第15話 「つまりは、有起哉はまだ、わたしのことを好きでいるということかしら?」

「付き合い始めたのね。『お試し』とはいえ、琴葉と」

 横で座る僕と同じ体操服姿で、ポニーテールの琴海は淡々と口にした。

 午前の授業二時間目は体育館でバスケだ。

 今はコート内で事前にチーム分けしたクラスメイトらが試合を行っている。

 で、僕と琴海は別チームで順番待ちをしているわけだ。

「昨日は本当に琴葉の機嫌がよかったわね」

「そうなの?」

「ええ。わたしに対して、しきりに有起哉のことを話してくるくらい。それこそ、寝る前にも」

 琴海は言いつつ、目の前で行われている試合をぼんやりと眺めているようだった。

「ところで」

「何?」

「有起哉はいつになったら、わたしに振られたことをクラスのみんなに言うのかしら?」

「いや、そんなのを自ら言うのって、普通誰もしないよね?」

 僕が問い返せば、「それもそうね」と納得しそうな様子をする。

 そう、今体育館にいるクラスメイト全員、僕が琴海に振られたことは知らないでいた。琴海が誰かにこっそり教えてなければだけど。

「でも、そういうことを自ら公表するのはかっこいいと思うけれど?」

「それ、本心で言ってないよね?」

「鋭いわね」

「いや、考えなくてもわかると思うことだから」

 僕は突っ込みつつ、体育館の壁に背中をつけ、顔を上げる。目の前にはバスケのゴールがあり、今、バスケ部員の男子がシュートを決めたところだった。

「一応言っとくけど、わたしは誰にも伝えてないから」

「僕を振ったこと?」

「そうね」

「それはその、ありがとう」

「別に褒められるようなことでもないけれども。それに、今後誰かに言うかもしれないわね」

「いや、それはちょっと」

 僕は琴海に顔をやり、懇願の姿勢を取る。クラスでは僕と琴海は幼馴染であることは知られているだけだ。だから、今、二人で話をしていても、周りが不思議がることはない。

「やっぱり、有起哉にとっては、わたしに振られたことは他の人には知られたくないみたいね」

「いや、その、恥ずかしいというか、その、実はほら、幼馴染だから、他の男子から『付き合えば?』とかけしかけられてたこともあったから」

「もしかして、それでわたしに告ったということかしら?」

「いや、それはあくまで周りに言われただけで、告ろうと思ったのは自分の意志だから」

「そうなの」

 相づちを打つ琴海は淡々としていた。

「とりあえず、有起哉がわたしに振られたことを誰かにバラされたくないというのはわかったわね」

「ちょっと待って。それって、まるで、僕の弱みを握ったかのような言い方に聞こえるんだけど?」

「そう聞こえたかしら?」

「僕的には」

「それなら、有起哉はそう思ってもらってもいいかもしれないわね」

 琴海は何がおかしいのか、笑みをこぼす。嫌な予感がする。

「そもそもだけど、僕は琴海に告るとかっていう話も誰にもしていなかったし」

「つまりは、周りからすれば、わたしと有起哉は、まだそういう告白的なイベントがまだない状態にある幼馴染同士と見られている可能性が高いというわけね」

「まあ、確かに、そうなると思うけど」

「それなら、有起哉は今度、わたしに公開告白とかしてみるのはどうかしら?」

「えっ?」

 僕は琴海の妙な提案に、驚いて間の抜けた声をこぼしてしまった。

「それは何? 今度はオッケーするとかそういうの?」

「それはしないわね。二回目も普通に断るわね」

「なら、僕には何のメリットもないんじゃ……」

「そうかしら?」

「そうだって」

 僕の言葉に、なぜか琴海は難しそうな表情を浮かべる。

「それをすれば、今有起哉が抱えてる弱みが解消されると思うのだけれど」

「いや、弱みはなくなるけど、それ以上に精神的ダメージが……」

「それはどれくらいのダメージかしら?」

「どれくらいって、まあ、しばらく学校に行きたくなくなるくらい」

「それくらいなら、大丈夫ね」

「いやいや。それはおかしいって」

 僕は首を何回も横に振り、琴海に抗う。

「そうなったら、琴葉が慰めてくれるかもしれないわね」

「いや、僕はそういうのを求めてるわけではないし」

「つまりは、有起哉はまだ、わたしのことを好きでいるということかしら?」

「まあ、そう直接的に、しかも、本人に言われると、すごく恥ずかしいんだけど……」

 僕は言いつつ、顔が熱くなり、目を逸らしてしまう。

 というより、体育の時間に僕は琴海と何を話しているんだろう。

「わたしはね、有起哉」

「何?」

「有起哉が琴葉とお試しでなく、本当に付き合うことになれば、わたしとしては気持ちが変わるかもしれないわね」

「えっ? それってどういう……」

 僕が質問をしようとしたところで。

 体育教師の男性が鳴らすホイッスルが響き、バスケの試合が終わってしまった。

「終わったみたいね」

 琴海は何事もなかったかのように立ち上がる。コートの中央では、試合をしていたクラスメイトらが整列をしていた。

「ちょ、琴海。今のって?」

「何のことかしら?」

 立ち去ろうとした琴海は振り返るなり、唇あたりに指を当て、とぼけたような反応をする。

 僕はつい琴海の仕草に見惚れてしまっていた。同時にズルいなと感じてしまう。

「何もないなら、わたしは次、試合だから」

「ああ、それなら、まあ」

「というより、有起哉も同じ試合よね」

「あっ」

 僕は気づくなり、遅れて立ち上がって、コートへ向かっていく。次の試合で、僕は琴海のチームと当たることになっていた。

「何か、はぐらかされたような……」

 僕はどこか納得がいかない気持ちになるも、堪えて、足を進ませていった。

 試合は運動神経がいいというのが取り柄の僕がシュートを決め、勝利。けど、琴海に対するモヤっとしたものは消えずに残り続けていた。

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