第24話 「安心して。ここでの話は琴葉に話すことはしないから」

 夜。

 夕飯を食べ終えた僕は、自分の部屋にあるベッドにて横になっていた。夕方に琴葉から詰め寄られたところだ。

 僕は額に手のひらを乗せ、ふうとため息をつき、天井の照明をぼんやりと眺める。

「お姉ちゃんは本当に自分の気持ちがわからないみたいですね」

 先ほどSNSで届いた琴葉のメッセージ。妹と話をしたであろう琴海は本当にわからないらしい。僕に琴葉と本当に付き合ってほしいと願っているということか。とはいえ、僕としては踏ん切りがつかない。先ほどのメッセージも既読のままで、ほっといたままだ。

 僕は起き上がると、近くのテーブルにあるスマホを手に取った。案の定、琴葉から多くの新着メッセージがある。

「先輩、無視しないでください」

「もしかして、寝てるんですか?」

「明日のデート、ちゃんと来てくださいね」

 僕は読むたびに、気が滅入ってしまう。思い切って、追跡アプリを消そうと考えるも、琴葉にバレたら、何をされるかわからない。

「僕はただ、琴海と付き合いたいだけなんだけど……」

 僕がつぶやくと、不意にスマホが震え始めた。

「お疲れみたいね」

 SNSの電話を取ってみれば、声の主は琴海だった。

 時間としては今、家にいるはずで。

「琴葉は?」

「今はお風呂に入ってるわね」

「それなら、いいけど」

 僕は返事をしつつ、スマホを耳に当てたまま、上半身を起こす。琴葉がいたら、盗み聞きされそうで、後日、僕が問い詰められそうだからだ。

「でも、わからないわね。わたしの部屋のどこかに盗聴器が仕掛けられていたら、全て筒抜けになるかもしれないわね。わたしとの会話は」

「いや、さすがに琴葉がそこまですることは……」

 と否定をしようと思ったが、頭の片隅であり得るかもしれないとふと抱いてしまう。何せ、僕のスマホに追跡アプリを入れてしまうほどだ。かといって、姉のプライバシーにまで踏み込んで、僕のことを知ろうとするかどうか。

「間の沈黙は、もしかしたら、盗聴器が仕掛けられてるかもしれないという可能性をわずかに感じているということかしら?」

「まあ、それは」

「多分、大丈夫と思うけれど」

「その根拠は?」

「特にないわね」

「ないんだ……」

 僕はがっくりと肩を落とすと、さてどうしようかと悩む。

「でも、有起哉」

「何?」

「既に電話を始めてる時点で、もう、後戻りはできないと思うのだけれど」

「た、確かに」

 僕は琴海の指摘で意を決して、電話を続けることにした。

「で、琴海」

「何かしら?」

「今、何してるのかなって」

「勉強ね」

「さすが生徒会役員ってところで」

「それは偏見ね」

 琴海はやや機嫌を損ねたような調子で声をこぼす。

「そう言う有起哉は何をしてるのかしら?」

「それはまあ、考え事とか」

「そうなの」

 淡々と反応をする琴海。

「それはあれかしら?」

「何?」

「わたしが包丁をどこから手に入れたという話とかになるのかしら?」

「察しがいいというか、何というか」

 僕は内心で感嘆としていると、ベッドの枕元に頭を埋め、再び横になる。

「どっかのホームセンターで買ったとか?」

「違うわね」

「じゃあ、どこで?」

「学校の家庭科室からね」

「いや、それって」

「そうね。盗んできたといった感じね」

 悪びれる感じもなく答える琴海。

「いや、ただでさえ、刃物を学校に持ち込んでるっていうのに、盗んだってなったら、もう、その、生徒会役員とか」

「そうね。続けるのは当然無理かもしれないわね」

 何が変なのか、笑みをこぼす琴海。

「それは琴葉からも聞かれたわね」

「で、答えなかったと」

「琴葉から聞いたのね」

「まあ、それは」

 僕は頬を指で掻きつつ、声を漏らす。

「というより、琴葉から他に聞かれた?」

「そうね。『お姉ちゃんは本当は先輩のことが好きなんですか?』って聞かれたわね」

「直球な質問だね」

「そうね」

「で、答えは?」

「わからないと答えたわね」

「それで琴葉は?」

「それだけでは納得しなかったみたいね」

 琴海は言うなり、ため息をこぼす。

「色々と食い下がってきたわね。『それなら、振ったのだから、もう、先輩のことは興味ないんですよね?』とか、『なのに、何で先輩と会ったり、話したりするんですか?』とかね。わたしとしては、恋愛感情は抜きにして、有起哉とは仲のいい幼馴染という関係は続けたいから、ある程度の交流はあっていいと思っているから」

