第22話 「ウソですよね? 先輩」

「ふう」

 僕はため息をこぼすと、自分の部屋にあるベッドで仰向けになった。

「先輩、元気なさそうですね」

 見れば、上から琴葉が覗き込んできた。

「で、何で、琴葉がここに?」

「だって、お試しでも今は先輩の彼女さんですよ? 彼氏さんの家にいてもおかしくないですよね?」

 当然のように答える琴葉に、僕は何も抗うことができない。

 駅前のミックを出た後、琴葉は僕の家までついてきたのだ。時間としては日が傾き始め、夕方といったところ。まあ、幼馴染の妹だからというわけではないけど、家は数分くらいの距離だ。加えて、親は特に咎めたりはしなかった。お互いの親同士は見知った仲だからか。

 僕が起き上がると、琴葉は近くのクッションにちょこんと座っていた。

「やっぱり先輩、お姉ちゃんのことですか?」

「何が?」

「今、元気なさそうな理由がです」

 琴葉の問いかけに、僕は頭を掻きつつ、どう答えようか悩む。

「いや、まあ、そうかと聞かれて違うと否定をすれば、ウソになるけど」

「遠回しな言い方ですね、先輩。普通にお姉ちゃんのことって言えばいいじゃないですか?」

「いや、言ったら、琴葉が機嫌悪くなりそうだし」

「わたしにとっては、そういう曖昧な態度をされる方がよっぽど機嫌が悪くなります」

 僕の反応が気に喰わなかったのか、目を逸らしてしまう琴葉。

「ごめん」

「そういう風に謝られても、わたしは嬉しくないです」

「だったら、どうすれば?」

「本気でわたしと付き合ってくれるなら、許してあげます」

「いや、それは明日に返事すればいいって」

「そうですね。でも、別に明日じゃなくても、今ここでしてくれてもいいんですよ、先輩。むしろ、してほしいくらいです」

 琴葉の声に、僕は困ってしまう。

 とはいえ、お試しでなく、本気で付き合うことになれば、琴海は振り向いてくれるかも。という淡い期待が浮かんでくる。

「そういえば」

「何ですか、先輩」

「いや、その、琴海のことだけど」

「ここでお姉ちゃんのことを話すんですか?」

「いや、とりあえず、その、聞いてほしいかなって」

「しょうがないですね」

 琴葉は不満げな表情を浮かべながらも、渋々といった感じで正面を移してくれた。

「ほら、昨日だけど、琴海が琴葉の包丁を持っていったと思うけど」

「そうですね」

「あの包丁って、琴葉が家から持ってきたもの?」

「それを知って、先輩はどうするんですか?」

「いや、そのう……」

 僕はどう話せばいいか戸惑い、口ごもってしまう。

 まさか、琴海が学校にその包丁を持ってきているとか、教えるわけには。というより、もしかしたら、琴葉は既に知っているのだろうか。

「とりあえず、包丁が家に戻ってるのかなって、何となく」

「そうですね。そういえば、あの包丁が家の台所に置かれているのかどうか、わたしは確かめてないですね」

「というより、あの包丁って、その、家にあったものじゃないとか?」

 僕の問いかけに対して。

 琴葉は鋭い眼差しを向けてきた。

「先輩。それ、もしかして、お姉ちゃんから聞きましたか?」

「いや、その、何となく、そう思って……」

「ウソですよね? 先輩」

 琴葉は冷たい瞳のまま、僕に詰め寄ってくる。

 一方で、僕は避けようとベッドの奥に後ずさった。

 でも、琴葉は動きを止めず、ベッドに乗り込んでくると、四つん這いになって迫ってくる。

「先輩。そういう隠し事、わたしは嫌いなんですよ? 本気で付き合ってくれるかどうかは明日の返事でもいいです。でも、それでも、こういう些細なウソとかつかれると、わたしはすごい悲しいんですよ?」

 琴葉は上半身を起こすと、僕の両肩に手をやって、訴えるように口にする。一方で聞いている僕としては何もできず、ただ、黙っていることしかできなかった。下手すれば、抱きついてきそうな勢いだ。

「それで、先輩。あの包丁のこと、お姉ちゃんから聞いたんですよね?」

「き、聞いたよ、うん。その、それで、琴海があの包丁は家にあるものじゃないって。だから、琴葉がどこかで買ったものかもしれないって、琴海が言っていて……」

「へえー、そうなんですか、先輩」

 琴葉はぶっきらぼうに声をかけてくると、なぜか片手を僕の頬に当ててくる。

「それだけじゃないですよね、先輩」

「な、何が?」

「お姉ちゃん、その包丁、どうしたのかも先輩に話していますよね?」

「というより、そういうのはもしかして、琴葉がもう知っているんじゃないかなって」

「それはないですね」

 琴葉はゆっくりと首を横に振る。というより、距離が近すぎて、身動きができない。今の状態で家にいる母親が部屋に現れたら、変に誤解をされてしまう。

「そもそも、あの包丁はわたしが買ったものじゃないです」

「えっ? それじゃあ、どこからか盗んできたものってこと?」

「それも違います」

 琴葉の様子からして、ウソをついてるようには感じられない。なら、包丁はいったいどこから手に入れたのだろう。

「その反応ですと、先輩は聞いてないみたいですね」

「それは、その、どういうこと?」

 僕が問いかけると、琴葉は改めて目を合わせてくる。

「あの包丁は、お姉ちゃんが渡してくれたんですよ」

「えっ?」

 耳にした琴葉の言葉を、僕はすぐに信じることができなかった。

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