第拾八話 卵の確認を 


 「大きいことはいいことだ」とはしばしば耳にするが、元々は昭和のチョコレートCMのキャッチコピーだそうだ。ふと気になって検索したらモノクロ動画に行き当たった。

 大きいことはいいことだ。もちろん、同意だ。


 幼少時代、児童書『おひめさまがっこうへいく』で登場したみずうみゼリーに憧れた。

 漫画『3月のライオン』の記念ペーパーで、鋳物のグリルパンで巨大ハンバーグの錬成を夢見ていたあかりさんの気持ち、よく理解わかる。

 もう十ン年前、とある短編で銅賞をもらった時、友人らが贈ってれたバケツプリンには感激させられた(その後に中華料理のオーダーバイキングを予約しており、食が進まず微妙な空気となった)。

 もちろん、王さまのぞうのたまごのたまごやきのたまご捜索にも参加したことだろう(ところで、寺村輝夫氏の王さまの一人称は〝わし〟推奨派である。私が幼少のみぎり図書室で借りた時は〝わし〟であり、〝ぼく〟ではなかった。チョモチョモ再読したいが、多分〝ぼく〟なのだろうな、悩ましい・・・・・・)。 



 人は大きいことに憧れ、大きいことを追い求め、大きいことに溺れる。耽溺となるか、溺死となるか、わからねど。



 さて、十月のとある日曜、私は焦っていた。九月中に終わらせる予定だった中編(宣伝:『絢爛たる花束を錦秋の良き日、君』)が全然終わっていなかったのである。なので、夕飯を錬成するのが非常にかったるかった。

 奇しくも、その日は珍しく全員が揃う。もう少し季節が進んでいれば鍋で即決なのだが、まだ暑い。

 我が家は大人三人、なかなか全員が揃わない。食事は当番制、錬成したらあとは各々勝手に食べるというスタイルである。

 家族で食卓を囲むという形式は尊いが、大人になるとなかなかの呪いだ。作った食事を食卓に並べたところ、テレビに夢中で猫に魚をかっさらわれるという事案多発、猫に塩分厳禁、我怒髪天。

 そも、食べる気がない時に食事を出されたところで集中できないのは当然である。ので、セルフをスタンダードとした。

 しかし、全員揃うならば、やはり一気に片を付けるのが合理的ある。そして全員揃うからこそ挑戦できる料理もある。


 やってみるか──あれ。材料はすべて揃っている。


 というわけで、巨大茶碗蒸しである。掬って食べる、あつあつの。

 基本的なレシピは『第拾六話 すの入る卵、そして』の通り。卵とだし汁1:3、自動調理メニューではなく湯煎とする。

 器は直径二十センチほどのガラスボウル、もちろん、ホットクックに入るかどうか事前に確認しておく。ぬかりなし。

 趣向を変え、今回は中華風あんかけ茶碗蒸しとする。卵四個に、だし汁に代えて鶏ガラスープ。もちろん、巨大な分、蒸し時間も長くなければならない。この間は八十五度の湯煎を十二分とした。まあ、今回は・・・・・・その倍。いや、念を入れてもうちょっと。念には念を入れて四十五分で設定する。長過ぎる気もするけれど、ホットクックは温度調節できるのが強み、はできまい。

 中華あん、イカとキャベツの炒め物、浅漬け、お味噌汁の錬成、猫のトイレ掃除、ご飯、水替え、後片付けとあれこれしていれば四十五分は瞬く間。

 

 さて、オープン・ザ・ホットクック~~~!


 ふんわり蒸気、まろやかな象牙色の艶やかな表面、一面に浮き上がったカマボコ・干し椎茸、枝豆の具の模様も楽しい、これはまごうことなき・・・・・・・・・・・・卵液!


 まったく固まっていない。


 猫のご飯は完了、おかずは完成、白米は炊き立て、でも卵が固まっていない。

 私は理不尽に呆然とした。これだけお膳立てされているのに、卵が固まっていないなんて。えのきと万能ネギを入れた、とろっとろ、あっつあつあん・・も小鍋でぷっくぷく煮立っているのに?

 慌てて蓋を閉めて、延長ボタンを押した。熱気を逃がしてはいけない。取り敢えず二十分。食事していればデザートのタイミングで出せるかもしれない。そうそう、しょっぱいプリン的な。

 内心の動揺を押さえ込み、家人を収集し、夕餉とする。

 なんか(品数)少なくない? との言葉に「今、蒸(湯煎)しているので」と返す。

 二十分後、うすうすの予想通り、卵液は依然として卵液であった。気になって途中で何回も蓋を開けたのもよくなかったろうが、開けなかったとしてもせいぜい卵粘液の状態だったろう。

 しようがなしに延長加熱。


 私はふてくされた。後片付けを兄に託し、風呂に入って寝た。バベルの塔は崩れ、巨大な茶碗蒸しは夕食に間に合わない。大きいものはかくも困難だった。


 平日の朝は六時四十五分には家を出る。

 茶碗蒸しに構っている時間は無く、職場に着いたあたりで朝がゆっくりの兄からLINEにて「できてる。味はいいよ」というメッセージと写真が入ってきた。小器に盛られ、あんをかけられた茶碗蒸しは、形状は崩れているが、薄黄色と琥珀色に浮かぶ万能ねぎの緑が鮮やかでなかなかに美味しそうだった。

 帰宅して温め直した茶碗蒸しは、なるほど優しい味わいで、完成したという事実以上に感慨深いものがあった。


 次の週末、私が巨大茶碗蒸しに再チャレンジしたことは言うまでも無い。全員揃わない日だったが、そんなのかんけいねえ! という勢い(我儘)で錬成した。

 湯煎時間を数時間とし、また卵:だし汁の割合を1:3から1:2.5ぐらいに調整して無事に完成。だが、二週連続で作ったため、私に飽き・・がきて何時間湯煎したのか、正確な時間を覚えていない。あやふやレシピである。あんの味も前回とちょっと違う気がする。毎度、適当に調味料を入れるので一期一会の味わいなのだ。


 多少の違いはあるが、まあまあ二度目の茶碗蒸しはイイカンジにできた。口当たり良く、優しい味わいで、栄養価のある一品である。身体の調子の悪い時にも食べれそうな。

 家人を看病をしていた時期がある。食欲の衰えいちじるしく、彼女の食に一喜一憂していた。もしかしたらこれなら食べられたかなあ、と秋の夜に物思う。


追記:先ほど冷蔵庫を覗いたら、兄が大きなプリンを錬成していた。なめらか卵に、たっぷりカラメルソースで美味。ホットクック湯煎で八十度で一時間、八十五度でもう一時間だそうだ。私のあやふやレシピよりよほど信頼に足る。くそう。

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