第30話 「有起哉はどうしたいのかしら?」

「意外と早かったわね」

 校舎裏にて顔を合わせた琴海は学校にいるためか、制服姿だった。

「初めまして」

 一方でパーカー姿の若宮さんは律儀そうに頭を下げる。

「琴葉から話だけは聞いたことあるわね」

「そうだったんだ」

「ええ。色々と仲良くしてもらっているみたいね」

「それは何よりです」

 顔を上げた若宮さんは嬉しそうな顔をしていた。

「琴葉はわたしにとって、大切な人なので」

「そうみたいね」

「その、話は大野先輩から聞いてるかと思いますが」

「そうね。女の子同士の恋愛みたいね」

「はい」

「有起哉はどうしたいのかしら?」

 琴海は口にするなり、僕の方へ視線を移す。

「いや、どうしたいも何も、その、今日はちゃんと、琴葉と正面から向き合おうかなって」

「一昨日はそれで琴葉を振って、橋から飛び降りそうなことになったわよね?」

「まあ、それは事実だけど……」

 僕は否定ができず、口ごもってしまう。とはいえ、スマホで時間を確かめれば、琴葉が現れるまで、後十分ちょっとくらいしかない。

「堀内先輩」

 不意に、若宮さんが呼びかけた。

「包丁は?」

「有起哉から聞いたのね」

「答えてください」

「そうね。今はわたしの鞄の中にあるわね」

「家庭科室に戻してないんですか?」

「ちょっと、生徒会の仕事とかで忙しいから」

「言い訳ですね」

 若宮さんが強い語気で声をこぼす。

「もしかしたら、琴葉は堀内先輩、いえ、お姉さんから包丁を奪いに来るために会うと思いますけど?」

「かもしれないわね」

「だったら」

「でも、それで包丁を持って琴葉と会ったとして、それが何の解決になるのかしら?」

「それは……」

 琴海の質問に、若宮さんは黙り込んでしまう。至極当然な指摘だが、確かに、包丁がなければ、琴葉は気持ちが沈んでしまうかもしれない。というより、包丁に何かを求めるがためにやってくるという可能性はある。だから、その目的のものがなければ、おそらく、琴葉は。

「有起哉は恐れてるわよね。琴葉がまた、橋から飛び降りるかもしれないことを」

「まあ、それは」

「そこらへんはわたしも同じね」

「だったら」

「でも、包丁を持っていったところで、琴葉は渡すように要求してくる可能性は高いわよね。それは、有起哉も同じ風に思ってるわよね?」

「そう、だね」

「だとして、それで包丁を琴葉に渡したら、どうなるかしら?」

「いや、よくない結果でも起きるかなって」

「具体的には何かしら?」

「いや、それは……」

 僕は答えづらかった。あるとすれば、琴葉が自分の体を刺すか、あるいは琴海を刺そうとするか。でも、後者は上手くいかないだろう。俊敏さとか、運動神経に関しては琴海の方が上だからだ。となれば。

「琴葉に何かあったら、わたしが止めます」

 会話の間に挟む形で、若宮さんが意を決したようにはっきりと言い切る。

「それは心強いわね」

「そもそも、わたしは琴葉に本当の気持ちをぶつける覚悟です」

「応援するわね」

 琴海は笑みをこぼすと、僕と目を合わせる。

「有起哉は、できれば、琴葉と本当に付き合ってほしかったのだけれど」

「やっぱり、それは難しいかなって」

「残念ね」

「でも、それは、琴海が自分の本当の気持ちを知るきっかけ作りみたいなものだし……」

「そうね」

「だから、その、琴海も真剣に自分の気持ちと向き合った方がいいかなって」

「つまりは、わたしも有起哉の気持ちを改めて真剣に受け止める必要があると言いたいわけね」

「まあ、一度振られた相手から言われるのも変だと思うけど」

「変ではないわね」

 首を横に振る琴海。

「わたしとしても、自分の本当の気持ちがわからない状態が続くのはよくないと思うわね。だから、有起哉に琴葉と本当に付き合うように言って、それで、わたしに心境の変化が現れないかどうか試そうと思ったのだけれど、そのやり方は他力本願にしかならないということね」

「まあ、それは」

「わかったわ。これが終わったら、改めて、有起哉の気持ちを聞いてあげるわね」

「えっ?」

 琴海の提案に、僕は驚いてしまう。

 と、若宮さんが僕の肩を軽く叩いてきた。

「大野先輩、チャンスです」

「若宮さん?」

「これで上手くいけば、わたしももしかしたら、琴葉と上手くいけるかもしれないんで」

「いや、それはどうかなって」

 僕が首を傾げると、若宮さんは不機嫌そうな表情を浮かべる。

「大野先輩だけ上手くいくのはずるいんで」

「でも、ほら、結局はその、堀内姉妹の出方次第ってことだし……」

 僕は声をこぼすなり、琴海へ視線を動かす。

 一方で本人は気づいたのか、「そうね」とうなずく。

「とにもかくにも、これから琴葉が現れてからが勝負ということね」

「そうだね」

「ですね」

 僕と若宮さんが相づちを打ち、琴海は満足げに首を縦に振った。

 そろそろ、琴葉が校門前にやってくるかもしれない。

 ちなみに、僕と若宮さんは裏門から入ってきていた。校門から行けば、琴葉と鉢合わせする可能性がなくはないからだ。

「そういうわけだから、有起哉」

「何?」

 振り向けば、琴海は人差し指を僕の方へ突きつけてきた。

「まずは、有起哉がはじめに琴葉と話をしてもらうということでいいわよね?」

「えっ?」

 名指しされた僕は意味がわからず、ただ、茫然とするしかなかった。

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