第19話 「先輩、乗り気じゃないですね」

 僕が駅前のミックに着くと、出入口前で琴葉が不機嫌そうに仁王立ちしていた。

「遅いです、先輩」

「ごめん。といっても、授業が終わったら、こっちには真っすぐ向かってきたつもりなんだけど」

「確かに、そうですね」

 琴葉はスマホを取り出すと、操りつつ、画面を目にして口にする。おそらく、追跡アプリの痕跡でも確かめているのだろう。どこか、変なところへ寄り道していないかとか。

「でも、お試しとはいえ、彼女さんを待たせているなら、走ってくるものです」

「そうなの?」

「わたしの中ではです」

 琴葉のはっきりとした調子に、僕はただ、「そうなんだ」と相づちを打つしかなかった。

 とりあえず、僕はレジカウンターへ向かい、フライドポテトとオレンジジュースを頼む。琴葉は元々いたであろう窓際のテーブル席へ戻っていった。

 そして、僕が注文の品をプレートともに受け取り、琴葉のところへ向かったのだが。

「えっ?」

 席には、琴葉以外に並んで座る、同じセーラー服姿の女子中学生がいた。

「どうも」

 彼女はこくりと頭を下げると、細い瞳で僕の方を見つめてくる。ショートカットに端正な顔つきと、高校生の僕と同じくらい高い身長。というより、スカートでない私服だったら、男子と見間違いそうな容姿だ。

「先輩、こちら、同じクラスの若宮沙耶です」

「友達?」

「そうですね。今日は、わたしに彼氏さんができたことを伝えたら、先輩に会いたいと話していましたので、連れてきました」

「ああ、そうなんだ……」

 僕はぎこちなく反応をしつつ、相手、若宮さんに遅れて頭を下げた。

「大野です。その、琴葉とはお試しみたいな感じで付き合うことになったっていうか」

「先輩。お試しでっていうのは余計です」

「いや、そういうのはちゃんと伝えておかないと」

「お試し?」

 若宮さんは不思議そうに首を傾げる。いや、初めて聞けば、そうなるだろう。

 とはいえ、経緯を教えていいかどうか。いや、目の前にいる琴葉が許さないだろう。そもそも、「お試し」ということすら、文句をぶつけてきたのだし。

 僕は頭を巡らした末、「いや、まあね」と言葉を続けた。

「その、昨日付き合い始めたばっかだから、それでまあ、僕的にはまずはお試し期間的なものかなっていう意味で」

「なるほど」

「じゃあ、今日でお試し期間は終了ですね、先輩」

「いや、何で今日?」

「何となくです」

 琴葉は口にするなり、手元に広げていたフライドポテトを摘まむ。

 僕はため息をつくなり、琴葉や若宮さんと向かい合う形で席に腰を降ろす。で、間にあるテーブルに自分が持っていたプレートを置いた。

「昨日、今日だけのお試し期間っていうのはどうかと思うけど」

「それを言うなら、お試し期間って表現してる先輩も先輩ですよ」

「まあ、それは」

 僕は琴海が好きだからと言いかけそうになるも、寸前で堪えた。

「琴葉」

「何? 沙耶」

「大野先輩、困ってそう」

「そうかな?」

「少なくとも、わたしには」

 若宮さんは言いつつ、僕の方へ横目をやった。

 何だか、僕のことを見定めてるような雰囲気だ。まあ、友達の彼氏がどういう人なのか、知っておきたいとなれば、変でもないけど。

「ところで先輩」

「何?」

「明日は休みですね。どこに行きます?」

「どこって、僕は特に何も……」

「それなら、定番の映画にでも行きましょう」

「定番って、何の定番?」

「決まってるじゃないですか。初デートの定番ですよ」

「琴葉。映画は二人で話す時間が少ないと思う」

 若宮さんの指摘に、琴葉は「確かに、そうだね」とうなずいている。友達のアドバイスは耳を傾ける方らしい。

「そしたら、どこかの公園を散歩とかどうですか?」

「いや、そう色々言われても」

「先輩、乗り気じゃないですね」

「まあ、それは……」

 僕はどう反応をすればいいか困り、口ごもってしまう。

 しばらくして、琴葉は気を取り直すためか、おもむろに席を離れ、トイレに行ってしまった。

「大野先輩は」

 気づけば、いなくなった琴葉の横にいた若宮さんが正面を合わせてきていた。

「な、何?」

「琴葉のこと、好きじゃなさそう」

「そう見える?」

「はい」

 若宮さんは頬杖を突きつつ、首を縦に振る。

 まあ、他人からはそう思われても致し方ないだろう。

「なら、僕は琴葉の彼氏は難しいってこと?」

「それは、わたしが決めることではないので」

「まあ、そうだね」

 僕は苦笑いを浮かべると、紙コップのオレンジジュースをストローで飲む。

「で、若宮さんは琴葉の彼氏、つまりは僕と会いたくてここにやってきたんだよね?」

「はい」

「それは友達の彼氏はどういう人なのか知りたいとか、そういう興味本位的なものとか?」

「それもだけど」

 若宮さんは間を置くなり、なぜか鋭い眼差しを送ってきた。

「わたしの琴葉を奪った男がどういう奴か、一度確かめようと」

「えっ?」

 若宮さんの言葉に、僕は一瞬聞き間違いかと自分の耳を疑ってしまった。

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