Side P 21(Agui Moriyasu) 恐怖の未来
邨瀬から添付のWord文書の解読ができたということで、解読結果を送ってもらった。複雑な数式で邨瀬は何のことか分からないと言う。確かにほぼ数式のみで、どういうわけだか余計な文言は端折られている。数字、演算子、アルファベット、ギリシャ文字、最低限の日本語が並んでいるだけだ。そして、俺が普段扱う数式ともやや微妙に異なるような気がした。端的に言えば専門外である。
しかし、その計算式から類推ができないことはない。ケプラー方程式、ツィオルコフスキーの公式と思われる数式も見られる。前者は天体の軌道、後者はロケット推進に関する数式である。何かしらの人工衛星を惑星の軌道に乗せようとしているのか。
ところがよくよく見てみると、どうもそんな単純な話ではなさそうだ。ここに出てくる天体は、その移動速度、周期、直径から、惑星というよりは長周期彗星のような印象を受ける。そして、発射しようとしている人工衛星ないしロケットはそれに衝突させようとしているように見える。
何でこんなことをしているのか。彗星にロケットを衝突させることは通常しない。
そのとき不意に、俺がむかし観た映画が想起される。そして、未来の俺の切迫した状況……。
「これって、ひょっとして……」
急に嫌な予感がして俺は冷や汗が流れ始めた。だから、余計な日本語が書かれていなかったのか? これがもし本当なら……!?
そのとき邨瀬から再びメールが入った。急に受信音が鳴るものだから、俺は大袈裟に驚いてしまった。誰もいないから良かったが、街中とかだったら不審に思われることだろう。
『数式の意味分かったか? もし分かったら俺にも教えて欲しい』
正直、俺は困った。この嫌な予感を誰かに伝えて良いものか。未来の俺の言うとおりにして万事解決するのならば、黙っておいても問題ないだろう。未来の俺は大学生時代の俺がこの数式の意味を理解できないと踏んで送って来たかもしれないが、大学院、JAXAを経て、色々な宇宙に関する知識が研鑽されて、幸か不幸か複雑の数式の意味を察してしまった。いまさらながら、知らない方が良かった典型例である。
しかしながら、こんな大きな不安、俺ひとりで抱えきれる自信がなかった。未来を救う命運は俺に懸かっていて、絶対に成功させないといけない。こんな重責を背負いながら、今後の研究を進めていかないといけないというのか。荷が重いにもほどがある。
悩んだ結果、俺は邨瀬にこの事実を伝えることにした。とても俺ひとりでは抱えていられない。でも上司であっても時任先生であっても、軽々にこの不安を打ち明けるわけにはいかない。
申し訳ないが、気心の知れた、業務上支障のない友人代表として、また文字化けを解読した恩人として、打ち明けさせてもらう。
『分かった。でもちょっと電話で伝えるにも、居酒屋で伝えるにも、かと言ってメールで送るのもいろいろ辛い。できれば誰にも聞かれないところで話せないか』
我ながら、送ったメールに気持ちの動揺がみられる。すぐに返信は来たが、『どうした? 何かあったのか?』と、当然ながら心配を買うことになる。
舞理には悪いと思いながらも、また邨瀬に会った。
個室居酒屋を予約しようと思ったが、週末にさしかかっており予約はいっぱいだった。仕方なくカラオケを予約する。野郎2人で会って話すのに、わざわざカラオケを予約するのもどうかと思ったが、それだけナーバスな内容と思ったのだ。
「悪いな、こんなことに付き合わせて」俺は邨瀬に謝る。
「俺が知りたいと言ったんだ。そんなことより、何かえらい顔色悪いな? 目に
カラオケの壁に貼り付けられている鏡を見る。確かに俺はやつれているように見える。昨日はよく寝付けなかった。
「そうか」と言って頭を掻く。
「いまから伝えられる内容は良くない内容なのか?」
目の前の友人は察してくれた。
「ああ。正直、俺もこのことを伝えることにいまでも
「乗りかかった船だ。俺は大丈夫。覚悟はしてるし、ポアンカレくんがひとりで背負うことないだろう」
「ありがとう。他言無用でお願いします」
「承知したよ」
何だかお悩み相談みたいだが、随分違っていて苦笑いした。
俺は、改めて、数式から推理した内容をノートにまとめて、邨瀬に見せた。我ながら、鉛筆の殴り書きで読みにくい文字だ。
数式から何を導出しようとしているのか。それは意外にも単純で、長周期彗星に燃料を大量に積んだロケットを衝突させるというものだ。問題はその先である。
「わざわざこれを指定された未来に転送させる意味だ」俺は声を潜めた。
「どういうことだ……! あっ! ひょっとして!?」
「そうだ。たぶんロケットでこの彗星を衝突させて、破壊させる計画があった。でも、当時計算方法に誤りがあって、失敗した……。で、何で彗星を破壊しなければならないか。それはもう明白だ」
「まさか、地球に衝突……」
俺は声をさらに小さくした。
「ああ、俺もその可能性に辿りついた。そして、この彗星の半径、移動速度から導かれるエネルギーを計算したんだ」
「……」邨瀬は息を呑む。
「2060年、最悪の場合、この地球は消滅する可能性がある」
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