第31話 「先輩って、二股するような感じには見えなかったですけど、そうじゃなかったんですね」

「先輩、先回りしていたんですね」

 校門前で待っていると、先ほど公園で別れた琴葉が現れ、声をかけてきた。淡い水色のワンピースに手には赤いハンドバッグを掲げる姿は変わらない。そして、小柄な体型からどこか背伸びしたような印象も。

「といっても、追跡アプリで先輩の位置は知っていましたよ」

「あっ」

 僕は言われて思い出すも、今さら過ぎて、スマホを手に取ることすらしなかった。

「さっきまで学校の中にいたみたいですね。場所は、このアプリのGPSの精度が悪いので、わからないですけど、多分、お姉ちゃんと会っていたんですよね?」

 訝しげな表情を向けてくる琴葉に対して。

 僕はこくりとうなずくしかなかった。

「否定しないんですね」

「まあ、それはそれで、色々と突っ込みとか受けそうだから」

「つまりは、面倒になるからっていうことですよね?」

 琴葉に本心を見抜かれ、僕はため息をついてしまう。

「まあ、それも否定しないけど」

「先輩って、二股するような感じには見えなかったですけど、そうじゃなかったんですね」

「いや、だから、あれは誤解で」

「先輩。わたしは言い訳を聞きたくないです」

 冷たく言い放った琴葉の言葉は、公園で別れる前にも聞いたものだった。

「沙耶はわたしの友達です。ですけど、先輩と裏でこっそり付き合っていたのでしたら、話は違います。沙耶はわたしの友達ではありません」

「いや、だから、それは誤解で」

「何が誤解って言うんですか?」

 僕の声を遮るようにして、強い語気で迫ってくる琴葉。

 僕は怖気づきそうになるも、何とか堪えようとこぶしを強く握り締める。

「若宮さんは僕とは付き合ってない」

「ウソです」

「ウソじゃない」

「ウソです。先輩がそんなバレそうなウソを何でわざわざつくんですか?」

 琴葉は頑なに僕の話を信じようとしないようだ。

 僕にとっては想定内だったけど、改めてわかると、色々と厄介だ。

「それに、若宮さんは僕じゃない別の人が好きだから」

「初耳です」

「まあ、そうだろうね。僕だって、昨日、本人から聞いたばかりだから」

「昨日? それは、駅前ミックでわたしが先輩に沙耶を会わせた時ですか?」

「そう」

 ぼくはうなずき、間を取り繕おうと頭を掻く。

「というより、先輩」

「な、何?」

「もしかしてですけど、沙耶もここにいるんですか?」

「まあ、それはその」

 僕は琴葉から先に突っ込まれてしまい、悔やんでしまう。

 というのも。

「琴葉」

 校門から現れた若宮さんはおもむろに、琴葉へ呼びかけてきた。

「沙耶」

 琴葉は口にするなり、僕の方へ横目をやる。

「先輩。隠していたんですね」

「いや、別に隠していたなんて……」

 つもりはない。何せ、近くに若宮さんが隠れていて、僕がタイミングいいところで呼ぼうとしていたから。なのに、琴葉が勘付き、聞こえていたであろう、若宮さんが出てきてしまったのだ。

 パーカー姿の若宮さんはそばまでやってくると、僕の方へ目を移してくる。

「大野先輩。後はわたしが」

「あっ、うん」

 僕のぎこちない返事に、若宮さんは琴葉と正面で向き合う。

「琴葉」

「沙耶はもう、友達じゃないから」

「話を聞いて」

「聞かないよ。だって、わたしに隠れて、先輩と付き合っていたんだよね?」

「それは違う」

「違くないよ。だって、さっき、公園でわたしに謝っていたよね?」

「それも違う。あれは、琴葉に色々と強く言い過ぎたことを謝っただけで」

「ウソだよ」

「ウソじゃない」

 押し問答のやり取りで、お互いに一歩も引かない。いや、そもそも、僕は若宮さんと付き合ってないのだから、まずはその誤解だけはなくしたい。とはいえ、僕が言っても、「先輩は黙っててください」と一喝されそうだ。

「さっき、大野先輩が言っていたけど、わたしは別の人が好きだから」

「別の人?」

「うん」

 うなずく若宮さんに、興味深げな視線を送る琴葉。

「先輩じゃない別の人が好きなの? 沙耶は」

「うん」

「その人って、誰?」

「それは、その」

 若宮さんは途端に口ごもると、頬を真っ赤に染めてしまう。まあ、気持ちはわかるけど。

 だが、琴葉は別の意味で捉えたようで。

「沙耶はやっぱり、先輩と付き合っていたってことだよね? その反応って」

「いや、違う」

「違くないよ。だったら、何で、はっきりとその人のことを教えてくれないの? それとも、その人のことを言うのがそんなに恥ずかしいの?」

「いや、だって、好きな人のことを誰かに伝えるのって、すごく恥ずかしいから」

「そうかな」

 琴葉は躊躇なく答えると、おもむろに僕と目を合わせてくる。

「わたしは気にせずに、好きな人のことを言えるよ。ねえ、先輩」

「それはまあ、琴葉の場合はよく聞いているから」

「そうですよ。というより、好きな人、わたしの場合は先輩ですけど、そういうのはちゃんとはっきりと口に出さないと、いつまで経っても、片想いのままで終わっちゃうよ? 沙耶はそれでいいの?」

「それは、嫌だ」

 若宮さんは首を何回も横に振る。

「じゃあ、言ってよ。もし、本当に沙耶が先輩じゃなくて、別の人が好きだっていうなら」

「それは……」

 若宮さんは俯き、黙り込んでしまいそうになる。

 だが、ここで教えなければ、琴葉は誤解をしたままになってしまう。

 琴葉は両腕を組み、足踏みをし始め、表情が険しくなってくる。マズい。

 僕は若宮さんに声をかけようと、彼女の肩に手を伸ばそうとした。

「琴葉よ」

 短い言葉に、僕は思わず振り返った。

「お姉ちゃん?」

「堀内先輩……」

 遅れて、琴葉と若宮さんが体を移す。

 現れたのは、校舎裏で会った制服姿の琴海だった。

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