第弐拾四話 最後の惨事


 イヤフォンを通しても両肩を跳ねさせる爆音に振り返った。

 令和4年2月6日午前11時30分。

 ──坂水家一階キッチン、爆発。

 



 月末月初の締めからの某新型ウイルス感染症の対応により、疲弊しきった如月第一週の週末。

 土曜はだらだら半分寝て過ごし、日曜にのそのそ動き出し、ちょっとホットクックろうとして、惨事は起きた。


 話は少し遡る。前話からというものの、私はアップサイドダウンケーキに執着していた。

 ポメラ内蔵ジーニアス英和辞典によると『upside-down cake アプサイドダウン=ケーキ《薄切りの果物を下にして焼き, 食べる時は果物の部分を上にして出す》.』とのこと。つまりは〝upside-down(逆さま)にするケーキ。果物の断面美しく、クッキングシートを敷けばそこそこ上手くできる。

 りんご、パイナップル、国産いよかんときて、さあ~て次の素材は。台所にはバナナがぶら下がっており、ぶら下がっているバナナを使わない手はない(ところで私はぶら下がったバナナを見ると笑ってしまう悪癖がある。なんかこう笑ってしまうのである)。

 今回はあることを心に決めていた。砂糖、バター、全てレシピ通りの分量で錬成しようと。

 先日、白菜のクリーム煮をホットクックにて錬成した。具材は白菜、人参、ハム。その他は、バター、牛乳、コンソメ、小麦粉のみ。生クリーム使用せずだったが、思いのほか上等な味がした。最後に入れたレシピ通りの分量のバターがいい仕事をしてくれて、チーズのようなコクが出たのだ。

 前話のコメントでもお言葉いただいていたが、やはりバター大事、レシピ大事。いや、ホットクックのメニュー集にはたまに裏切られるけど。


 レシピ通りの分量で錬成しようという気持ちは、落ち込んでいたことも作用したかもしれない。

 感染症の対応で、それにより仕事の段取りが大幅に変わったのだが、己の役割がわからなくなってしまった。

 やらねばならないことの道筋は見えているけれど、出張るべきか、大人しくしているべきか。結局、しゃしゃってしまったが、下手を打ったと後悔している。来年、平穏無事にオシゴト続けられるかな~と不安になってしまった。辞める気はないけれど、少ししんどい。仕事に注力してこなかったツケが回ってきたかもしれない。


 そんなこんなで。


 落ちた時は、美味しいものを摂取するに限る。バターや砂糖をドバドバいれて、ドーパミンやらセロトニンやらオキシトシンやら幸せホルモンをダバダバ放出するのだ(〝幸せホルモン〟というと急にうさん臭くなるような)。


 さて、バナナのアップサイドダウンケーキだ。

 手順としては、

 一、カラメルソース錬成、クッキングペーパーを敷いた内鍋の底に流す。

 二、カラメルの上にバナナを並べる。

 三、カラメルとバナナの上に生地を流す。あとはホットクック〈ケーキを焼く〉モードで50分ピ。


 世には製菓用のカラメルタブレットなる便利な代物があるそうだが、今回は地道に作る。

 耐熱ボウルに砂糖50g、大匙一杯の水を入れてよく練り合わせ、レンジに入れて二分、混ぜてからもう一分。お、黄金色づいてきたな、ここでお湯を大匙一入れて、焦げを止める。レンジの扉を開けて、お湯お湯と流しに向かったその時。


 

 ──爆発音。



 イヤフォンを装着していたので、幾分、音は防がれた。一瞬呆けた後に振り返れば、半開きのレンジ扉から覗く、砕けたガラスと琥珀のカラメル。きらきらきらきら光り輝き、焦がし砂糖の甘い芳香が漂う。

 


 ・・・・・・ま、まじかー。

 


 片付けは難航した。

 カラメルは冷えると固まる。砕けたガラスを抱き込んだまま。

 熱湯をかけ、度々レンジで加熱してカラメルを溶かしながら、手袋を装着して拾い上げる。ガラス片が飴化した黄金色の糸を引く。固まってとれないものは、トングでコンコン発掘する。自宅の台所で発掘作業とはかなりシュールだ。

 興味津々の若猫を追い返しつつ、キッチン中に掃除機をかけて、結局、後始末に一時間ほど要した。


 耐熱ボウルが急激な温度変化に耐え切れなかったのだろう。そも、耐熱ボウルの上限温度を確認していなかった。カラメルの温度は165度以上にもなる。ボウルは古いものなので小さな傷や罅もあったかもしれない。うん、まあ、ひたすら私が悪い。

 床にも多少のガラスとカラメルが散らばっていたが、レンジの扉を全開にしていなかったせいか、怪我はなかった。なにより、キッチンに猫がいなかったのは不幸中の奇跡だった。彼らに怪我をさせたらと思うとぞっとする。


 ……レンジ、惨事、猫案じ。


 後始末中、そんなフレーズを呟いて、ふふ、と笑ってみるが、内心、心臓ばっくばくである。いや、もう、二度とレンジでカラメルつくんないんだから。

 さすがにこの日は再チャレンジする気になれず、兄が食事当番だったこともあり、早々にキッチンから離脱した。

 第弐拾四話して、初の錬成ならず。いや、まじかー。しかもホットクック出てきてないし。

 バナナのサイドアップダウンケーキは数日の時を経て本日(令和4年2月11日)錬成。もちろんカラメルソースは小鍋で作った。あのレンジ爆発が、最後の惨事ファイナルインパクトとなるように。

 いや、もう、ぜったい、やんない。

 

久々に近況ノートを使用。

↓画像とともにお楽しみください★

https://kakuyomu.jp/users/sakamizu/news/16816927860679494046


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る