「そういう琴海の考えは前に聞いたけど」

「でも、琴葉は納得がいかなかったみたいね」

「まあ、僕のことをその、束縛っていうか、そういう感じにしたいような様子に見えなくもないし……」

「有起哉は琴葉のことをそういう風に捉えてるのね」

「いや、今のはその、あくまで例えっていうか、そのう……」

 僕は慌てて言い訳めいた言葉を並べていく。もし、今のが琴葉に万が一伝わったりすれば、後日、僕はどうなるかわからないからだ。

「安心して。ここでの話は琴葉に話すことはしないから」

「それなら、いいんだけど」

「でも、このわたしの部屋に盗聴器が仕掛けられていたら、その場合はどうすることもできないわね」

「何か、その言い方は卑怯なような……」

 僕は文句をぶつけてみるも、琴海は「諦めが肝心かもしれないわね」と口にするだけだ。

「それで、有起哉は明日、琴葉とデートなのね」

「まあ、そうだね」

「羨ましいわね」

「それは僕と一緒にデートをするということ?」

「いえ、好きな男の子とデートするという意味でということになるわね」

「ということは、琴海は今、好きな人がいるってこと?」

「わからないわね」

 電話先で琴海が首を横に振っていそうな答えだ。

「じゃあ、羨ましいっていう感情はいったいどこから?」

「それもわからないわね。でも、別に好きな人がいないからといって、デートをしたくないと決めつけるのは偏見かもしれないわね」

「偏見ね……」

「ところで、有起哉は、わたしが包丁を家庭科室に返すかどうか、興味はあるのかしら?」

 不意に投げかけられた質問に、僕はどういう意図なのか掴めずに困惑をする。まあ、知りたくないわけでもないので、「それは、一応あるけど」と口にした。

「そうなの」

「それはつまり、いずれは学校に行って返そうという気持ちがあるってこと?」

「そうね。でも、持っていた包丁がなくなると、ある種の安心感みたいなものが失われる怖さはあるかもしれないわね」

「怖さ?」

「今日の帰りに話したわよね? 『包丁があることによって、いざとなれば、何かできるかもしれないっていう安心材料に繋がってるのは事実かもしれないわね』って」

「そういうことを言っていたような、言ってなかったような……」

「だから、包丁がなくなることによって、わたしはどうなるかわからないというところね。それは、有起哉がお試しでなく、本当に付き合うことになったらと同じ感じかもしれないわね」

 言葉を並べる琴海は、僕に本音を吐き出しているように思えてならなかった。

「とりあえず、わたしは明日、学校に行くわね」

「包丁を返しに?」

「ええ。ついでに生徒会の仕事も兼ねて」

「いや、本来の目的はそっちなんじゃ?」

 僕が突っ込むと、「鋭いわね」となぜか嬉しそうに声をこぼしてくる。

「ということだから、有起哉も明日、頑張ってほしいわね」

「もしかして、琴葉から聞いてる?」

「ええ。『お姉ちゃんを取るか、わたしを取るか、先輩にははっきりしてほしいです』って、琴葉は言っていたわね」

 琴海の言葉に、僕は頭を掻き、明日からのことが憂鬱に感じてしまう。でも、避けることはできない。逃げたりしたら、琴葉は行方不明か、はたまた、橋から飛び降りるかもしれない。加えて、琴海もどうするかわからないだろう。

「とりあえず、明日はわたしにとっても、有起哉にとっても、重要な日になりそうね」

「そうかもね」

 僕は相づちを打つと、再びベッドから起き上がる。

「とりあえず、あまり長話してると、琴葉がやってくるかもしれないし、そろそろ」

「そうね」

「ちなみにだけど」

「何かしら?」

「僕はその、なんだかんだで、その、琴海のことは、まだ、好きだから」

「そうなの」

 軽く受け流すような反応をする琴海。

 僕としては勇気を出して、自分の気持ちを改めて伝えたのに、拍子抜けしてしまう。

「それくらい、わたしはわかってるから。有起哉の気持ち」

「まあ、だろうね」

「だから、改めて畏まって言われても、反応に困るわね」

「ごめん」

「そこは謝るところかしら?」

「確かに」

 僕はうなずくなり、続けて、「じゃあ、おやすみ」と言い残し、電話を切った。

「ふう」

 僕は安堵のため息をつき、ふと、部屋にあるガラス窓の方を見る。

 夜なので、真っ暗闇が広がっている。でも、明日になれば、太陽が昇り、明るくなるはずだ。至極当たり前のことだが、僕にとって、それがとてつもなく長く感じられるような気がしてきた。

「とりあえず、明日、琴葉とちゃんと向き合わないと」

 僕はつぶやくなり、ベッドから出ると、風呂に入るため、自分の部屋を立ち去っていった。

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