乾いた金魚鉢

忍野木しか

乾いた金魚鉢

 

 寝室に人の姿はない。

 畳に伸びる長い髪。湿った布団に白いものが横たわる。

 乾いた金魚鉢からポチャリと音がした。

 ガラスの底は、くすんだ紺のビー玉だ。

 湿った畳の床はぐにゃりと凹む。砂の被った家具が散乱している。金魚鉢はガラス戸の割れたテレビ台で、寂しい居間を眺めた。

 赤い風車がカラカラと回った。

 雑木の庭は、西日のない山の陰だ。

 錆びた車は枯れ草に覆われる。引き戸の口からチラシの束が溢れている。風車は窓の割れた玄関で、人けの無い林道を眺めた。

 山奥の廃屋だった。

 人に忘れ去られた家は、過ぎ去った年月を忘れる。

 僅かずつ朽ちていく立派な柱が、倒れぬようにその身を支える。とうに朽ちた垂木は、屋根瓦を落としていった。

 乾いた金魚鉢がポチャリと音を立てる。

 餌を待っていた。か細いものが横たわるビー玉。隙間を埋める乾いた糞は何も育てない。

 赤い風車がカラカラと回る。

 誰かを待っていた。雑木に巻き付く太い蔓。隙間のない瑞々しい茂りは風を通さない。

 寝室に人の姿はない。

 畳に伸びる長い髪。湿った布団に白いものが横たわる。

 寂しがっていた。朽ちてゆく家に、人けのない山に、誰もいない暮らしに。

 まだ僅かに歩ける頃、金魚を飼った。

 ポチャリと跳ねる水の音が、心を和ませた。

 まだ僅かに動ける頃、赤い風車を作った。

 カラカラと回る風の音が、心を励ました。

 それでも、いつまでも、それは寂しがっていた。

 


 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

乾いた金魚鉢 忍野木しか @yura526

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説