。


 しかし、階段を上り下りできるということは足を踏み外す可能性あるな、柵を設置すべきか、アレルギー(私の)回避のため掃除機も新調しなくちゃ、若猫の機嫌もとらねば、やること山積み。

 かよう、世界は終わらず忙しい。きっと多分、しばらくジャムは作っていられない。


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