第29話 「大野先輩。さっきから同じ反応ばかりです」

「ということは、大野先輩は一度琴葉のことを振ったということですか」

「まあ、そうだね」

 僕は口にしつつ、琴葉が橋から飛び降りようしたきっかけを若宮さんに話していた。

 今いるのは、公園近くのターミナル駅から出ていく電車の中。

 琴葉が現れるであろう、校門前まで行くには何駅か先で降りないといけない。

 僕と若宮さんは電車の座席に並んで腰かけていた。

「琴葉はよほど、大野先輩が好きということですか」

「まあ、それは」

「それで、大野先輩は琴葉のお姉さんが好きと」

「それは……」

 僕は曖昧な反応をすることしかできず、気まずかった。

 何せ、相手の若宮さんは琴葉のことが好きで、僕から奪われたと思ってるわけで。

「琴葉がかわいそう」

「いや、でも、振ったら、橋から飛び降りようとしたりするから」

「でも、それは、大野先輩がちゃんと琴葉と向き合って、真剣に話をしてないからだと思います」

「それは……」

「いずれにしろ、大野先輩」

 見れば、若宮さんは鋭い眼差しを送ってくる。

「『琴葉のことを悲しませるようなことをしたら、わたし、許しませんから』って言いましたよね?」

「それは……」

「大野先輩。さっきから同じ反応ばかりです」

 若宮さんの指摘に、僕は黙り込んでしまう。

 お互いに静かとなり、電車の音声アナウンスが次の停車駅を知らせてくる。降りる駅はその次だ。

「これから琴葉と会う時は真剣に向き合ってください」

「真剣にって、言っても、琴葉は何をしでかすかわからないし」

「それでもです」

 若宮さんは強い語気で口にする。

「何かありそうなら、わたしが何とかします」

「若宮さんが?」

「はい。わたしとしては、琴葉にもちゃんと現実に向き直ってほしいからです」

 若宮さんの言葉とともに、電車の扉が開く。車内にいた幾人かが降り、逆にホームから人が次々と乗ってくる。

 扉が閉まり、再び電車が走り始めたところで、「大野先輩」と若宮さんが呼びかける。

「わたしも覚悟を決めました」

「覚悟?」

「はい」

 若宮さんは胸あたりに手を当てて、目を合わせてきた。

「わたしも、琴葉に自分の気持ちを伝えます」

「えっ? でも、そんなことしたら」

「振られるとわかっていてもです」

 若宮さんの声に、近くにいた乗客らが興味深げに視線を動かす。

 彼女本人は気づかれたことを察してか、パーカーのフードを深く被ってしまった。頬を赤く染めつつ。

「だから、大野先輩も覚悟を決めてください」

 小声になった若宮さんは周りの視線とかを気にしているようだった。

 一方で僕はため息をついた後、「わかった」とうなずく。

「まあ、僕としても、ちゃんとしたかったから」

「ちゃんと?」

「実際は琴海のことが好きなのに、お試しとはいえ、琴葉と付き合おうとしたり、どっちつかずな感じだしね」

「最低」

「まあ、そうだね」

 僕は自らを嘲る形で笑みをこぼす。

「だから、まあ、これから校門前で琴葉と会った時に、僕や若宮さんは真剣に向き合うってことで」

「もちろん」

 はっきりとした返事をする若宮さん。

 僕はお互い決意を固めていることがわかると、こぶしを握り締め、気持ちを昂らせる。

「あっ、ちなみにだけど」

「はい」

 僕は若宮さんの耳に口元を近づける。

「もしかしたら、琴海、その、琴葉のお姉さんだけど、包丁持ってるかもしれないから」

「それはどういう?」

「いや、一昨日、琴葉が橋から飛び降りそうになった後、包丁で琴海を脅そうとしたりしたから。それで、その包丁、琴海が持っていって、その、今も持ってるかもしれない」

「それは、ヤバいですよね?」

「うん、ヤバいかも」

「それはアレですか? わたしに命を懸けてまでの覚悟をしろと言いたいんですか? 大野先輩は」

「いや、そこまでは」

「でも、それくらいの気持ちじゃないとダメですよね。わかりました」

 若宮さんはうなずくと、パーカーを外した。

 視界に映った顔は凛々しく、何があっても、動じない姿勢を感じるものがあった。

 僕はただ、その雰囲気に見惚れてしまう。

「大野先輩?」

「いや、何でもない」

「とりあえず、次、ですね」

 若宮さんの言葉に、僕は車内の電光掲示板に目をやる。

 見れば、次に降りる駅名が流れていて、乗っている電車の速度が緩み始めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る