第23話 「先輩は余計な心配をせずに、わたしのことだけ見てればいいんです」
家にある自分の部屋にて、僕はベッドの上で、琴葉に詰め寄られていた。
「琴海が琴葉に包丁を?」
「はい」
うなずく琴葉は僕から離れようとしない。
「いや、そんな、まさか」
「そのまさかですよ、先輩」
琴葉は言い切ると、左右の手で僕の肩を強く揺らす。
「お姉ちゃんはわたしに包丁を渡したことによって、何かを期待していたんだと思います」
「期待?」
「そうです。きっと、お姉ちゃんはわたしと先輩が付き合ってくれることをわたしよりも望んでいるかもしれません」
琴葉の声に、僕は否定をしたくなる。いや、琴海はそうなることによって、自分が抱いている本当の気持ちがわかると思っているだけで。だから、僕と琴葉が付き合うことを望んでいるということにはならない。まあ、振った僕と実は付き合いたいということにもならないけど。わかっているのは、どちらか五分五分という状態なだけだ。
「だから、わたしはお姉ちゃんから包丁を受け取りました。それでお姉ちゃんを脅そうとしました」
「でも、あれは橋から飛び降りるのに失敗して、それで、琴海が邪魔だと感じたってことじゃ……」
「そうですね。そういう流れもありますが、元々、わたしはお姉ちゃんを脅そうと思っていました。いえ、お姉ちゃんからしてみれば、それを頼んできたようなものです」
「頼んできたようなものって、琴海は何て言って、包丁を渡してきたの?」
「ただ一言、『護身用に持っておいた方がいいと思うわね』と言われて渡されただけです」
「護身用って……」
僕は突っ込みたくなるも、本人はいないのだし、無駄だと感じ、割り切ることにした。
「で、包丁自体はどこから持ってきたとか言ってた?」
「そこまでは聞いていないですね」
琴葉は答えるなり、おもむろに両手を離すと、ベッドから出た。
「とりあえず、わたしはお姉ちゃんが先輩と付き合ってくれることを望んでいると思っています」
「いや、それは違うと思うけど」
「どうしてですか?」
「いや、それは」
「それはお姉ちゃんからそうじゃないと聞いたからですか?」
琴葉の問いかけに対して。
僕は逡巡をした末、ゆっくりと首を縦に振った。
「そしたら、お姉ちゃんは何て言っていたのですか?」
「わからないって」
「わからない、ですか?」
「うん。その、わからないけど、僕と琴葉が本気で付き合うようになれば、そうすれば、自分の本当の気持ちがわかるかもしれないって」
「お姉ちゃんがそんなことを言っていたんですか?」
「そう、だね」
僕が返事をすると、琴葉は近くにあるクッションにしゃがみ込んでしまった。
「それはあれですね。わたしと先輩が付き合うことを歓迎してくれるかもしれないですけど、逆に反発する可能性、いえ、先輩に迫ってくる可能性もあるというわけですね」
「まあ、そうだね」
「後者の話ですと、わたしは確実に先輩から振られるってことになりますよね?」
「まあ、その……」
僕が言いづらさを感じつつも、間を置いた後、「そうだね」と口にするかしかなかった。
「僕はその、琴海のことは諦めていないから」
「最低ですね」
「いや、最低というより、単に未練がましいだけで」
「わたしにとっては、最低っていう意味です、先輩」
琴葉は立ち上がると、そばに置いてあった学校の鞄を提げた。
「琴葉?」
「今日は帰ります。お姉ちゃんは今日、生徒会のお仕事はないはずなので、もう帰宅しているはずです。なので、帰ったら、お姉ちゃんに色々と話をしてみます」
「話っていっても、ほら、琴海は今だと、自分の気持ちがわからないし」
「それでも、話をすれば、うっすらとでも、お姉ちゃんの気持ちがわかるかもしれません」
琴葉は言うなり、部屋の出入口へ歩みを進め、ドアを開ける。
「でも、先輩はお姉ちゃんがどういう気持ちになろうとも、諦めるということはしないんですよね?」
「多分……」
「いえ、その様子ですと、先輩はお姉ちゃんのことは諦めないと思います。おそらく、お姉ちゃんがこの世からいなくならない限りです」
「いや、その言い方って、琴葉が琴海のことを殺すような言い方に聞こえるんだけど?」
「それはあり得なくもない話ですね」
淡々と語る琴葉。僕は怖くなり、何も言えなくなってしまう。
「でも、大丈夫ですよ、先輩」
琴葉は歩み寄ってくると、僕に顔を近づけてきた。
「お姉ちゃんがいなくなっても、わたしがいるんです。先輩は何も心配しなくていいんですよ」
琴葉は嬉しそうに声をこぼすと、不意打ちを突くように僕の頬にキスをしてきた。
「琴葉……」
「先輩は余計な心配をせずに、わたしのことだけ見てればいいんです。そうです。それが先輩にとって、一番いいことなんですよ」
顔を離した琴葉は開けたドアの方まで後ずさると、可愛げに小首を傾げてきた。
といっても、僕にとっては束縛という二文字が浮かんでくるだけで、不気味に感じるだけだ。
「では、先輩。明日、楽しみにしてますね」
琴葉は片手を何回も振ると、場からいなくなってしまった。家の二階なので、階段を下る音と一階のリビングにいる母親との会話が響いてくる。内容までは聞き取れなかったが、ちょっとした世間話程度だろう。
そして、玄関の戸を開け閉めする音とともに、家の中は静かになった。
まだベッドの中にいた僕は枕に頭を埋め、スマホを取り出す。
「琴葉と本気で付き合ったら、いったい何が起こるのか、想像もしたくないな……」
僕は言いつつ、SNSアプリを開き、とある人物のアカウントを眺める。
そのアカウント名は、堀内琴海。
「というより、あの包丁はどこから持ってきたんだろう……」
僕はつぶやくなり、SNSのメッセージを打とうとしたが、結局、途中でやめてしまった。
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