第32話 「わたしは先輩のことが好きだから」
僕と若宮さん、そして、琴葉の前に現れた琴海は、おもむろに歩み寄ってきた。
「お姉ちゃん、今、何て?」
「琴葉よ」
先ほどの言葉を繰り返した琴海は、おもむろに若宮さんの肩を軽く触る。
「若宮さんは琴葉のことが好きということよ」
琴海は言うなり、僕の方へ横目を移してきた。
「だから、有起哉と付き合ってるというのは、琴葉の勘違いね」
「ウソです!」
だが、琴葉は信じたくないのか、きっぱりと言い返す。
「そ、そんな、沙耶がわたしのことを好きなんて、何かの間違いです!」
「間違いじゃないわね。わたしや有起哉は本人からそう聞いているのだから」
「そうなんですか? 先輩」
「いや、それはまあ、うん」
僕がうなずくと、琴葉は若宮さんと目を合わせる。
「本当なの? 沙耶」
琴葉の問いかけに対して。
若宮さんは無言だったが、こくりとわずかに首を縦に振った。
「じゃあ、本当に、先輩は沙耶と付き合っていないんですか?」
「それはうん、本当だから」
僕の返事に、琴葉は後ずさってしまう。
「そうなんですね。そしたら、わたしの勘違いだったんですね」
琴葉は言いつつ、乾いた笑いをこぼす。自虐をするかのように。
「琴葉」
一方で、若宮さんはただ見ていることに耐えられなくなったのだろう、琴葉に歩み寄った。
「琴葉が大野先輩のことを好きなのはわかってる。けど、わたしとしては、自分の気持ちを正直に伝えたい」
「わたしが沙耶のことを振るとわかっていても?」
「うん」
若宮さんは正面から琴葉と向かい合っていた。
「そうなんだね。なら、わたしはちゃんと、沙耶の気持ちを聞いてあげないとね」
「ありがとう」
若宮さんは言うなり、背筋を正す。
「というわけだから、琴葉」
間を置くなり、若宮さんは口を動かし始める。
「前から琴葉のことが好きだった。だから、付き合ってほしい」
若宮さんの偽りがないであろう告白。
対して、琴葉はすぐに即答をしない。
「ありがとう、沙耶。そういう気持ちが聞けて嬉しいよ。だって、友達からそういう正直な気持ちが聞けるのって、いいなって思うから」
「琴葉」
「でも、ごめんね」
琴葉は頭を下げると、当たり前のように僕の前へ駆け寄り。
「わたしは先輩のことが好きだから」
「琴葉……」
若宮さんはつぶやくも、怒ったり、泣いたりはしない。
ただ、頬を緩ませ、頬を伝って流れてくる涙を指で拭っていた。
「わかった」
「本当にごめんね」
琴葉は言い残すと、今度は僕と目を合わせてきた。
「というわけで先輩」
「あっ、うん。まあ、そうなるよね」
「大野先輩」
奥から振られたばかりの若宮さんが真剣そうな眼差しを送ってくる。さらに泣くのを堪えるかのように。
「当たり前ですが、ちゃんと向き合ってください」
「それは、はい」
僕は後輩の子に促される形で返事をする。もはや、逃げも隠れもしない。というより、公園で似た場面では、途中となってしまったが。確か、若宮さんが割って入ってきたような。
一方で琴葉は、意を決したような顔を向けてくる。
「先輩。お試しでなく、本当にわたしと付き合ってください」
琴葉の語気は強くはっきりとしていて、真っすぐな気持ちを僕にぶつけてくるようだった。
さて、僕の返事は。
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