Side F 15(Fumine Hinokuchi) 映画監督

 数ヶ月前、宮本先輩が卒業して、空いた博士役に中学二年生の国武くにたけくんが抜擢されたものの、その演技には物足りなさを感じた。

 宮本先輩の演技は、実は観る者を魅了する程素晴らしかった。整った顔立ちも手伝って今村さんと肩を並べるほど際立っていた。国武くんは、二年生で成績トップのようで、将来は横浜理科大学に入りたいとか言っていた。宇宙の研究者になりたいらしく、それゆえ、この宇宙を題材にした劇の出演を切望していた。でも、申し訳ないが見た目も演技力も宮本先輩より劣っていた。演技力が欠けているというわけではなく、前任が宮本先輩でなければ遜色そんしょくのない力を持っていると思うのだが、今村さんの今回の大会にかける情熱は半端なものではなく、事あるごとに厳しく当たっていた。


「こら! セリフから気持ちが伝わっていない!」

「『ヒパティア』と再会するシーンがこれじゃ台無しだよ! 降板させられたいか?」

「何で、閘さんや私みたいにできないの!?」


 今村さんのもともと気の強い性格に拍車がかかり、通常の精神力では間違いなく心が折れそうな手厳しいレクチャーに、泣きそうになりながら国武くんはついていった。いや、途中何度か代わって欲しいと申し出た様な気もするが、怖じけついて誰も名乗りを上げない。しかし、それでも今村さんの指導は要領を得ていて、確実に成長していた。


 そして、数ヶ月が経ち、ようやく今村さんからゴーサインが出たのは、大会出発の前日のことだった。



 全国大会の会場は神奈川県立青少年センターだ。両親が離婚する前に住んでいたところ比較的近いから、お父さんもこの近くにいるだろうか。熊本に引っ越してから会えていないので会いたいが、残念ながらあたしからコンタクトする手段はなかった。しかも、4歳か5歳になるかならないかで別れて、写真すら見せてもらっていないので、顔もろくに覚えていない。名前も教えてくれないので分からない。


 東京には飛行機で移動する。羽田空港から京急本線を使って品川を経由して横浜に移動する。品川のリニア中央新幹線の案内を横目で見ながら、科学の進歩の感慨に耽る。超伝導の技術を究極に昇華させれば、いつか光速に近い速度移動も実現できるのではないかと素人ながらそう思う。


 会場には全国津々浦々の中学が集まっていたが、あたしとしてはそこで勝負するよりも、檜舞台に立てることに喜びを感じていた。演劇を始めてから思うのは、役を演じることは、一時的に自分の殻を脱ぎ捨てることである。一応脚本どおりとは言え、日常生活において大声で泣いたり叫んだりすることは、中学生ではほとんどなくなっている。演劇ではそれができる。一種のカタルシス効果ではないかと思っている。


 そして、舞台の緞帳が上がる。『NEO・龍宮スイングバイ・ノスタルジア』の解禁お披露目だ。

 博士役の国武くにたけ護之もりゆき、女性研究員役の今村英玲奈、あたしが考えたタイムパラドックスの謎に迫る研究員役の園田千尋、アンドロイド『ヒパティア』を演じさせてもらっているあたし閘詞音、そして、その他の役者、裏方に回った他の部員たち、皆の想いが凝縮されていた。

 舞台上だが、確かにそこに研究所が見えて、そこに壮大で荘厳で孤独な宇宙が見えた。全員が全員、なりきっていた、もとい憑衣していたように見えた。

 最後の抱擁シーンでは、国武くんになぜか、懐かしさを感じた。本当に、長い間会えなかった、最愛の博士にやっと再会できた喜びとともに、故郷に帰ってきたような不思議な感情が生まれた。


 それが審査員たちに伝わったのだろうか。我が私立水前寺中学校演劇部は、全国大会での最優秀賞とともに、最優秀脚本賞、最優秀演出賞のほか、『ヒパティア』役のあたしには最優秀主演賞、女性研究員の今村さんには最優秀助演賞を受賞。賞という賞を総なめにした。


 演技を観に来てくれていた宮本先輩は、紛れもなくあたしに新たの可能性を与えてくれた。先輩には感謝しきれない。また、あたしに魔法をかけてくれた千尋ちゃん、最初は蔑みつつも、最終的にあたしとともに精進に励んでくれた今村さんにも、同じ気持ちだった。

 国武くんは、最初は心許なかったが、それでも今村さんの厳しい指導についてきて、最終的に大役を全うした。


 トロフィーを大事にしまって、熊本に帰ろうとしたとき、思わぬ観客から声がかかった。


「おめでとう! 閘さん」

「来てたんですか?」

 そこには宮本先輩がいた。宮本部長はさすがに来ないと聞いていた。高校は忙しいだろうし、わざわざOBという理由だけで、横浜まで来ないだろうと思っていたからだ。

 そして、なぜか隣に、帽子を被り口髭とあご髭を生やした、おしゃれな40〜50歳代と思しき男性が立っている。誰だろうか。

「あの、紹介したい人がいるんだ」宮本先輩は言うと、隣のその男性が少し前に出て手を差し出す。反射的にあたしも手を出して握手を交わす。

「はじめまして、宮本シロウと言います」

「え、先輩のお父さん!?」苗字が同じなので直感でそう思った。何で、お父さんを紹介するの。驚きを禁じ得なかった。しかし、驚きはこれで止まなかった。

「何で本名なの?」と、宮本先輩は宮本シロウと名乗る男性に言う。

「いや、驚かせちゃいけないと思ってね」

 何が何だかよく分からない。お父さんだとしても充分驚きなのだが。宮本シロウと名乗る男性は再び口を開く。

「あ、宮本俊哉の父です。でも、最近の子はやっぱり知らないよね」そう言いながら、名刺を出す。プラスチック製で半透明なマットタイプのオシャレなデザインの名刺だ。そこには『武蔵紫苑 SHION MUSASHI』と書かれている。

「『武蔵紫苑むさししおん』って分かりますか? 映画監督をやってます」

「えええ!?」

 言われてみて初めて分かった。この男性をテレビで観たことがあった。先輩のお父さんは映画監督だったのか、という驚きは、衝撃を倍増させた。何でそんな大物の息子が熊本に? そんな疑問を抱いたのが束の間、さらに追い打ちをかける。

「あなたの演技は、目をみはるほど素晴らしい。どうか、僕の映画に出てみませんか?」

 驚きのあまり、あたしは卒倒そっとうしてしまった。

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