第26話 「お姉ちゃんに振られたのに、まだ諦めないというのはどうしてなんですか?」

「そうですか。お姉ちゃんがそんなことを言っていたんですね」

 横にいた琴葉は声をこぼすと、改めて僕と目を合わせてきた。

「それで、先輩は気になるんですか? お姉ちゃんのことが」

「まあ、気にならないって言ったら、ウソになるけど……」

「ですよね」

 うなずく琴葉はおもむろにため息をつく。

 僕らは今、ターミナル駅から徒歩数分ほどにある公園にやって来ている。

 着くまでの間、僕は琴葉に琴海と昨夜話したことを根掘り葉掘り問い詰められていた。

 一方で僕は黙ることができず、色々と話してしまったわけで。

「まさか、お姉ちゃんが学校から包丁を盗むなんて、意外でした」

「それは僕も同じ意見かなって」

「今頃は学校に行って、家庭科室にこっそり戻してるかもしれませんね」

「かもしれない」

 僕は相づちを打つと、公園内を改めて見渡す。

 中央にある池では、既に何組かがボードを漕いでいた。だいたいは男女二人組のカップルっぽい感じで、僕は少なからず意識をしてしまう。後は周りを囲むようにして舗道が整備され、ジョギングをする人や犬を散歩させる人がいた。

「そこそこ人がいますね」

「そうだね」

「そうしましたら、先輩。池の周りを散策しましょう。そこで色々と話をしましょう」

「色々って」

「そうですね。お姉ちゃんとわたし、どっちを取るかとかの話です」

 当然のように話す琴葉。

 一方で耳を傾けていた僕は急に気が重くなってしまう。早く帰りたくなるほどに。



「まずは先輩」

「な、何?」

 池の周りを囲む舗道を二人並んで足を進ませる中、琴葉は顔を移してくる。

「お姉ちゃんに振られたのに、まだ諦めないというのはどうしてなんですか?」

「いや、それは僕が琴海のことが好きでいるからで……」

「それはそうですけど、一度振られたら、諦める人もいると思います。なのに、そこで諦めないでいるのは何でかと思いまして」

「それはその、琴海に対する気持ちが強いからとか?」

「先輩」

「何?」

「先輩のことが大好きなわたしに対して、その、聞いてるわたし自身が言うのも何ですけど、よくそういうことを平気で言えますね? しかも、わたしと手を繋いでいるというのに」

 琴葉は強い語気で言いつつ、先ほどから握っている僕の手に力を加えてくる。痛くはないけど、密着度が増し、か細い手の感触がより伝わってきた。というより、無理をしているように思えて、不安になってしまうほどだ。

「そういう琴葉は何で、そこまで僕のことが好きなのか、気になるんだけど」

「気になりますか?」

「まあ、その、橋から飛び降りようとしたりしたから」

「そうですね。幼い頃から先輩のことは尊敬していましたし、それが高じて恋愛感情に至ったというのが全てかもしれません」

「でも、それに対して僕は、ほら、琴海に告ったりして、で、振られても、未練がましくまだ好きだったりして、そういう僕のことを琴葉は幻滅しないのかなって」

「幻滅なんて、そんなこと、これっぽちも思いません」

 琴葉は首を横に振ると、不意に手を離して、僕の前へ立ち塞がった。

「だったら、先輩はどうして、橋から飛び降りようとしたわたしを助けたんですか?」

「いや、だって、あんなこと、誰だって普通は」

「助けません。せいぜいしても、警察を呼ぶとか、遠くで説得をするとか、その程度だと思います」

 淡々と言う琴葉に、反論ができなくなる僕。

「本当にわたしのことが好きじゃないなら、あそこで橋から飛び降りても、何もせずに無視すると思います」

「いや、それは人間としてどうかと思うけど」

「とにかく、わたしはお試しでなく、本当に付き合いたいです。先輩と」

 はっきりと言い切る琴葉。

 ここは変に薄っぺらい言葉だけでは済ますことができない雰囲気だ。

 つまりは、真剣に琴葉と向き合うタイミングかもしれない。

 僕はどう返事をしようか、必死に頭を巡らし始めた。

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