Side P 03(Agui Moriyasu) 謎の動画

「なるほど、タイムトラベルか。確かに時間は絶対的でなく相対的だから、あり得る話かもしれないな」

「だって、映画『インターステラー』で、ブラックホールの重力を受けた環境で3時間滞在したはずなのに、実際は23年もの月日が経過してたって話があったろ。つまり23年先の未来にタイムスリップしたってことだ」

「ごめん、俺は観てないんだ」

「そっか、それは理大、特に物理専攻ではかなり痛いな。何たって、ノーベル物理学賞を受賞したキップ・ソーン博士が監修した作品だからな」


 俺はつい熱く語ってしまったが、時間の経過が相対的、つまり条件によって時間が速く進んだり遅く進んだりするというのは、世間一般的には承服し難い事実だ。しかし、特殊相対性理論によれば速く移動する環境下において時間は遅く進み、一般相対性理論によれば重力を強く受けた環境下において時間は遅く進むことが証明されている。


「お前だったら出来るよ。研究が成功するのは、恵まれた上司、恵まれた環境、恵まれた費用、そして本人の恵まれた才能、そして努力が揃っている必要があると思うが、お前さんにはどれも揃ってると思うぜ。時任先生という切れ者の教授、理科大ラボという環境、潤沢な科研費、そして何と言っても安居院守泰という次世代物理界のスーパーエースというコンビネーションときたもんだ」

「だから買い被りだ! で、あとな、いちばん大事なのは成果が日の目を見るかどうかなんだ。これは時の運だ。こればかりは努力してもどうにもならないかもしれない要素だな」

「小説と似てるかもな」

「そうだな。どんなに素晴らしい作品を書いても、評価してくれる人に読んでもらえないと意味がない。どんなに素晴らしい研究結果を出しても、評価されなければ意味がない」

「お互い楽な道じゃないよな。きっと夢を追いかけて、途中で追いきれなくなった人は、マジョリティーな道に転がりこむ。マジョリティーな道が悪いわけではないが、まだ夢にすがっていたいよな」

 邨瀬は苦笑いのような笑みを浮かべる。

「大丈夫さ。若いうちが華だ。実際は華やかでも何でもなくて、ほとんどは茨の道を泥まみれになりながら進むことなるだろうけど、いまだからやれる。俺は時任先生のもとで頑張るぜ。時任先生、ちょっと、いやだいぶ変わり者だけど、着想はピカイチだからな。俺だってこの世に生きた爪痕つめあとを残してやるんだ」

 自分でも酷く青臭いセリフだが、親友の前で思わず吠えてしまった。

「俺は応援するし、現実なものになると思ってる。ノーベル物理学賞も夢じゃないってな」

「ありがとう。じゃあお前はノーベル文学賞を獲れ!」

「あたぼうよ。一緒にスウェーデンだな!」

「はっは! 夢を語るのはいいなぁ」

 俺は久しぶりに大笑いした。


 †


 その夜、俺は帰宅して、久しぶりに映画を観た。映画館で観る映画も良いが、どうしても観ることができないものについては、レンタルして自宅で観ている。しかし、最近はそれも何だかもったいない気がして、月額1,000円くらいで見放題の動画配信サイトを契約している。

 最近は卒業論文に忙殺されてあまり観ることはできないが、今夜は久しぶりに観たくなった。2週間も観ていないとフラストレーションが溜まってくる。月々支払っている料金ももったいない。

 しかし、久しぶりに観た配信された映画コンテンツは、俺を落胆させるものだった。

「観たやつばっかじゃないか……」

 映画鑑賞と映画評論が趣味で、1,000本以上観てきた俺は、大抵の主要なものを尽くしていた。

 げんなりして仕方なくノートパソコンを開く。無料配信映画で何か掘り出し物はないか。マイナーなものでも良い。いや、むしろマイナーな映画で良作、力作に出会ったときのときは、皆の知らない経験をしたという優越感に浸れるのだ。何気なく開いたパソコンにメールが届いていることに気付く。


「何これ?」

 何通も届いている。同じ差出人から20通以上だ。いや、差出人の名前を見てびっくりした。安居院守泰、つまり俺の名前でメールが差し出されている。差出人と宛先が同じアドレスである。

 なりすましか乗っ取られたか。一瞬そう思ったが、ドメインは『@〇〇-u.ac.jp』となっており間違いなく横浜理科大学のものである。横浜理科大学ではセキュリティの高いイントラネットを使用している。実験や研究の中には、特許申請に値する知的財産が多数含まれているためだ。俺がいま自宅でそのメールを開けるのは、パスワードで保護されたWi-Fi環境だからだ。

 それはさておき、なぜにこんなことが起こっているのか。しかも、不思議なことに、そのすべてに大容量の動画ファイルが添付されていた。

 メールのタイトルは文字化けしている。『莉カ蜷搾シ壹?仙ソ?ェュ縲第?ェ縺励>繝。繝シ繝ォ縺ァ縺ッ縺ゅj縺セ縺帙s?√??謐ィ縺ヲ縺壹↓蠢?★隱ュ繧薙〒荳九&縺?シ』では、何のことやらさっぱり分からない。また、本文はかなり長々と書かれているものの、残念ながらこちらも見事に文字化けしていて解読不能だ。


 そして、20通以上あるうちの1つのメールについている動画ファイルをクリックした。クリックした瞬間、まずかったかなと思った。いくらセキュアな環境でも不審なメールの添付ファイルは開くなって言われていたではないか。

 だが、なぜかどうしてもその動画ファイルを観ずにはいられなかった。そこに映っていたのは、黒髪の美しいアジア人女性であった。

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