Side F 11(Fumine Hinokuchi) 小さな矜持
あたしの噂は瞬く間に広まった。でも、幸か不幸かそれが
おかげさまで、「あの美女は誰?」だの、「他校の助っ人か?」だの、「実は彼女こそがアンドロイドではないか?」だの、笑ってしまうような流言飛語が飛び交った。しかし、やはり隠しおおせるのは無理な話で、正体は何と
「あの、地味な子が!? 地味すぎて正直名前も知らんのとだけど」
「
「あー、名前の読めん女子ね。俺一度も話したことない」
「あれが、舞台では化けるもんとね。英玲奈ちゃんとはベクトル違うけど可愛くなるっちゃね」
「何でも、三年生の演劇部部長にスカウトされたとか?」
「あのイケメンの宮本先輩か!?」
あたしに聞こえていることに気付いていないのか、男子たちはあたしをちらちら見ながら話している。いつもはほとんどないほどの視線を浴びて、何だか居心地が悪い。部活以外では、いつも地味ですっぴんだ。残念ながら千尋ちゃんのメイクの再現能力はあたしにはないし、あったとしてもメイクして学校に来る勇気はない。
仮面を被るのは、部活のときだけで良い。
しかし、いじめ女子にとっては、あたしがメイクを施して綺麗になろうが、地味な格好で登校しようが、気に入らないものは気に入らない。みんなが憧れる宮本部長に声をかけられたことで、大きな嫉妬を買っている。トイレに行っている間にシャープペンシルの芯を全部折られていたり、机の中にゴミを突っ込まれたりしたこともあった。ノートには『調子こくな、死ね』と見慣れたメッセージ付きで。
でもあたしが、いじめ女子も崇拝する今村さんと舞台で共演したことは衝撃だったらしく、人目につくところで罵倒されるとかは減ったような気がする。その分陰湿さが増したとも言えるが。
あたしは極力意に介さないようにした。少なくとも部活にはあたしが輝ける居場所がある。そう自分を励まし続けた。部活の時間は待ち遠しかったが、勉強を怠るとお母さんに辞めさせられる可能性があったので、あくまで両立を心掛けた。成績を落としたら、それはそれでいじめ女子から見くびられる一因になるし。
今度の目標は3月末に福岡で行われる九州中学校演劇コンクール。これで金賞を獲り、かつ全国大会の推薦を得られれば、来年の7月全国大会に行ける。
コンクールに出す劇は、好評だった『龍宮スイングバイ・ノスタルジア』。中学校の演劇の題材で宇宙科学を扱ったものは珍しいという。演劇にも流行というものがあるのだろうか、多いのは、学園の青春物とか、歴史物とか、ちょっと凝っているとミステリーとか脱出ゲームものとからしい。
うちの劇は宇宙船やら宇宙服やら惑星やら研究所やら、小道具やセットなどに手間がかかる。また、よりリアリティを出すために専門用語も結構登場する。それだけに敬遠されやすいテーマかもしれない。だが、1年近くかけて準備すれば、セットも小道具も脚本も、学園祭のときよりもさらにブラッシュアップされる。思い入れのある脚本なのだろう。脚本の構想段階であたしは参加できなかった。あたし以外の部員の結束力を少し羨ましく思う。
あたしは新参者だが、演技に没頭し、より登場人物としての精度を追求することで、遅れを取り戻そうとした。少しでも輪の中に溶け込みたかった。ここが本当の居場所だと言わんばかりに。
その努力の甲斐あってか、徐々に部員たちは心を開いてくれた。内向的だったあたしも、部活では千尋ちゃん以外にも打ち解けられる相手が増えていった。
「あんたに、『ヒパティア』の役を譲るよ」
3月の大会を2ヶ月前に控えた1月のこと、今村さんがそんなことを言ってきた。あたしとしては意外すぎた発言だ。プライドの高い今村さんが、自分から譲歩するなんて。でも、これまで彼女は『ヒパティア』を演じてきたわけだし、あたしは女性研究員の役作りに励んできた。
「急にそんなことを言われても……」
「喉から手が出るほどヒロインの座を手に入れたいんじゃないの!? この私が認めたんだから、ありがたく受け入れるのが筋でしょ!?」
譲るよ、と言いながら、これでは強制だ。他の部員がどう思うか。そんな不安を読んでいたかのように今村さんは続ける。
「心配なら要らない。私がソフィア・カークウッド研究員を演じるから。みんなには次期部長としてあたしから言っとく」
今村さんは次の部長になることが決まっている。二年生の中では演技力もカリスマ性も、そしてもちろん容姿も際立っている。あたしはいじめのきっかけを作った嫌な奴という第一印象は、ともに演技を
最初は動揺を見せていた部員たちも、今村さんが言うなら、と言った感じで受け容れた。宮本部長も驚いていたが、もともとあたしをヒロイン役に据えようとしていたので異論はなかったようだ。
ならば仕方がない。我ながら
幾度となく脚本を読み、今村さんの演技を観てきたあたしにとって、『ヒパティア』のセリフを
しかし、やはり何かが違う。違和感が支配していた。以前のように『ヒパティア』が身体に乗り移らないのだ。
「何か、最初に観たときほどの感激はないよね」
部員からも歯に衣着せぬ物言いをされてしまう。あたしは焦った。せっかく花形を演じるチャンスを手に入れて、やっぱりできませんと言うのも、あたしの小さな
本番を2週間前に控えた3月某日に、二年生の誰かが「やっぱり英玲奈が『ヒパティア』やった方がいいんじゃない?」と
「いや、閘さんだってプライドがあるんだ。彼女ならきっと本番までに仕上げてくる」
本気で言っているのか、上手くできなかったときにからかうネタにするつもりなのか分からない。今村さんには悪いが、どうしても後者の可能性を考えてしまう。このまま部員が納得のできない演技で本番に臨むわけにはいかない。そんな焦りが、暗い表情となって表れてしまったようだ。
「詞音ちゃん、大丈夫?」
千尋ちゃんは心配して声をかけてくれた。
「ごめん、あたし、怖くて……」
「たぶん今村ちゃんの演技が頭から離れないんだろうね。でも、詞音ちゃんは今村ちゃんになる必要はない。詞音ちゃんが思う『ヒパティア』を演じればいいんだよ」
何気ない発言だが、あたしの身体から
「ありがとう! 千尋ちゃん!」
あたしは水を得た魚のごとく、勘を取り戻した。これで皆が納得する演技ができる。
ようやく前向きな気持ちになった矢先、事件が起こった。
「な、何で!!?」
あたしは、変わり果てた自分の姿を見て、部室で叫んでいた。
†
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