第27話 「先輩。わたしは言い訳を聞きたくないです」

「先輩。ずっと黙っていても、何も変わらないですよ」

 僕の前に立ち塞がり続ける琴葉は、僕のことをじっと見つめてきている。

 休日の公園にて、僕は動けずにいた。

 琴葉とお試しでなく、本当に付き合うかどうか。

 琴葉の彼氏となれば、琴海は自分の気持ちがわかるようになるかもしれない。でも、それが僕のことを本当は好きなのかどうか、わからない。仮に好きだとしても、琴葉と別れるというのはマズい。逆上をして、僕を殺してしまう予感がして。

 だからこそ、琴葉への返事は重要で、軽くするものでなくなっていた。

 だが、僕はこぶしを強く握り締め、決意をする。

 もう、僕は逃げずに琴葉と真剣に付き合おう。

 そして、琴海のことは諦めるしかない。

 僕は琴葉に歩み寄る。

「先輩?」

「もう、ちゃんと返事をしようかなって」

「それは、わたしとお試しで付き合うことはやめるということですか?」

「そうだね」

「それじゃあ、わたしとは」

「うん。僕は真剣に」

「やっぱり、ダメ」

 不意に、僕の後ろから聞いたことがある声を耳にする。

 僕は誰だか確かめようと振り返る。

「沙耶?」

 僕より先に、琴葉が相手の名前を呼ぶ。

 見れば、琴葉のクラスメイトで友達の若宮さんがパーカー姿で現れていた。ショートカットの髪型は変わらずで、一瞬、僕と同じ男子かと勘違いしそうになる。

「大野先輩」

 若宮さんは言うなり、僕の腕を強引に引っ張ると、琴葉から距離を取る。

「な、何?」

「ここで琴葉と付き合うことになったら、わたしは大野先輩をどうにかしそうなんで」

「どうにかしそうって?」

「殺すとか」

「じょ、冗談だよね?」

「わかりません」

 首を横に振る若宮さん。まさかだけど、琴海みたいに包丁を今持ってなければいいけど。

「さっきまで、つけてました」

「つけてたって、僕と琴葉を?」

「はい」

 若宮さんの返事に、僕は頭を抱えたくなる。

 どうして、僕の周りにいる女子は皆、似たような感じなのだろうかと。

「大野先輩」

「な、何?」

「琴葉のこと、振ってください」

「いや、振ったら、その、僕はどうなるか……」

「意味がわからないです」

「いや、その、琴葉を振ったら振ったで……」

「先輩?」

 呼ばれて顔をやれば、いつの間にか琴葉が後ろに立っていた。

「先輩は沙耶と何を話しているんですか?」

「ごめん、琴葉」

 すかさず、若宮さんが僕と琴葉の間に入る。

「沙耶?」

「琴葉は大野先輩と付き合うべきじゃない」

「沙耶は何を言ってるんですか?」

「わたしは大野先輩に、『琴葉のことを悲しませるようなことをしたら、わたし、許しませんから』って言った。でも、わたしは琴葉が大野先輩と付き合うということがもっと許せないと思って」

「許せない? 沙耶はわたしに対して、どうして、そういうことを言う権利があるんですか?」

「それは……」

 若宮さんは口ごもってしまうと、助けを求めるように僕の方へ視線をやる。いや、困るんだけれども。

 と、琴葉は察したのか、僕と目を合わせてくる。

「つまりは、そういうことなんですね」

「いや、何となくだけど、琴葉。その、何か誤解をしてるような」

「先輩。わたしは言い訳を聞きたくないです」

 琴葉は後ずさると、僕と若宮さんを指差してくる。

「先輩はいつの間にか、沙耶と付き合っていたんですね。裏で」

「いや、違うって」

 僕は必死に否定をする。

 一方で横に立つ若宮さんは黙り込んだまま。僕は慌てて、彼女の袖を引っ張る。

「若宮さんもほら、琴葉にちゃんと言わないと」

「ごめん、琴葉」

 若宮さんはあろうことか、申し訳なさそうに頭を下げてしまう。おそらく、琴葉に強く言ったことに対する謝罪らしい。

 だが、するタイミングが悪すぎた。

 今ではまるで、僕と付き合っていたことを隠していたように思えてしまう。

「先輩」

 僕を呼ぶ琴葉の声は冷たかった。

「失望しました。沙耶にもです」

「いや、だから、その」

「何が、だからなんですか?」

 琴葉に鋭い眼差しを向けられ、怖気づく僕。

「もう、いいです」

 琴葉はぶっきらぼうに言い残すと、僕と若宮さんの前から立ち去っていってしまう。

 僕はすぐに追いかけようとしたが、今度は若宮さんに袖を掴まれてしまった。

「な、何?」

「大野先輩は好きでもない琴葉を追いかけてどうするんですか?」

「どうするって……」

「まさか、付き合うとか言うんですか?」

「いや、あの様子じゃ、何をしでかすか」

「何をしでかすって言うんですか?」

 若宮さんは僕に目を合わせないまま、淡々と尋ねてくる。

 どうやら、僕はまず、若宮さんの説得をしないと、琴葉の後を追えないらしい。

 無理やり掴んでいる手を力ずくで離すことは可能だろう。けど、したら、面倒なことが起こるような気がしてならなかった。

「琴葉は」

 僕は間を置くと、唇を強く噛み締める。

「一昨日、僕の前で川から飛び降りようとしたことがあって」

 僕の言葉に。

 若宮さんはようやく顔を合わせてきた。

「その話、詳しく教えてください」

「でも、それよりまずは……」

 僕は視線を動かすも、既に琴葉は周りからいなくなっていた。

「琴葉を探すのが先だから」

 僕が声をこぼすと、「わかりました」というはっきりした調子で若宮さんは返事をした。

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