Side P 14(Agui Moriyasu) 出会い
9ヶ月ほど経過して、ついに、ワームホールの存在を示した論文が科学雑誌『
「──にしても、もうちょっと早くアクセプトされると思ったのに、
時任先生はご不満のようだ。確かに、査読に時間がかかると、万が一他の研究者が似たような発見をしていて他方が先にアクセプトされてしまうということもあり得る。研究において最初の発見と2番目の発見では月と
しかし、何と言っても天文学、物理学全般において歴史的大発見。しかも、世界でも最も権威のある科学誌のうちの一つだ。その存在を認めるか認めないか慎重になるのは仕方がないだろう。時任先生は、ワームホールの入口と出口との時間差があることを証明するのに
素人が見たら暗号のような複雑な計算式を連ねている。加えて説明文は英語だ。大学で物理学を専攻している人にとっても難解だろう。
数日後、このことはニュースとなって
『タイムマシンが現実になる可能性発見』などと、嫌でも読者の興味を惹く見出しで話題沸騰だ。
重ねて、観測天文学の教授の
テレビスタジオに入るのは生まれて初めての経験で新鮮だったが、それ以上に「タイムマシンは実現しますか」という出演者からの質問に対して、「実現します」と豪語していたので、こんなこと言って大丈夫か、と内心ヒヤヒヤした。
「あとはポアンカレくん、君が未来から過去への情報通信技術を確立させるまでだ」
時任先生はそう言った。実はJAXAの協力で宇宙ヨットの開発が水面下で進んでいて、ワームホール出口まで飛ばして周遊させる計画がかなり現実的になってきている。
波多野さんの協力で、ワームホールを通過する可能性の高い電波の周波数を理論上導いた。ワームホールを通過してかつワームホールを破壊しない周波数を。おかげさまで俺の修士論文のテーマにもなっている。
「総務省の方はどうなんですか?」俺は敢えて聞いた。
「『情報倫理審議会』なるおカタ〜い会議で、偉い大先生方が議論し合ってたよ。僕もプレゼンターで出席したけど、
時任先生も充分偉い先生なのだろうが、興味の対象が研究で満たされている先生にとって、偉い先生に交じって堅苦しい話をすることは、極めてストレスの溜まる出来事だろう。加えてテーマが情報倫理だ。技術イノベーションを推し進めて可能性を拡げたい先生にとっては、水と油のごとく相容れない議題だ。
「で、どんな感じなんですか?」
「まだ模索段階なので、最終的な結論は技術が確立してからになるって話だけど、公益性の高い、つまり将来の災害とかテロとか新興・再興感染症の流行とか、あとは、殺人や児童虐待の被害者の救出とか、そういう情報に限っての情報通信に限定される見通しって噂だよ」
現実的な線だろう。どんな情報もやり取りが可能になってしまったら、ギャンブルもがん保険も破綻する。
総務省が情報を公益性の高いものに限定して過去に送ることができる方針を打ち出したのならば、未来の俺が送ったメールは一体何なのだろうか。あの最初に送られてきた映像も公益性が高いのか。そして、文字化け情報もそういった情報なのだろうか。
未だに謎が謎を呼んでいる。時任先生に言うとまたややこしくなりそうなのでそのままにしていたのだが、やはり俺は気になっていた。
実のところ、件の謎のメールについては、いまでもたまに俺のもとに届いていた。しかし、いずれもテキストデータのみで、すべて文字化けしてしまっているため、どう処理することもできず放置していた。もちろん内容が気にならないわけではないのだが。
『Nature』の発表の2ヶ月後、早いもので3月も下旬になった。
横浜のこども宇宙科学館で開催されるイベントの講師として時任先生が呼ばれた。
「爺さまどもの前で話をするよりもこっちの方が断然いいね!」
時任先生はそう言って二つ返事で快諾した。
こういうとき決まって俺は随行に選ばれる。日曜日なので休みを取られる形になるのだが、まあ、研究しか予定のない俺は断る理由がなかった。
「ワームホールが地球のこんな近くで見つかったということは、未知のワームホールが5万と宇宙にはあるはずなんです。そして、その中にはタイムマシンを現実にする安定したワームホールもきっとあるはず。そして超高速移動の技術も開発されれば、確実に未来へのタイムトラベル、過去へのタイムトラベルもできるはずです。僕らはこんな夢を追いかけながら、日々研究をしているんです。だから、今日来てくれたみんなも、いま抱いている夢、昔持っていた夢をどうか捨てずにいてください。そしてこの中に僕と同じ夢を持っているみんなは、将来一緒に研究をしましょう。ドラえもんのタイムマシンを現実にしましょう。待ってます。今日はご清聴ありがとうございました!」
弁舌滑らかに最後を締めくくると、割れんばかりの拍手が会場を包み込んだ。やはり先生は、自他ともに認める少年の心の持ち主。前途ある少年/少女を前に立ち振る舞う方が生き生きとしているようだ。さすがだな、俺は人前で話すのは不得意だから無理だな、なんて思っていると思いがけない声がした。
「センセー!」
ふと見ると、そこに金髪に染めたイケイケな女子がいた。一瞬誰か分からず、目を白黒させていると、「やだなー、
「あーあーあー!」ようやく理解した俺。先月まで家庭教師のバイトで教えていた
慧那は見事横浜理科大学理工学部に合格して、高校は先日卒業したばかりだ。ついこないだまで髪の色は明るくなかったのに、こんな短期間で金髪に、爪はネイルアートでギラギラに飾られ、たかが5歳の年齢差が想像以上のジェネレーションギャップを生んでいることにげんなりする。
「ひどいな! 4月から先生の後輩になるから、センセーに礼と挨拶の1つでもと思って遠路はるばる来たのに!」
「礼を言いに来た態度じゃないだろ。それに何だ、その髪色は?」
そう言った瞬間、俺は頭の固い教頭先生か、と自分でつっこむ。
「何それ? うちの高校の教頭先生みたーい!」
胸のうちを読まれたようで恥ずかしい思いをする。話題を変えよう。
「で、慧那は礼を言いにわざわざ1人で来たんか?」
「な、わけないじゃーん! さっきのは冗談! あたしに何を期待してるわけぇ?」
「……」
5歳下のJK(もうすぐJD)に翻弄されている。子どもたちもいるんだし、おちょくるのはやめろ、と心の中で呟く。
「いやね、横浜理科大のイケメン教授、時任センセの講演があるってゆーから、あたし聴きに行かないといけないじゃーん。でねっ、あたし、SNSで『スペースコミュ神奈川支部』ってのに入ってて、そこで知り合ったマリちゃんと来たんだ。あ、いまトイレ行ってるんだけど」
「マリちゃん?」
何だその『スペースコミュ神奈川支部』って。ツレの友達も、慧那がこんなだから、ギャル友達なのだろう。先入観でそう思った。
「お待たせ、慧那ちゃん」
そこから出てきた、慧那のツレに目を
「はじめまして、マリと言います。JAXAで事務職やってます!」
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