600段の石段で

俺達は高章寺へ向けて歩みだした。


「あっ?日光堂のお饅頭、美味しそう。」


オイオイまだ、石段を一段も上がってないんだぞ。六百段はある石段を俺達は上がって行かなきゃいけないのに・・・

加奈のウルウルした瞳をみていたらついつい買ってしまった。

「食べるのは登り終わってからだからな!」

加奈はコクリと頷き受け取った。


お寺の参道入口は桜並木だった。

残念ながら今はすでに葉桜で、あと数週間はやかったら加奈に似合いそうなピンクの絨毯だったのに・・・

50m位の石畳を抜けると、どこまでも続く石段だ。

「ねえ〜加奈、体力大丈夫なの?」

「無理だと思ったらはやく言ってね。加奈くらいならおんぶしてあげられるから。」


「お姫様だっこは?」


「ムリ、絶対ムリ!はずかしいから・・・」


イタズラな春風が吹くたび、加奈の髪はパッと靡いた。

こんな加奈の姿を見られるのもあと・・・

いや今は石段を上がる事だけに集中しないと、息があがる。

背中には少しずつ関東平野が拡がる。

春は空が霞む事が多いが、今日は抜ける様な青空だ。

空の真ん中をチョークの線の様な飛行機雲ができてる。

暫くすると黒板消しで拭いた様に滲んできた。


「裕二とデート久々だね!」

「たとえ、これが地獄に向っていても裕二と一緒なら私、笑顔になれるよ!」


「俺も加奈と一緒で嬉しいよ!“いつまでも一緒にいたい”って思う事はきっと贅沢な事なんだね。」

「夕方ちかいし、山頂までもう少しだよ!」

「あと、この参道から三メートル逸れると中国の水墨画みたいな崖だから石段からはみ出し禁止だよ。」


「エッ?そうなの?周りは低い木が繁ってるし、全然わからなかった。」


高章寺の山門がようやく見えてきた。


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