第21話 「先輩は、そんなにわたしの彼氏さんが嫌なんですか?」
「先輩、わたしがいない間、沙耶と何を話していたんですか?」
沙耶が急な用事という理由でいなくなってから、琴葉は訝しげに尋ねてきた。まだ、ミック店内にいて、僕はオレンジジュースを飲んでいたところだ。
「いや、その、特に何も」
「怪しいです」
琴葉は僕の曖昧な反応を見逃そうとしなかった。
「もしかして、お姉ちゃんじゃなくて、沙耶に手を出そうとしているんですか?」
「そんなことないって。というより、琴葉は僕を何だと思っているの?」
「お姉ちゃんに未練があって、わたしとはお試しでしか付き合ってくれないひどい先輩と思っています」
「でも、そんな僕のことを好きなんだよね?」
「そうですね。悔しいですけど」
琴葉は頬をうっすらと膨らませると、僕のフライドポテトを勝手に摘まむ。まあ、別に自分用と頑なになるものじゃないので、別にいいのだけれど。
「そもそも、先輩にとって、わたしとお試しで付き合うっていうのは、どういう意味があるんですか?」
「意味?」
「そうです。もしかして、昨日みたいにわたしが何をするかわからないから、とりあえず、付き合えばいいとか、そういう風に軽く考えてるんですか?」
「いや、そんなことは」
「ウソ、ですね」
琴葉は僕の言葉を遮るなり、ため息をこぼした。
「先輩。別に変に隠そうとするようなことをしなくても、わたしはわかっているんですよ? お姉ちゃんに未練があること」
「それはまあ……」
「なのに、先輩はその場その場で何とか凌ごうと色々取り繕っているような感じがしてならないです」
琴葉は不満げに声をこぼすと、紙コップの中身をストローで飲む。さっき聞いたら、コーラだそうだ。
「先輩は、そんなにわたしの彼氏さんが嫌なんですか?」
「いや、嫌というわけでもなくて……」
「何なら、お姉ちゃんが振り向いてくれるまでの繋ぎの彼女さんでもいいんです」
琴葉は紙コップを両手に持ちつつ、僕と目を合わせる。
「今日、沙耶を連れてきたのは、確かに本人が会いたいようなこともありましたけど、それとは別に、先輩にプレッシャーをかけようと思ったんです」
「プレッシャー?」
「はい。これで少しは先輩、わたしのことを本気で考えてくれるんじゃないかなって」
琴葉は紙コップをテーブルに置くと、プレートのあたりを指でいじり始める。
「とにかく、先輩はこれからもわたしをお試しで付き合うようなことを続けたら」
「続けたら?」
「一緒に死のうかなって思ったりしてもおかしくないです」
琴葉はぽつりとつぶやくと、おもむろに瞳を手で擦る。もしかして、涙でも流しそうになったのか。
対して僕は悩んでしまう。
「でもだけど」
「はい」
「僕がじゃあ、今、琴葉に別れようって話をしたら」
「そしたら、翌日にはわたしは行方不明になってるかもしれないですね」
「いや、それは困るって」
「それなら、わたしと本気で付き合ってください」
琴葉は胸あたりに手を当てて、テーブルから乗り出す形で僕に詰め寄ってくる。
「で、でも、僕はほら、琴海に未練があること、琴葉も知ってるんだよね?」
「だからこそ、聞いているんです」
琴葉は強い語気で付け加える。
「だから、ここはお姉ちゃんを取るか、わたしを取るか、先輩にははっきりしてほしいんです」
「でも、それで今はっきりさせたら、ほら、さっき、行方不明とかって」
「それが本当に先輩の本心なんですか?」
「いや、そのう……」
僕は口ごもってしまい、何も言えなくなる。正直に伝えれば、僕は琴葉と別れたい。けど、それをしたら、琴葉がまた川に飛び込んでしまうかもしれない。昨日は寸前で止められたけど、次あったら、どうなるかわからないだろう。かといって、自分の気持ちを騙してまで、お試しでなく、本気で琴葉と付き合うとなると。いずれにしても、琴葉にとっては、いいことではないと僕は思ってしまう。
「わかりました」
琴葉は顔を離すと、真剣そうな眼差しを送ってくる。
「そしたら、明日の休み、返事を聞かせてください」
「明日って、その、公園を散策してる時に?」
「そうです」
こくりと首を縦に振る琴葉。明日のことは琴葉と話して、市外の駅近くにある公園でデートをすることになった。中にはボートが漕げるくらいの池があり、近隣の住民にとっては憩いの場となっている。天気も快晴みたいなので、雨に濡れる心配もない。
「まあ、それなら」
「決まりですね。明日、返事楽しみに待ってますよ、先輩」
琴葉は言うなり、にこりと僕に微笑む。
というか、既に本気で付き合うこと前提の答えを期待しているようにしか感じられない。
僕は内心どうしようかと、フライドポテトを摘まみつつ、頭を巡らし続けていた。
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